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17.個別の依頼

「う、うん……?」


 レインは自分の家で目を覚ました。

 物凄く喉が渇いてイガイガすることを除けば、特に体調が悪いということはない。


(二日酔いにもなってないなんて、これも体質なのかな?)


 ただ、気がかりなことはあった。


(あれ、昨日どうなったんだっけ……?)


 センと酒で勝負をする――そして戦略で勝とうとした。

 そこまでは何となく記憶している。

 ただ、それ以降の記憶が一切思い出されない。

 おそらく、リースあたりが家まで送ってくれたのだとは思うが。


「……後で確認しとこう」


 起きてすぐにシャワーを浴びる。

 記憶はないほど飲んでしまったというのは久々どころか、ほとんど初めての経験だった。

 何が起こったのか分からないというのは新鮮な気分ではあるが――


(変なことが起こってないといいなぁ……)


 そんな風に寝起きのレインは軽く考えていた。

 シャワーを浴び終えると、いつも通り書簡を確認する。

 すると、珍しくレイン宛で綺麗に包まれた書簡が送られてきていた。


「お、これは……」


 レインはすぐにソファに座って、中身を確認する。

 内容は簡潔に言えば、アラクネを討伐したレイン個人に対して依頼したいことがあり、一度会っていただきたいというものだった。

 こういう個人への依頼はAランク以上の冒険者にはよく送られてくることはあるが、レインにはあまりなかった。


(なんでアラクネを倒したって知ってるんだろ? もう広まってるのかな)


 昨日のことを一切覚えていないレインにとっては、とても不思議なことだった。

 まだ倒して間もないというのに、もうそれが伝わって依頼につながるとは。

 しかも、個人宛でこの綺麗な包装となると、それなりの報酬が期待できる。

 要するにギルドを介さない、あるいは介せなかった依頼ということだ。


(依頼内容にもよるけど、とりあえず指定された場所にいってみるかな)


 指定されたのはどうやら自宅らしい。

 差出人の名はクレア・フォフィス。

 女性と思しき人からだった。

 レインはその後、朝食を食べ終えると、足早に指定された場所へと向かった。

 自身に合うローブをまだ買っていないので、アラクネに溶かされた物とはまた別だが、少し大き目なもので顔まで隠しておく。

 だが、レインの姿を見るたびに町行く冒険者達が――


「よう、レイン。昨日は大変だったな」

「レイン、誰にでもああいうことはある。気にするな」

「今日はきっといいことあるさ」

(な、何があったんだ……!?)


 繊細そうだと思われていたレインは冒険者達に気を使われて何があったのかは教えてもらっていない。

 ただ、それが逆にレインの心配を煽った。

 もしかすると、女の子になってしまっていることがばれてしまったのではないか、と。

 だが、それならばもっと反応は大きくなるはず。

 レインは気がかりながらも、依頼を確認するためにそのまま指定された場所へと向かった。


   ***


「人探し?」

「……はい」


 金髪の女性――クレアは俯いたまま小さな声で答えた。

 クレアの家はこのあたりではかなり大きな部類だった。

 クレアの父が冒険者として大成した人物らしく、今もこうして不自由のない暮らしを送れているとのことだ。


「実は、結婚を約束した相手がいるんです」

「まさか、その人を探せって?」


 レインは一瞬、逃げられたかと思ったが、どうやらそうではないらしい。


「迷宮に入ったまま、もう一週間以上戻らないんです」

「一週間……」

(あり得ない日数じゃないな)


 レインは迷宮で探索をする冒険者だ。

 基本的には長くても二日か三日で戻るだろうが、奥地まで進もうとしたら一週間はかかってもおかしくはない。

 ましてや、クレアの夫となる人物であるウィリアムはAランクの冒険者らしい。

 Aランクの冒険者が迷宮で探索をしていれば一週間くらいはかかるだろう。

 レインは同様の説明をしたが、それはすでにギルドに言われたことらしい。

 その上で、ギルドでは受け付けてくれなかった依頼を、レインにしたいとのことだった。


「どうか、ウィリアムを探してきてくれませんか?」

「そう言われても……」

「アラクネを倒したというあなたなら! 必ず成し遂げてくれると信じています! ギルドも依頼を受けてくれなくて……っ」


 今にも泣きだしそうなクレア。

 心配する気持ちも分かるが、まだ慌てるような話ではない。

 そもそも、冒険者を探すために冒険者が出るというのは本末転倒な話であり、ギルド側としても依頼として処理できなかったのだろう。

 いずれ戻ってくる可能性のある人物を探す――依頼として受けるには少し微妙だ、とレインは感じていた。

 しかし、


「お金ならいくらでも払いますから!」

「……なるほど、分かった! この依頼、《蒼銀》の名にかけてこなしてみせるよ」

「あ、ありがとうございます!」


 即答だった。

 レインはお金が稼げると思えば依頼は受ける。

 なぜなら、今回の仕事の内容は早い話、そこまで危険を伴うものでもないからだ。

 迷宮の探索にはある程度慣れているし、何より本人は戻ってくる可能性が高い。

 それで依頼料がもらえる――


(ふっ、何も文句はないな)


 レインはウィリアムが向かったという迷宮の情報をもらい、一度紅天のメンバーの集まる家を訪れることにした。

 一応、パーティを組んでいる以上はメンバーには連絡しておきたいということと、リースに話を聞いておきたいところがあったからだ。

 おそらく、紅天のメンバーはついてこない――レインはそう思っていた。

 そして、案の定、


「……私はパスだ。すまないな」

「私も、まだ眠気が抜けませんので……」


 リースもシトリアもあまり体調がよくなさそうだった。

 飲んだ後は大体こうなるらしい。

 センに至っては部屋から出てこないレベルだった。

 ちなみにレインが昨日のことについて聞くと、


「まあ、そのなんだ。君の名誉は守った、と思う」

「何その微妙な言い方!?」


 あくまでもレインに対して何があったかは誰も語ろうとはしなかった。

 シトリアも詳しくは知らないという。

 あとはセンだけだが、センは一向に部屋から出てこない。


(気にしてもしょうがない――まずは依頼の方をこなすことにしよう)


 誰もついてこないのなら、依頼料は問題なくレインだけのものになる。

 去り際ににやりとレインが笑ったところで、


「待ちなさい」


 ぴたりとレインが足を止める。

 声をかけてきたのは――リースの妹であるエリィだった。


「どうしたんだ、エリィ」

「お姉――リース。誰も行かないなら、あたしが一緒に行ってくるわ」

「な、に?」


 レインが驚いてエリィの方を見る。

 眉をひそめながら、エリィがこちらを睨みつけて言う。


「嫌なの?」

「い、いや、そういうわけじゃないけど……」


 予想だにしなかった相手が、レインと共に迷宮に入ることになったのだった。

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