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29.あとは寝るだけ

 夜――シトリアはレインの家に泊まることになっていた。

 それについてはレインも了承したし、実際体調が悪くなったときにはありがたいことだった。

 二人は軽い夕食を家で済ませて、いざ床に就くというところだった。


「それでは、おやすみなさい」

「お、おやすみ……」


 そうして、二人は眠りにつく。

 ――そんな自然な形で、レインが眠りにつけるはずもなかった。


(ど、どうしてこうなった……?)


 レインが疑問に思うのも無理はない。

 ベッドは一人分しかない。

 レインは体調が悪いとはいえ、客人であり女性であるシトリアをソファで雑魚寝させるわけにはいかないとも思ったが、それをシトリアが許すはずもない。

 ――それでは、一緒に寝ることにしましょうか。

 シトリアが言ったのは、そんな言葉だった。

 シトリア曰く、体調を管理し調整するのに一緒に寝ることは非常に有効な手段だという。

 レイン自身は大丈夫だと考えているが、実際先ほど起こったことを考えれば安心できる状態ではないとシトリアは思っていた。

 レインも始めは大丈夫という言葉で押し切ろうとしていたが、シトリアが自分を心配してくれる気持ちに押し負ける形になった。

 シトリアも、女性同士なら問題ないと思っているのだろう。

 ただ、レインの方は少し違う。

 身体は女になっているが、元々は男なのだから。

 女性と一緒に寝たことは、実を言うとないわけではない。

 恋愛で、ということではなく――修行自体の師匠が女性だったから、師匠がレインをからかうつもりで寝室に入ってくることはあった。

 こうしてただ眠るということは初めての経験だった。

 少し心臓が高鳴っているのが分かる。


(落ち着け、ただ寝ているだけじゃないか……)


 レインはそう自身に言い聞かせる。

 レインはシトリアの方を向かないように身体を横にして寝る形を取った。

 そんなレインを、シトリアは抱くように手をまわしてくる。


(……っ! お、起きてるのかな)


 それを確認することはできない。

 反対側を向いてしまったのが仇となった。

 寝ていれば自然な形で寝返りをうてるのかもしれないが、今のレインにそんなことはできない。

 静かにシトリアの寝息を聞こうとすると、微かに耳に届いてくる。

 ただ、それを聞こうとすると、心臓の音もまた強くなるのを感じた。


(なんでこんな……ただ一緒に寝ているだけじゃないか)


 言い聞かせたところで、身体が言うことを聞いてくれるわけではない。

 レインが自然に眠れる時が来るのだろうか――そう心配していると、


「眠れませんか?」


 ふと、耳元でシトリアの声がした。

 レインは慌てて返事をする。


「お、起きてたの?」

「いえ、先ほども申し上げた通り、レインさんの状態を確認しているので」


 シトリアが少しだけ身体を起こして、レインのちょうど胸のあたりをさわる。


「少し、心臓の鼓動がはやくなっていますね。また状態の確認をさせてもらっても?」

「……え!?」


 シトリアの言う状態確認というのに、レインは先ほどの出来事を思い出していた。

 性的に興奮している――そんなことを言われたのだった。


(そんなはずはない、そんなはずは……)


 そう思うのは簡単だが、現実はそうはいかない。

 先ほどは心当たりもないので全力で否定していたが、今は心当たりがないわけではない。

 むしろ、あると言ってもいい。


「いや、その、ちょっと落ち着かないだけだから……」

「大丈夫ですか? 体調が悪いというわけでは――」

「大丈夫! うん、ゆっくりしていればおさまると思うっ」


 レインは何とかそう言ってシトリアを納得させた。

 この状況で魔道具のせいにするのは、やや難しいことだったから。

 魔法で状態を見られるのはまずい。


(何とかして落ち着かなければ……っ)


 レインは決意して、小さく深呼吸をした。

 何も考えずにただ目を瞑って、眠るだけでいい。

 いつもやっていることだ、簡単だ――むにゅ。

 そんな音が聞こえそうなものが背中に当たるのを感じて、無にしようとした心はすぐに戻ってくる。


(な、なんか当たってる……)


 『なんか』の正体については、おおよそ見当はついている。

 ただ、それを具体的に想像するわけにはいかない。

 レインは再び心を無にする努力をする。

 けれど、人間にはできることとできないことがある。

 ちなみに今はできないことだった。


(ど、どうすれば……)


 レインには二つの選択肢があった。

 一つはこのまま諦めて眠れないまま夜を過ごすこと。

 これは仕方ないことだ。

 ただ、常にシトリアが定期的に目を覚ますことになってしまう。

 いつまた鑑定を持ちかけられるか分からない――そんな状態で夜を過ごすことだ。

 もう一つの方法、それはあまりにもレインには受け入れがたいことであり、成功するかどうかも分からないことだ。

 今だけ、今この夜だけ自身を完全に女だと思うこと。

 そうして客観的な視点から女同士が一緒のベッドで寝ているだけ、と考えることだ。

 後者はもはや冷静な考えでもなにものもない。

 うまくいけば回避できるかもしれないという淡い期待があるだけだった。


(でも、心が無にできないなら……)


 心を変える――そんな魔法があれば今すぐほしい。

 そんなことを考えながら、レインはできるかも分からないことを実行することにした。


(僕は女――そう、僕は女だ)


 女だと思うことで回避できるわけはなかったが、このあほらしいことを考えることでだんだんと冷静にはなれてきた。

 思わぬ効果がそこにあった。


(え、まさかいけるの?)


 レイン自身も驚いてしまう。

 そうして、女だと思い込んだあとに、レインとシトリアが女同士で一緒に寝ているだけだと想像する。

 一緒に寝ているだけだと――


(……あれっ?)


 今度は逆に心臓の鼓動がはやくなった。

 レインは慌てふためく。


(どうしてだ……!?)


 あほらしいことを考えるまではよかったが、寝ているのは自分自身で、シトリアと一緒に寝ているという事実は単純に緊張してしまうことだった。


(もう一回始めから――)

「レインさん、やはり一度状態を見た方が……」

「大丈夫っ! 大丈夫だからぁ!」


 結局、そんなことを繰り返しているうちに考え疲れて寝てしまうという結末を迎えるレインであった。

 その最中、シトリアはレインに黙って一度魔法を使用している。

 結果は言うまでもなく、シトリアは心の中で一人思った。


(レインさんにも、そういう気質があるということでしょうか……?)

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