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25.毒の湿地

 《毒の湿地》――魔物ですらほとんど近寄らないとされる場所は独自の生態系を持つ。

 ここにも迷宮は存在しているが、さすがにレインでも入ったことはない。

 こうしてやってこれる人間はおそらくシトリアのように耐毒に優れた魔法を持つ者だけだろう。

 それでも、リスクを冒してでもここにやってくる冒険者は少ない。

 ある意味未開拓の土地に近い状態であるここは、今のレインならば特に問題なく進むことができる場所ではあった。

 それでも、いざやってきてみるとあまり気乗りしない。

 湿地というだけあって地面はぬかるみのようになっている場所が多く、毒素を含んだ液体が底から溢れだしている。

 この湿地が広がっているという話はないのが救いだろうか。


(こんなところに何の用があるんだろう)


 シトリアについていく形でレインと二人――ボロスの湿地を歩いていた。

 シトリアは慣れているのか、道という道はなさそうだが、どこかを目指してまっすぐ進んでいる。

 あまり魔物がいないと言っても、完全にいないわけではない。

 ここに適応した魔物というのは少なからず存在している。

 たとえばスライムなど元々身体が液体で構成された魔物は特に問題なくここで生活している。

 《ポイズンスライム》と呼ばれるタイプのものだ。

 それらの敵はレインが氷の魔法を使用して倒す。

 ジュウッという音を立てながら、氷の魔法も外側から溶かし始める毒などを見ると、いくら毒が効かないといってもここに長居したいとは思わない。


「大丈夫ですか?」


 そんなレインの心の中を察したかのように、シトリアが声をかけてきた。


「あ、うん……」

「私が誘っておいてなんですが、気分が悪くなったら言ってくださいね?」

「大丈夫だよ。それに、これは僕のためでもあるから」


 このシトリアからの頼みが終われば、シトリアの強化解除の魔法によって元に戻れる可能性もある。

 もちろん、こうした毒が効かない能力が惜しくないわけではないが。

 レインには一つ、気になることもあった。


「そういえば、リースやセンは来ないんだ?」

「そうですね、あの二人ならこの湿地でも生きていられそうですけど……まあそれは冗談としても、常に二人には結界を張る必要が出るので少し負担が大きいんです」


 いくらセンとリースが強いと言っても、普通の人間が活動するには難しい場所だ

 シトリアの結界というのも、ここを通るのに張り続けているのは可能だろうが、万一にでも続けられなくなった場合はパーティの全滅もあり得る。

 そんな危険を冒してまでは頼めないということなのだろうが、シトリア自身は元々一人でもやってきていたのだった。


「もう少ししたら目的の場所につきます」

「その、目的っていうのは?」


 レインはここで、ようやくシトリアの目的を尋ねる。

 自分の目的のためだけにやってきていたが、さすがにシトリアがこんなところまでやってくるのにどういう用事があるのかは気になった。


「《ヘシス草》というここにしか生えない毒草があるんです」

「毒、草?」


 それを聞いて、レインは怪訝そうな顔でシトリアを見る。

 シトリアはそれに気付くと苦笑いしながら、


「ああ、変なことに使うわけではないですよ? 本来は毒草ですが、きちんと処理すれば薬になるんです」

「そうなんだ……」

「ギルドに定期的に依頼で出されているんですが、受ける人もそんなにいないですから」


 そう言いながら、特に問題もなく目的の場所につく。

 今回は二人で来られたから、いつもより多めにヘシス草を回収できそうだとシトリアは喜んでいた。


「ここで集めればいいの?」

「はい、大体この付近に生えているはずなので――」


 そうして二人で集めようとしたときだった。

 地面の底から盛り上がるように出てきたのは、ボロボロと崩れかけた身体を持つ巨体――


「なっ、アンデッドドラゴン……!?」


 レインが驚きに目を見開く。

 死んでもなお魂だけがそこに残り続ける存在――アンデッド。

 魔物も人も、素質のある者であれば死者となったあとも活動を続けることがある。

 もちろん、本人にはほとんど意識はない状態だが。

 このドラゴンもこの湿地で生きていくことができなかったのだろう。

 だが、溶け始めた肉体だけでもその活動が終わることはなかった。

 レインの反応は、今回は早かった。

 死者とはいえ元々がドラゴンならばAランク相当の魔物と考えていいだろう。

 センやリースのような前衛もいない状況ならば、逃げる方が無難だと。

 だが、シトリアは逃げようとしなかった。


「シトリア!? 早くこっちに!」


 アンデッドドラゴンの行動は遅い。

 だが、こちらを狙って動こうとするアンデッドドラゴンの巨体が、ここらに生えているヘシス草を押しつぶそうとしていた。

 シトリアにはそれが見逃せなかった。


「申し訳ありませんが、私はここで退けません」

「どうして!?」


 シトリアは武器を構えて、アンデッドドラゴンと対峙する。


「私が冒険者になった元々の理由は、そうしないと救えない人々がいるからなんですよ」


 笑顔でそう答えるシトリアだが、アンデッドドラゴンとまともに戦闘できるのかどうか分からない。

 ましてやシトリアは魔力を切らせば、自身に張っている結界も保てなくなるだろう。


「……っ!」


 そこまで考えたときに、レインはすぐに動いた。

 進もうとするアンデッドドラゴンの身体の部分――接触部位だけを狙って氷結魔法を走らせる。

 それでもいくつか、地面に生えたヘシス草を凍らせてしまう。


(もっと加減が必要か……っ)

「レインさん、これは私の問題ですから……」


 手伝わなくてもいいとシトリアは言いたいのだろうが、目の前の状況を見て放っておけるほどレインも薄情ではない。

 レインが足止めをしている隙に、シトリアが聖属性の魔法を発動させる。

 死者であるアンデッドには魔法での攻撃もそこまで有効打にはならない。

 氷の魔法を使うレインでは完全に凍らせれば無力化できるだろうが、それをすればここら一帯も氷漬けにしてしまう可能性がある。

 魂の浄化――対アンデッドには聖属性の魔法は非常に有効とされる。

 そうした類の相手には部類の強さを誇るのだ。


「今、解放して差し上げます」


 ただし、詠唱には時間がかかる。

 その間、レインが極力周辺を凍らせないようにアンデッドドラゴンの足を止める。

 止めようにも、実際には完全に止めることはできない。

 パキリッと氷を砕きながら、構わずにアンデッドドラゴンは前に進もうとする。


「浄化の力よ、彷徨える魂を照らせ――」


 光がアンデッドドラゴンを包み込む。

 どろりと身体が溶け始めるのが見えるが、まるで苦痛を感じさせないように動きを止めない。

 サイズが大きすぎるから、時間がかかるのだ。

 目の前までやってきても、シトリアはそこから動かない。

 振り下ろされる巨腕を、レインが氷の魔法で防いだ。

 押しつぶされそうになりながらも、氷の壁で無理やり押しだす。


「悪いが、僕の方が強いね!」


 初めてレインが認識する。

 自身はAランクの魔物よりも圧倒的に強い。

 それを自信に繋げていいものか悩んでいたが、こうして魔物と戦っている間に必要なのはそういう考えだった。

 センやリースにあってレインにないものだった。

 ドンッと一気にアンデッドドラゴンの巨体を吹き飛ばした。

 やがて、崩れていく身体を支えきれずに、アンデッドドラゴンは消滅していく。


「勝った……」


 問題なく勝てた――レインはその事実に驚いていた。


「さすがです。レインさん」

「あ、いや……普通に勝てるとは思わなかったけど……」

「……? そんなことないですよ。レインさんなら加減せずに戦えば問題なく勝てる相手だと思いますが」

「そう、なんだよね」


 ただ、シトリアの解除魔法を使えばその力を失うことになるかもしれない。

 レインは一瞬だけ、迷ってしまった。

 この力があった方が、むしろ今後生きていく上では必要なのではないか、と。


(男に戻る必要なんてない――そんなこと、何で僕が考えるんだ……)


 首を横に振って、その思いを振り払う。

 そんなレインの思いをシトリアは知ることもなく、二人はヘシス草を回収して戻ることにした。

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