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27.なぜか落ち着くこと

 飛びかけていた意識も戻ってくるほどの驚きだった。

 レインは慌てて身体を起こして、シトリアの言葉を否定する。


「し、してないよっ、興奮なんて!?」


 ましてや性的な、などと言われては黙っていられない。

 ただ、そう言われてもおかしくはない状態ではなかった。

 上気したように赤い顔は涙目になっていて、息遣いは荒い。

 シトリアの腕を掴む力もどこか弱々しく震えていて――


「大丈夫です。私はそんなこと気にしませんから」


 笑顔で答えるシトリアに、より一層慌てたのはレインの方だった。

 このままだと、魔道具の効果で苦しんでいることを、まるで喜んでいるかのように感じている変態にしか見られない。


「違うんだってっ! 本当に! どちらかと言えば体調が悪くて……っ」

「ですから、体調が悪いなら横になった方がいいと思います」


 いくら否定しようと、魔法で鑑定をしたという事実は覆らない。

 つまり、レインは興奮状態にはあるということだ。

 それが本当に性的な意味であるかはどうかは別としても。

 ただ、思い当たる節はある。

 魔道具の願いを叶える効果によってレインは女の子になっている。

 いわゆる性別が変わるという状態が、魔法でそう判断させているのかもしれない。

 そんなことを冷静に分析しよう――などとはレインも思えずに、何とかシトリアに分かってもらおうと言葉を続ける。


「あの、ほんとに違うんだよ?」

「はい、分かっていますから、落ち着いてください」


 落ち着けるわけもない。

 シトリアの「分かっている」というのはきっと、レインの説明を受けて言っているわけではない。

 そんなことは気にしないから大丈夫、という意味だろう。

 つまり、レインがどんな理由で興奮しようが引いたりしないから大丈夫ということだ。

 シトリアはまた落ち着くようにとレインの肩を掴んで寝かしつけようとする。

 レインは身体に力が入らず、結局そのまま横になってしまうことになる。


「魔道具によってはそういう効果が出ることも別に不思議なことではありませんから」


 シトリアの言うことも間違っていない。

 本当の意味で、そういう副作用が出てしまっていることはおかしくないと言っている。

 ただ、今のレインにはそれが慰めにしか聞こえない。

 レインからしてみれば、本当に体調が悪い感覚があるだけなのだ。

 レインは必死に説明をしようとするが、シトリアも何とかレインの体調を戻そうとしていた。


「僕は興奮なんてしないないし、時間をおいたらきっと治る! だから大丈夫だってっ」

「……分かりました。レインさんは興奮しているわけではないと」

「も、もちろんっ」

「それは私の方も理解しました」

「ほ、ほんと?」


 シトリアが頷くと、レインも少し落ち着いた。

 ただ、これはあくまでシトリアがそう認めないとレインが落ち着かないと思ったからだ。

 シトリアは「はい」と笑顔で頷いたあとに、


「ところで、レインさんは女性の胸は好きですか?」

「全然分かってないよね!?」


 シトリアの言葉にレインが突っ込む。

 明らかに質問の内容がおかしい。

 だが、シトリアは首を横に振って真剣な表情でたずねる。


「レインさん、私は真面目に聞いているんです」

「僕も真面目だよっ! 本当にっ! 問題ないからっ!」


 レインはそう言って今度は身体を起こすだけではなく、立ち上がろうとした。

 シトリアがそれを制止する。


「ダメですよ、レインさん! こんなに弱っているのに動こうとしないでください」

「だ、大丈夫だから――あっ」


 やはり身体には力が入らず、バランスを崩してシトリアに支えられる形になる。

 ちょうど胸の位置に手が当たるような形となり、


(あれ、ちょっと落ち着く――って、そんなこと考えている場合じゃない!)


 レインはすぐにシトリアから離れた。

 胸の感触が少し手に残っている。

 なぜか、それで落ち着きを取り戻したことが非常に不本意だった。


(こ、これじゃ本当に興奮してたみたいじゃないか……)


 ちらりとシトリアの方を見ると、優しく微笑んで返してくれる。

 そして、シトリアはふと自身の服に手をかけた。

 何と、その場で脱ごうとし始めたのだ。


「な、何してるの!?」

「いかがわしいことではありませんよ? あくまでレインさんの状態を落ち着かせるための処置ですから」


 シトリアはこういった類の状態の相手を落ち着かせる方法として、あくまで実践しようとしているだけだった。

 いわゆる治療行為の一環であり、シトリアからすればパーティメンバーを助けるために善意でやろうとしていることだった。

 レインからすると、それは明らかにおかしな行為にしか感じられなかったが。


「だ、ダメだよ! そんな人前で! それに服を脱ぐのが何で僕のためになるんだ!?」

「レインさんだって裸になったり、自分から裸になろうとしたじゃないですか」

「裸になろうとした!? そんなことあったっけ!?」


 前者はアラクネ戦のことだ。

 それはレインも覚えているが、後者は酒を飲んだあとでレインは知らない。

 シトリアは後からリースやセンからすべて聞いていた。


「とにかく、まずは落ち着かせることです。私に任せてください」


 はらりと服を脱ぐシトリアに、レインは目をそらす。

 そんなレインに対して、シトリアは優しく手を取ると、そっと胸の部分まで手を寄せた。

 シトリアの手は少し冷たかったが、胸の部分は温かい――そんな気がした。


「落ち着きますか?」

「……うん」


 レインは正直に頷く。

 心臓の部分に近い場所は魔力の流れを感じやすい。

 それで、レインの中にあった乱れた魔力の流れは徐々にシトリアのものと同調し、抑えていく――それと同時にレインの興奮状態を抑えることが目的だった。

 ただ、レインからするとただ胸を触ってだんだんと落ち着いてきたようにしか感じない。


(なんで……ほんとに興奮してたってこと? でも、落ち着いてきたのに何も変化がない……?)


 また、レインの気持ちに焦りが生じる。

 このまま落ち着いていったら、性別も元に戻らないまま終わってしまうのではないか――それがレインの精神状態に影響を大きく与えた。

 落ち着き始めていた魔力の流れが、再び加速する。


「……っ」


 今度は一瞬で、レインの意識が朦朧としてしまうほどだった。


「レインさん……!? 大丈夫ですか!」


 シトリアはレインを再びベッドに横にする。

 もうレインも満足に受け答えはできない。


「レインさん、失礼します」


 薄れゆく意識の中で、シトリアがそんな言葉を発したのがレインの聞いた言葉だった。

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