24.戻れる可能性
翌日、レインは紅天のメンバーが集まる家へとやってきていた。
中に入ると、相変わらず片づけられていないものばかり視界に入る。
(どうにかならないかな、これ)
もうすぐここで暮らすと考えると、少しは整理したい――そう思いながら、レインはシトリアの部屋へと向かう。
用があるのはシトリアだけだ。
わざわざ他のメンバーを呼び出す必要はない。
できればシトリアとだけ会話をしておきたい内容だったからちょうどいい。
部屋をノックすると、シトリアが出迎えてくれた。
「レインさん? どうしたんですか、お一人で」
「いやぁ、その、シトリアにちょっと話があってきたんだけど」
「私に、ですか」
レインが頷くと、シトリアは部屋へと招き入れてくれた。
家に入ったときに比べると、個人の部屋はそれぞれできちんと整理しているようだった。
シトリアの部屋は綺麗に整理されており、むしろもう少し何かあったほうがいいのではと思うほどだった。
ただ、テーブルの上にはお酒が置いてある。
(そのへんは完備してるんだ……)
「それで、お話というのは?」
「あ、うん。シトリアって、聖属性の魔法が使えるじゃない?」
「ええ、そうですね。もしかして、何か呪いの類か何かを解呪してほしいとかですか?」
聖属性の魔法をしただけでそこまで読むとはさすがだ。
ただ、レインの身体には呪いではなく強化魔法の類が付与されていると言える。
「近いんだけど……呪いじゃなくて、強化魔法とかの方も解除とかってできる?」
「ええ、まあ……そういう類のものは一応解除する魔法はありますよ?」
レインは心の中でガッツポーズをする。
聖属性の魔法の使い手であるシトリアならレインに付与された魔法を解除することができる可能性がある――つまり、女の子になってしまった状態異常のようなものでも解除できるのではないかと考えていた。
そんなレインに対して、
「まさかとは思いますが、レインさんにそれをやれと言うわけじゃないですよね?」
シトリアが訝しげな表情でそう言った。
レインは一瞬かたまったが、こほんと咳払いをして続ける。
「そのまさかだよ」
「……意味があるとは思えませんが、どうしてそんなことを?」
「実を言うと――」
シトリアには言えないところは省いた。
男から女を省いて、装着した魔道具の効果で今のように溶解液が効かないような身体になっていると。
それはレインの実力ではないので、元に戻してほしいというような内容で。
シトリアは一通り話を聞いた後、
「やはり意味があるとは思えませんが」
そう言い放った。
「えっと、だめ?」
「だめというか、別にその無効化でデメリットってないですよね?」
「いや、そうだけど。僕の実力ではないわけだし?」
「運も実力のうちといいますから。レインさんには運はないと思っていましたが、そういう類の魔道具を手に入れたのならそれは幸運として受け入れるべきです」
レインはそこまで言われると、黙ってしまった。
そもそも強化魔法を解除してほしいなんてどうやったらお願いできるのだろう、とレインは思っていた。
考えた結論が、自身の実力で強くなりたい的な感じの言い訳だったのだが、それを解除することは純粋にレインの弱体化を意味する。
シトリアからしても、パーティに入ったばかりのレインがいきなり弱体化することはよしとはしないだろう。
それでもレインが元に戻る可能性があるなら、と何とか考えを巡らせるが――
「いや、そのね。運も実力のうちっていうのは、分かるんだけど……僕にも、男としての意地みたいなのがね?」
「あるんですか?」
「……うん」
何とも気弱な返事だった。
実際シトリアの言うことの方が正しいとレインも感じてしまっていた。
この強化がある限りレインはアラクネクラスの溶解液も通じない。
正直メリットと感じる部分の方が大きくなっているのは事実だ。
あくまで女から男に戻れるかもしれないという可能性だけで解除しようというのは正直、間違っているのかもしれない。
(けれど、それでも……)
戻れるなら戻りたい――レインの目的はそれだった。
「……分かりました」
「え?」
「そこまでこだわりがあると言うのなら、解除を試みてもいいですよ」
「ほ、ほんとに?」
「一応、言っておきますが、確実に解除できるわけではないですよ?」
「あ、ああ! 全然構わないよ!」
レインの悩んだ姿を見てか、シトリアはため息をつきながらも了承してくれた。
これでレインにも元に戻れる可能性が――そう思った時、「ただし」とシトリアが条件をつける。
「これから私と一緒にある場所に行ってほしいんです」
「……ある場所?」
「はい。それが終わってからでもよいでしょうか?」
「もちろんっ」
シトリアの言葉にレインは頷く。
レインはシトリアに同行してある場所へと向かうことになった。
その名は《毒の湿地》ボロス。
西方の山側へと向かう途中――人が近づくことのない地だった。