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2.魔道具の効果

「落ち着いて、そう、落ち着つくんだ……」


 レインは先ほどからそう言い聞かせ続ける。

 一先ずシャワーを浴びた。

 満足には洗えなかったが、それでも落ち着こうとした。

 次に魔道具の方を確認して、レインはまた大きく動揺した。

 強く発せられていたはずの魔力が感じられなくなっていたからだ。

 すでに魔道具としての役割を終えている――手首に残った紋様がその証だ。


(女になる呪い……? そ、そんな馬鹿げたことだけでここまでの魔力を使うはず……いや、でも性別が変わるほどになると……)


 ふらつく足取りで、また鏡の前に立つ。

 やはり、姿は変わらなかった。

 中性的であった容姿が明らかに女の子に寄ってしまっている。

 ただ、ローブで顔を隠せばまだ問題はないとレインは深呼吸をした。


(明日……まずはベルードのところへ行って、鑑定してもらおう)


 すでに機能は失ってしまっているかもしれないが、効力自体が鑑定できないわけではないはず。

 それでどういうものか分かるはずだ。

 レインは床につこうとするが、まったく眠気がない。

 先ほど気絶してしまったのも原因にはあるのかもしれないが、着ている服も落ち着かなかった。

 やはりサイズ感は微妙に違ってしまっている。

 やや身体が小さくなって、ブカブカとなってしまっている部分が大きい。

 胸も直接布で擦れると違和感があったので、包帯を巻いておいた。

 手首の模様についても包帯で隠す。

 黒い模様は明らかに呪いを受けているというが分かってしまうからだ。


「……」


 静かにしていると、先ほどまでの自分を呪いたくなる。

 効力が分からないものをつけるなんて、自業自得すぎた。

 魔道具にそんな呪いのような罠をかけるなんて思わなかったし、何より解呪にもそれなりに自信はあったからだ。


(日ごろの行いか……? そんなの、僕だけじゃないだろ……)


 何とか売ろうとしたことがそもそもの発端だ。

 危険な物だと判断して破棄していれば――そんな後悔が頭を過る。


(いや、弱気になるのはまだはやい……)


 元に戻れないとは限らない。

 呪いなのだとしたら、そもそも解呪する方法はあるはずだ。

 レインは起き上がる。

 解呪についての方法を実践するためだ。

 どうにかなるはず――そんな希望もむなしく、気がつくと朝を迎えていた。


「朝か……あっ!」


 レインは慌ててローブを着て外に出る。

 早足でベルードのところへと向かう。

 だが、


(くそっ、走りにくいなっ)


 服のサイズだけでなく、歩幅にも慣れない。

 こうして走ろうとすると、まだ身体の感覚が上手く掴めていなかった。

 慌てていたので足が絡んでしまい、


「あ……っ!」

「――っと、大丈夫かい?」


 転んだところで、一人の女性に身体を支えられた。

 見上げると、そこにいたのは長い赤髪の女性だった。

 大人びた雰囲気のある女性で、胸のひらけた服装をしている。

 こちらが恥ずかしいくらいで、思わずレインは目をそらす。


「ご、ごめん……」

「ああ、構わないよ――って、君、レインか?」


 ドキッと心臓が高鳴る音がした。

 銀髪の青年といえばレインしかいない。

 だからそう聞いてきただけだ。

 赤髪の女性の名はリース。

 《紅天》と呼ばれる女性しか所属していないパーティのリーダーだった。

 この町でも最上位に位置する実力者揃いのパーティであり、以前レインを女と勘違いして誘ってきたこともある。

 誘われたときは悪い気分ではなかったが、もちろん男だと言って断った。


「……そ、そうだけど」

「私の気のせいか? 近くで見ると雰囲気が――」

「ごめん! 僕、ちょっと急いでるからさっ」


 何か言われる前にそそくさとレインはその場を立ち去る。

 あまり接点はなかったけれど、ギルドで会えば会話をするくらいの間柄ではあった。

 レインの状態の変化に気づいてもおかしくはない。


「あれはどう見ても……」


 リースは去っていくレインを見送る。

 そんな言葉はレインには届かず、やっとの思いでベルードのところまでやってきたのだった。


「これ、鑑定お願いっ!」

「お、レイン、か?」


 ベルードにすら、疑問形で聞かれてしまう始末である。

 フードをかぶったまま、頭を伏せて答える。


「そう、だけど? どうして?」

「いや、やけに声が高いなと思ってな」

「……っ! か、風邪だよ」

「普通低くなるだろ、まぁどうでもいいか」


 レインも気づいていなかった。

 昨日からさらに声質も微妙に変化してしまっているということに。

 慌てて低い声を出すように努力する。


「こいつは昨日の魔道具だな……解呪できたのか」

「ま、まあね。それで、そいつはどういう効果を持ってるんだ?」

「……こりゃあ、すげえな。いや、すごかったというべきか」


 ベルードは目を見開くが、その言い方からはすでに、魔道具は効果を失っているということが分かってしまった。


「ど、どういうことかな?」

「こいつは望みを叶えることができる――いわば神代クラスの遺物だ」


 その言葉に、驚いたのはレインだった。

 望みを叶える? そんなこと、一切起こっていない。


「なっ、望みなんて何も――」


 はっとして口元をおさえる。

 危うく使ってしまったという事実を言ってしまうところだった。

 途中だったからか、ベルードはレインの言葉に頷き、


「ああ、だからもう効果はない。解呪したときに気づかなかったか?」

「いや、それはなんとなくわかってたけど……」


 呪いを解除したわけではなく、純粋に魔道具の効果を受けた。

 レインに起こった現象はそういうことだった。


「こいつぁ主効果が他人の願いをかなえるものだ」

「た、他人の願い、だって?」

「ああ、装備者が望まれていることを叶える――そういう魔道具だ。もし効果がのこってりゃ、現存する魔道具の中でも最高峰だったろうな」


 他人から望まれていること――それがたとえば英雄だとしたら、世界を救ってもらうほどの力を手にするとかそういうことなのだろう。

 ただ、そういうこともなくつけたレインが最も望まれていた事実は――女だったらいいな、というレインが言われることを嫌うことだった。


(それで女になったって……嘘だろう……)


 レインはその場にへたり込む。

 ベルードは困ったような顔をしながら、


「落ち込む気持ちは分かるがよ。こういうこともあるだろうさ」


 ベルードはレインがもう魔道具が使いものにならないことに落ち込んでしまっているのだと思っている。

 だが、レインはそんなことを気にしている場合ではなかった。

 呪いによって鑑定できなかったのではなく、神代クラスの強力な魔道具だったために、力が強すぎて見えなかったということだ。

 解呪できなかったのではなく、そもそも呪いではなく付与だから解呪できなかったのである。

 根本的な解決方法を間違えていた。

 レインはふらつきながらその場を立ち去る。


「おい! こいつは処分でいいのか?」

「ああ、適当に捨てといて……」

「ったく、相当な落ち込みようだな」


 レインが去ったあと、ベルードは再度使えなくなった魔道具を確認する。

 よく見れば、それには主効果だけでなく別に副効果がついていた。


「幸運減少……? それに魔力増大に魔法強化か。きちんと魔道具としての役割も果たしてはいるんだな。幸運減少ってのはよくわからんが、まあこれくらいついてたら相当高値で取引できたかもなぁ」


 それをレインが聞くことはなく、レインはそのまま帰路についた。

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