28.何もなかったわけじゃなくて
「う、ん……?」
目が覚めると、そこは自分の家のベッドの上だった。
気絶する前と何も変わっていない。
ただ、体調は大分よくなっていることがすぐに分かった。
レインはすぐに自身の身体を確認しようとして、
「あ、え?」
さらしもない状態で、シャツ一枚と下着を一枚履いているだけの状態だった。
それに、胸の状態と下の方の感覚で分かる。
元に戻ってはいない――女の子のままだ。
(でも、どうしてこんなにはだけて……)
気絶する前はしっかりと服は着ていたはずなのに――
「お目覚めになりましたか」
すぐ近くでシトリアが椅子に座っているのが目に入った。
立ち上がって近づいてくるのを見て、レインは慌てて隠そうとするが、
(あれ、でも、これって……)
気絶する前のことを思い出す。
――レインさん、失礼します。
そうシトリアは言って、レインの服に触れたのを思い出したのだった。
「汗もすごい量でしたので、身体も拭かせていただきました。まずは水を」
「ありが、とう……ということは?」
「はい、見ました」
それだけで、レインが察するには十分だった。
完全にみられた――もしも戻ったとき、リースとギルドの受付であるリリには女性であると思われている程度でまだ済ますつもりだった。
けれど、今回ばかりは言い訳もしようがない。
レインは女であるという事実――それを見られてしまったということになる。
(そもそも、隠し通すのが無理だった、かな……)
まともに見れば、リースのように男かどうかを疑う人間もいた。
フードだけで隠していても限界がある。
以前は中性的ではあったけれど、体格も男ではあったのだから。
だが、今は完全に女の子の状態だ。
一応大事なところ隠して言い張ればまだ、問題ないとは思っていた。
見られてしまってはどうしようもない。
「隠していたことには事情がおありなのでしょうが、まずは状態の報告から。結論から言うと、レインさんは以前の状態――つまり、解除魔法をかける前に戻っています」
シトリアの言葉を理解するのに少し時間がかかった。
元に戻れなかっただけでなく、もう取り返しのつかないことになってしまったということがレインの中で大きい。
ただ、シトリアは心配してレインのことを見てくれたのだ。
実際に心配するなと言っても、レインの状態を見れば放っておけるはずもない。
それはレインにも分かることだった。
だから、シトリアに対してどうこう言うつもりもない。
むしろ、隠し通せなかった自身が悪いだけだ。
「ありがとう、シトリア。大分良くなったよ」
「本当に大丈夫ですか? まだ顔色が悪いようですが……」
「……うん」
それは別の意味で悪くなっているだけだが、レインは努めて冷静に答えた。
気がつくと、外は少し暗くなり始めている。
かなり長い時間、レインのことを看病してくれていたことになる。
レインは身体を起こすと、シトリアがそれを支えようとする。
「大丈夫だよ、ありがとう。もう暗いし、悪いから今日は帰った方がいいよ」
「はい――と言いたいところですが、まだ体調の悪い人を放っておけません。レインさんが差し支えなければ、このまま今日はここに泊らせてもらってもいいでしょうか?」
レインは少し悩んだ。
本当は――ばれてしまったという事実の整理をするために一人になりたかった。
けれど、もうシトリアには隠してもしょうがないことだ。
シトリアもレインのことが心配でそう言ってくれている以上、それを帰すというのもよくない。
レインは小さく頷いた。
「うん、ありがとう。ちょっとシャワー浴びてくるね」
「はい、何かあったらすぐに呼んでくださいね」
レインはそのままシャワーを浴びるために浴室へと向かう。
下着もシャツも脱いで裸になると、確かに何も変わっていなかった。
手の模様も含めて、元通りのままだ。
結局、今回レインが得たものは何もなかった。
「……はあ」
そのまま、シャワーを浴びながら座り込む。
温かい水が身体を流してくれると、冷静にもなれた。
だが、冷静になったところで事実を覆すことはできない。
むしろ、すべてをなかったことにする魔道具とかそんなものでもないか、と非現実なことすら頭を過るくらいだった。
それでも、レインは涙目にはなっても泣くことはしなかった。
ここで泣いてしまえばもう、すべてを諦めてしまうことになる気がしたからだ。
(まだ三人だ……大丈夫、大丈夫だ)
自身を落ち着かせるように冷静に頭の中で繰り返す。
元に戻ればすべてが解決する。
レインはそう考えるようにしていた。
けれど、最近になって思うことが一つある。
戻る必要はあるのか、と。
男から女になってしまった。
それで発生する不都合があるのか、と。
(あるだろう……色々と)
そう考えても、最近はこの身体に慣れてしまってきている。
しいていうなら、恋愛対象が男になることはまずないことくらいだろうか。
そもそも、この状態で恋愛など考える暇もないが。
レインはしばらく俯いてシャワーを浴びていたが、やがてゆっくりと浴室から出る。
体調は正直悪くはない。
精神面では大分やられてしまったが、まだまだ諦めないとレインは固く決意した。
シトリアがまだ心配そうにレインを見ていた。
レインは笑顔でシトリアに話しかける。
「ごめん、心配かけて。本当にもう大丈夫だから」
「いえ、謝る必要なんてありませんよ。困った時はお互い様ですから。むしろ、謝るのは私の方です」
「……え?」
「レインさんはその、女性的に扱われるのが嫌なんですよね? それなのに、この前は少し度が過ぎたかもしれません」
この前のというのは、センとシトリアが買ってきた服のことだろう。
あれで町の中を歩くことになったのは、確かに大分疲れたことだったが。
「ううん、そんなことないよ。別に嫌とかじゃないから」
「そう、ですか?」
「うん」
シトリアのことを気遣ってそう答えるレイン。
つまりこれは、別に女性的な格好をするのは嫌ではないと言っているようなものなのだが、それにはレインは気付いていない。
シトリアはそれから、レインに対してまた頭を下げた。
「改めて、ありがとうございました」
「いや、あれは僕が願いを聞いてもらうためだったから」
「いえ、それでも助かりました。いつもより多く持って来られたので。本当に、ありがとうございます」
シトリアの笑顔を見て、レインはふと思った。
(なんだ――得るもの、あったじゃないか)
今回レインは何も得るものがなかったと思った。
けれど、それは違う。
元々は、レインが元に戻るためだけに受けた依頼だったが、シトリアの様子を見れば分かる。
それが本当に、シトリアにとって必要なことだったのだと。
今日はそれだけできただけでもよかったとしよう――レインはそう考えることにした。