16.飲み会の終わり
「いやぁ、それにしてもレインが裸で連れてかれた時はびっくりしたわ」
「あれはぁ、違うんだよ? はぁ……僕はそんなに強くないんだからさぁ。守ってくれないと……ふぅ……」
センとレインが今日の戦いについて話している。
先ほども似たような話をしているところだった。
エリィは食事を終えて先に帰宅した。
シトリアはというと、先ほどまではしっかり起きていたが、今は半分眠っている状態だ。
センはかなりのハイペースで飲んだ結果、大分できあがってしまっている。
レインはというと、もう酔い潰れる寸前だった。
顔はずっと真っ赤な状態で、呼吸はかなり浅い。
唯一、この場でまだ常識的なのはリースだけであった。
もう勝負があったことも忘れてしまっていそうな感じだった。
それはそれで、リースにとっては助かることではあった。
「まあ? あなたがあの巨大なアラクネを倒したんだから、やっぱりすごいとは思うわよ?」
「ほんとっ? 男らしい?」
「んー、見た目は女の子よね」
「そんなことないよぉ!」
この話が定期的に出るものだから、周囲ではすでにレインがS級に匹敵するレベルのアラクネを倒したという話が広まり始めていた。
噂というのは酒場から始まりやすいものである。ましてや、Sランクの冒険者であるセンが言っているのだから、周囲の人間はそれを信じることは容易だった。
「あの蒼銀がアラクネを倒したんだってよ」
「そもそも紅天に男が入るなんてな」
「でもよぉ、見たかよ? レインってあんなに女みたいな顔だったか?」
(……いいのだろうか)
リースだけがそれを感じていた。
別にレインが強いことが広まることについては、正直仕方のないことだとは思う。
ただ、レインは女であることは極力隠したいと言っていた。
今の本人は酔ってしまっている影響もあるだろうが、隠すつもりはあまりなさそうに見える。
「レイン、ちょっと――」
「レインも男の子だっていうなら証拠見せてよ、証拠」
リースの言葉を遮るように、センがそんなことを言い出した。
レインは怪訝そうな顔をする。
「……証拠ぉ?」
「そう! 隠してばかりいないでさぁ」
センの言いたいことをリースは即座に理解する。
要するに脱いで見せろというわけだ。
酔っ払っていると、人はこういうことも平気で言うようになる。
そして、リースがもっと心配していることは、
「……見せたら信じてくれるの?」
すでに顔は真っ赤なのに、さらに赤くしてそんな風に答えたのだった。
リースは思わずせき込む。
(し、正気か……? いや、正気じゃないか!)
リースもさすがに慌てる。
リースにとって、レインは普通に女の子だった。
こんな酒場で人が見ているところで脱ぐなど、ばれるばれない以前にまずいことだった。
だが、そんなリースの心配をよそにレインは服に手をかける。
「待てっ! レイン!」
それはまずい――リースは立ち上がりレインを制止しようとする。
それを阻もうとするのはセンだった。
「あら、どうしたの? 急に立ち上がって」
「セン……悪ふざけがすぎるぞ。このままだとレインが……」
ちらりと見るともうローブを脱いでいた。
ぱさりと床に転がる。
荒い呼吸で服を脱いでいく様は、何とも言えない光景だった。
それには周囲の者も、レインが男だと認識しているにも関わらず見てしまう。
「……ごくり」
「お、おい。男が脱いでるのを見て楽しいのかよ」
「そうは言うけど……」
完全にレインは目立っている。
このまま脱げば、男を自称しているレインは確実にその正体を明かすことになる。
それはレインにとっての死活問題であったが、酔っている本人は気付いていない。
リースにとっては、ここで裸を晒すことに問題がある。
「そこまでだ、レイン!」
リースはそのまま卓を飛び越えて、レインが脱ごうとするのを止めようとする。
その腕を、センが掴んで止めた。
「ちょっとぉ、今いいところなんだから」
「セン! ここでレインが脱ぐのはまずいんだ」
「男が脱いだって別に大丈夫だって! 他にもいるでしょ?」
確かに、上半身が裸の男がいるにはいる。
酔っぱらうと脱ぎたがるのは人の性かもしれない。
リースはもう片方の腕で、レインを抱えた。
それはまるで子供を持ち抱えるようだった。
「わっ、リース……? どうしたのぉ?」
「レイン、君も飲み過ぎた」
「そんなことないよ?」
上目遣いで、レインが答える。
(くっ、可愛いな……)
リースは可愛い女の子が好きだった。
こうなると、今度はリースの方にも少し邪な考えが出てくる。
だが、リースはあくまで常識的だった。
「ちょっと、レインが脱げないでしょ」
「その発言がおかしいんだが?」
「どういうつもりか知らないけれど、どうしてもレインをここでは脱がしたくないってわけね?」
「レインではなくとも脱がしたくはないが!」
睨み合う二人。
リースとセンが同時に動いた。
センが握る手を振り払い、レインを抱えた状態でその場から後方で飛び移る。
そのまま、センがレインを奪おうと前に出た。
レインへの注目から今度は酒場で始まったSランクとAランクの戦いで、冒険者達は盛り上がる。
「おー、喧嘩か?」
「いいぞー、やれやれ!」
「センとリースがレインの奪い合いをしてるぞ!」
集まってくるギャラリーにぶつかることなく、二人は機敏に動き続ける。
時折、その動きに反応してかシトリアが起きるが、
「……? 騒がしい、ですね」
またすぐに眠りについた。
レインの奪い合いは本来、レインを抱えている状態のリースの方が不利なはずだった。
そもそも、身体能力もセンの方が上である。
ギリギリでかわしている状態――いずれリースは捕まるかもしれないと誰もが見ていて思った。
ただ、センの方が酔っている分、激しい動きに身体がついていかなかった。
「うっ、ちょっとタンマ……」
センが口元をおさえているのは、吐き気が強くなってきたからだろう。
リースは勝利を確信していた。
「いくら君でも、そこまで酔った状態では私に勝てないようだな」
「……そう、みたいね」
「……リースっ」
抱えていたレインが静かにリースの名前を呼ぶ。
大丈夫か――そうリースがレインに言おうとしたとき、
「おええ……」
完全に許容量を超えた動きに、レインの方は吐き気を我慢しきれなかった。
歓迎会は何とも悲惨な結果に終わることとなった。