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3.魔物襲来

 ウォース大陸のやや北方よりに、イバルフの町はあった。

 いまだに開拓されていない土地もあり、前線と呼ばれる町から冒険者が開拓を行い、また新しい町が誕生することもある。

 ここは山間が近いため、より北方への開拓は遅れていた。

 何より、魔物もそれなりに凶悪だったからだ。

 ただ、ここには多くの冒険者が集まる。

 大陸で名の知れたレベルの冒険者もやってくることがあるほどだ。

 レインはそこまでではないが、今の実力で言えば少なくとも町にいる冒険者の多くは名を知っている。

 《蒼銀》のレイン――氷使いのBランク魔導師だ。

 あまり人とは組みたがらず、交流関係はあまり広くない。

 何か隠しているんじゃないか、と噂されているくらいだが、実際に隠していることといえば闇市に売られるような魔道具や装飾品を売ることだ。

 中性的な容姿をしているが、れっきとした男。

 温泉や銭湯から出ていく姿を見たこともあるという噂もあるが、そういうところにレインが行くことは滅多にない。

 中堅よりもやや上くらいの冒険者――順風にいけばもっと上にもいけるだろう。

 そんなレインも、今の状況には頭を抱えていた。


「も、戻れないのかな……」


 ベッドの上でちょこんと膝をかかえて座っている。

 口調などには大きな変化はないが、レインは気付かないうちに精神的な影響も受けていた。

 普段なら絶対にこんな格好をして落ち込むようなことはない。

 それをレインも頭の中で理解していた。


(精神影響もあるのか……? なんで僕がこんな目に……)


 ただ将来的に、楽をして暮らしたいと思っていただけだ。

 少しは働けというのなら、いまのうちに冒険者としてがっつり働いて、早めにドロップアウトするのがレインの理想だった。

 レインの選択肢は三つ。

 一つ目はもう何もかも諦めて女の子でした! というように過ごすこと。

ただし、もう男にも戻るという道は断たれる。

 二つ目は物凄く嫌だが、誰かに説明して助けを求めること。

ただし、裏でそういうことをしていたという事実がばれたら場合によっては冒険者の資格にペナルティが課される可能性はある。

 三つ目は――ギルドに再登録すること。

 二重登録は違法だが、これが最も簡単でやりやすい方法であると言えた。

 一時しのぎにはなるが、戻る方法を探りながら依頼を受けることもできる。

 Eランクからのスタートだったとしても、冒険者として迷宮の中へ入ることができればあとは奥地まで勝手にいけばいい。


「これしかないっ!」


 レインは勢いよく立ち上がると、家の中を物色しはじめた。

 くすねた魔道具の中にはいざというときのために取っておいたものがある。

 その中には、このときのためと言わんばかりの品物もあった。


「確かこのへんに――あった……!」


 波のような薄い模様が描かれた白色の仮面。

 人の認識を薄くさせる効果を持つ魔道具であり、これをつけていれば少なくとも顔周りは完全に隠すことができる。

 身体はローブで包めばいいし、そもそも顔さえ見えなければ問題ない。


「これで完璧だっ!」


 鏡の前に立つ。

 どこからどう見ても誰か判断することはできない。

 低めの声も出す必要はない。

 元々高い声になってしまったのなら、このままの状態で何食わぬ顔をしてギルドにいけばいいのだ。


(ふふっ、僕としたことが冷静さを欠いていた。やるべきことはなにも変わらない……)


 楽して生きるために今を頑張る――レインは決意を新たに冒険者の道を歩くことにした。

 善は急げとレインは家から飛び出してギルドの方へと向かう。

 身体の感覚にまだ慣れていないことを思い出して、今度はこけないようにと慎重に、それでも急いで向かった。

 この状態がすでに冷静さを欠いているとは、レイン自身は考えてもいない。


   ***


 ギルド――多くの冒険者が集い、冒険者の入手したものの管理や、仕事の依頼の管理を行っている。

 冒険者として活動するならばギルドに登録した方が仕事も多く受けられるし、メリットが多い。

 活躍した分だけ怪我をしたときなどの保障が得られることもあるからだ。

 さらに、冒険者ギルドではパーティの募集を呼び掛け、そこでは有名な冒険者同士がパーティを組んでいることもある。

 何事にもルールは必要――ギルドはいわば放っておけば無法となってしまいやすい冒険者を互いに守るための存在ともいえた。


「……」


 そろりと、レインはローブに仮面姿という奇抜な格好で入る。

 知らない冒険者が来た――それだけで一斉に視線は集まる。


(うっ、こっちを見るんじゃない……)


 そう思いながらも、ここを乗り切れば特に問題はなかった。

 魔導師には意外でも何でもなく、こういう素性を隠した人物は珍しくはない。

 受付に向かっている間に、すでにレインへの視線の数は減っていた。


「あの……冒険者として登録したいのだが」


 話し方を少し変えて、受付の女性に話しかける。

 ギルドの受付とは普通に顔見知りだった。

 ブロンドの髪をした眼鏡の女性、リリ。

 真面目そうな、というよりも真面目な性格だった。

 二重登録しようとしていることがばれたら間違いなく怒られるだろう。


「新規登録をご希望の方ですか?」

「ああ」

「でしたら、こちらの書類にいくつか記入をお願いします」


 そうして、リリから一枚の紙が渡される。

 前衛か後衛か、魔法はなにが使えるか、得物は何かなどの記入欄はあるが、これらは無視する。

 パーティ斡旋を希望するもののみが書けばいいところだ。

 レインはすぐに名前欄のところへ適当に記入しようとしたとき、


「君……ちょっといいかな」


 レインに話しかけてきたのは、《紅天》のリーダーで赤髪の女性、リースだった。

 思わずビクッと反応してしまう。


「な、何か?」

(あれ、声色が変わりましたね)


 レインは昨日、リースに素で話しかけていることを思い出し、声色を変えた。

 いぶかしげな視線をリリから送られるが、ギルドの受付はこの程度のことでは突っ込んでこない。


「いや、なかなかに腕が立ちそうだと思って……紙に何も書いていないようだが、内容によってはうちに誘おうかと」

「……なっ、女性だけを入れるのでは……?」

「よく知っているな?」

「あっ、た、たまたま聞いたんだ」

「そうか。私は君を女性だと思って話しかけたのだが、違うのかな」

(なんで分かるんだよっ)


 心の中で突っ込む。

 レインも思わず身体の方を見る。

 ローブで身を包んだこの身体で、そんなに女性的かどうか判断できるものなのだろうか、と。

 実際、レインは気付いていないが身体の輪郭や身長から見て、おおよそ女性であると判断することは難しくはなかった。


「ぼ――私は男だ」

「おや、そうだったか」

「あの、リースさん。受付の前で登録前の人を勧誘するのは控えてもらっても……?」

「ああ、すまない。ちょっと気になったのでね」


 リースはひらひらと手を振ると、そこから立ち去ろうとする。


(危なかった……)


 ばれたかと思ったが、その心配もなさそうだった。

 レインは再び紙に記載をしようとすると――カァン。

 大きな鐘の音が響き渡った。


「……っ! 魔物の襲撃の合図ですね。申し訳ありませんが、登録は少しお待ちください」

「……ああ」

(なんてタイミングだよ……)


 最前線にあたるこの町では、開拓をしていない場所から強力な魔物が襲撃してくることがある。

 それでも最近はなかったというのに、このタイミングでやってくるなんてまったくついていなかった。

 これが、レインの不運の始まりだということに、本人が気づくことはない。

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