18.迷宮探索
「……」
「……」
沈黙したまま、レインとエリィはウィリアムが向かったという迷宮へと向かっていた。
町より東側――いくつかある迷宮の中でも最低Cランクは必要とされる場所――《カザス迷宮》。
奥地まではまだ誰も到達しておらず、未だに魔道具による罠が残っている場所だ。
元々、迷宮というのは過去の人々が財宝を隠すために作り出した共有の金庫とも呼ばれている。
だんだんと利用者が減少するにつれてそこに魔物が棲みつき、また時の流れを経て冒険者という存在が宝を求めてやってくるようになったというわけだ。
実際のところ、その利用用途も判明していない。
一概に迷宮と言っても、たとえば地下だったり、オブジェのようなものだったり、中には古代都市のようなものまで存在する。
今回向かう場所は地下に通じるところだ。
レインは迷宮を探索する冒険者としては慣れているが、エリィはおそらく魔物を狩ることを生業としている冒険者だ。
ここで先導するのはレインの方だろう。
「えっと、僕が先に行く形でいいかな?」
「……構わないけど」
「うん、それじゃ、よろしく」
何ともぎこちない会話のまま、迷宮へと入ることになった。
(実に気まずい……)
レインは心の中で呟く。
そもそも、エリィがレインについてくること自体が謎だった。
エリィはレインが紅天に入ることには反対していたはず。
それなのに、レインの依頼に同行してくるとは思わなかった。
(依頼料は半分になっちゃうな)
レインが心配していることは、どちらかと言えばそちらの方だった。
そんなレインに対して、エリィはようやく話しかけてくる。
「あんた、アラクネを倒したんだって?」
「え、ま、まあ……」
「ふぅん。お姉――リースから聞いたけど、それであたしがあんたを認めたわけじゃないから」
エリィの言葉に、何となくレインも察した。
レインが本当にそれだけの実力者なのか見極めたいというところなのだろう。
実際、レインは今までBランクの冒険者としてそれなりに知名度がある程度だった。
それも、迷宮を生業として目立った記録はない冒険者だ。
対するエリィは同じBランクながらも最強のパーティの一角である紅天で活躍する魔導師。
同じパーティを共にするなら、その実力を見定めたいというところだろう。
(試されるっていうのは苦手だなぁ)
レインはため息をつきながらも、迷宮に入ると同時に地面に手をついた。
エリィが訝しげな表情でそれを見つめる。
「……何してんの?」
「何って……罠がないか確認してるんだよ」
「罠? そんなので分かるの?」
「迷宮を探索するならそれに応じた魔法があるんだよ」
そうして、レインはある魔法を発動する。
《エコー》と呼ばれる魔力を波形状にして飛ばす魔法だ。
特殊な魔法でコーティングされていない限りは、これでおおよその罠は感知できる。
一階層となると、大体はすでに破壊されている可能性も高いが、念のため確認は怠らない。
レインの思った通り、こうした攻撃でない魔法については威力が増大するというよりも範囲が相当拡大するだけだった。
それこそ、一段階下の階層までも把握できるほどだ。
だが、そこまで細かくは覚えられない。
結局のところ、定期的には発動することになる。
「さて、それじゃあ行こうか」
「……ええ」
レインを先頭に、迷宮の探索が開始された。
目的は一つ――冒険者、ウィリアムの捜索だ。
***
レインは定期的に、壁に魔法でマーキングをしていく。
迷宮内は入り組んでいて、ある程度目印は必要になる。
慣れていてもそれは必要なことだ。
エリィはそんなレインの様子を見て、一言つぶやく。
「意外ね」
「え、何が?」
「アラクネとの戦いを聞いた限りだと、もっと考えなしのアホかと思ってたわ」
「……直球すぎるよ。まあ、アラクネの時は確かに不甲斐ないと言われても仕方ないけれど、僕は本来こういう迷宮を探索する冒険者なんだ。ここで慌てるような生活は送ってないよ」
レインは自信満々――というわけではないが、はっきりとそう答える。
開けた場所での行動と狭い場所での行動ではそもそも違うというところだろう。
レインはしばらくまっすぐ進み続けていたが、
「すぐ先に魔物がいるみたいだね。迂回して進もう」
「……戦わないの?」
「帰りたいときに帰れるわけじゃないからね。無駄な戦いは避けるのが基本だよ」
師匠からも教わった考えは迷宮でよく生きる。
戦う必要のない相手とは戦わない。
もちろん、必要になれば戦いはするが、レインが《氷使い》となった理由はこういう場所での足止めには非常に優れているからだった。
(本当に、意外ね)
エリィはそんなレインの様子を見て、素直にそう感じた。
元々女の子が好きだからというふざけた理由で女ばかり集めようとしていたリースが作ったのが紅天だ。
エリィも変に男と絡まなくて済むのならそれでいいと思っていたのに、急に男――それも、女みたいな男のレインをパーティに入れると言い出した。
正直納得のいかないところもあったが、エリィにとっては今まで名前こそ聞いたことはあっても、あれほどの魔導師であることを隠していたレインに対して、正直不信感のようなものがあった。
それにエリィにとっては悔しいことだったが、前線でワイバーンと戦っている時、いくつか町の方へ向かったワイバーンを討伐したのはレインだ。
魔導師としての実力も、エリィを上回っていると言わざるを得ない。
(こんなことで嫉妬みたいなことって、みんな笑うでしょうね)
エリィにとっては、魔導師として強くあることが目標であった。
センやリース、シトリアに後れを取らない魔導師となることそれがエリィの目指すべきところだ。
それを、目の前のレインは簡単にやってのけたということになる。
(認めるも認めないも……あたしの方が下なんだから、実際笑えるわ)
エリィは一人、そう考えてこんでいると、レインが立ち止まる。
「エリィ、あまり体調がよくないようなら帰った方がいいよ?」
「な、なによ? 別に調子が悪いわけじゃないわ」
「それならいいけど、すぐには戻れなくなるから無理はしない方がいいから。つらくなったら教えて」
「……分かったわ」
エリィは不意を突かれた。
後ろめたい気持ちを持っている相手にふと、優しい声で話しかけられて緊張したのだ。
それを、ちょっとした勘違いのように感じてしまってもおかしいことではない。
(ちょっと心配されたくらいで、なんでこんな……)
エリィ自身、男と二人でパーティを組んで依頼をこなすのは初めてだった。
それに気付いたのは、もう少し迷宮を進んでからになる。
ただ、目の前の男を名乗る人物は、今は女の子であるという事実はエリィの知らないことであった。
ここまでへっぽこでしたが、迷宮では真面目で頼りになる人です。