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15.酒は飲んでも

 お酒を飲むのはレインにとって数日ぶりだった。

 女の子になってしまってからは初のことである。

 元々酔いにくい体質であったから、安くて度数の高いものでも問題なく飲めた。

 量を飲むということはしないが、それでもそれなりには飲める自信はある。

 それこそ驚きはしたものの、リースとレイン相手にだって問題なく戦える。

 そのつもりで飲み始めたのだ。

 そのはずだったのに――


(あれ、何かおかしい……)


 一本目――まだ半分くらいしか飲んでいないが、すでに予兆はあった。

 いつもよりも圧倒的に酔いが回るのが早い。

 心臓の鼓動が耳に届くほどで、腕の方を見ると白い肌がすでに赤と言ってもいいくらいに変化していた。

 定期的に深呼吸をしないと少しきついくらいだ。


「はぁ……ふぅ……」

「出産でもするのかしら?」

「違うよ!?」


 センの言葉にレインは素早く突っ込む。

 センは一本をほとんど空にしても余裕そうだった。

 リースは少し心配そうにレインに声をかける。


「レイン……君、あまり酒に強くないんじゃないか?」

「そうね、随分張り切っていたようだから期待してたけれど、無理はしない方がいいわよ?」

「そ、そんなことはないっ」


 そう言うリースとセンはすでに二本目に入ろうというところだった。

 二人が追加で二本目を頼んだところで、レインは慌てて一本目を飲み干す。

 じわりと身体の奥から熱いものが広がっていく感覚が強い。

 飲み始めて数十分程度――今の状態で酔いが回ってきているなら、これを飲み干したときの反動は想像したくない。


(まずい……まずいよ、これは)


 レインはどうしてこうなってしまったのか考えた。

 たどり着く結論は一つ、体質が変化してしまっているということ。

 こんなハンデがあるなんて、レインは想像もしていなかった。

 正攻法では勝てない、レインは考えを巡らせる。


(センもリースも飲むのは早い……けど、わざわざ僕の方を気にして飲んでいるわけじゃない。早い話、この戦いは多く飲んだ方が勝ちとも決めてないわけだ……つまり――)


 センが先に酔い潰れたらいい。

 センとリースがこのままの勢いで飲み続けて潰れてしまえばどうとでも事実は変えられる。


(勝てない相手とまともに戦う必要なんてないっ。センが勝手に酔い潰れるのを待てばいいんだ。酒は飲んでも飲まれるな――ふふっ、いい言葉だね)


 勝てる方法で勝つ――それが卑怯だと言われようと、レインはそうすることに決定した。

 問題となるのはエリィとシトリアだが、エリィはレインに対して興味がないといった様子で食事を続けている。

 エリィの方は特に気にする必要はない。

 そうなると、問題になるのはシトリアだけだ。

 ちらりと、レインはシトリアの様子を確認する。


(あれ、またなんか変わってる……?)


 レインは目をこすって確認する。

 シトリアの方を見るたびに酒の色が変わっていた。

 遂に酔いがまわりすぎてしまったのか、とレインはまた目をこすって確認する。

 すると、シトリアがレインに向かって微笑んだ。


「どうかしましたか?」

「あ、いや……」

「もしかして……」


 シトリアが怪訝そうな顔でこちらを見る。

 疑問に思うようなことは何一つしていないはずだが、レインは緊張した。

 シトリアはそうしてしばらくレインの方を見た後に、


「眠くなっちゃったんですか?」


 そう言いながら、シトリアはレインを抱きかかえるように引き寄せる。

 ちょうど、胸のところにレインの頭が来るような形だった。

 レインも気づいていなかった。

 シトリアはかなりのハイペースで一人で飲んで、かなり酔っているということに。


(あっ、柔らか――じゃないっ)

「ちょ、ちょっと、危ないってっ」

「えぇ、さっきから眠そうに目をこすってたじゃないですかぁ? ちらちらこっち見ていたのはぁ、眠かったからじゃないんですか?」

「やっぱり酒に弱いんじゃないか」

「寝てもいいわよ、レインちゃん」

「……っ!」


 レインとリースの様子を見て、そんなことを言い始める二人。

 レインは何とか起き上がろうとするが、シトリアが思ったよりも力強く抱いていた。

 よしよしと無理やり頭を撫でられて視界が揺れる。


「シ、シトリア! 本当にまだ眠くないから……それに、ちょっと当たってるって……」

「当たってる?」

「む、胸が……」

「まあ、レインさんったら……えっち」


 恥ずかしそうに胸をおさえるシトリア。

 なぜかレインがエリィから軽蔑するような視線が送られる。


(僕は被害者だよ……!? くっ、今ので酔いが……まわってきた)


 それでもレインは何とか起き上がる。

 シトリアとの絡みの影響で、余計に酔いが回ってしまった。

 まったく同じ酒の瓶がまた目の前に置かれた。


「頼んでおいてあげたわ」

「……ありがとう」


 素直にレインは礼を言うと、そのまま瓶に口をつけようとする。

 その様子を見て、リースから一言かけられた。


「本当に無理はするなよ?」

「してないっ! してないよっ! ここからが本番だから!」


 レインはそう答えて、目の前にあった瓶をそのまま一気に飲み始める。

 リースは心配そうにしていたが、センは煽るように、


「あら、男前よ! レインちゃん!」

「ぷはっ! そうだ! 僕は男なんだぞ!」

「うんうん、それじゃあもっと飲んでいこう。お姉さんもちょっとだけやる気出てきたから」

「後悔するなよっ」


 ビシッと指を立てて敵対の意思を表明するレイン。

 すでに顔は真っ赤で、ふらふらとし始めていた。

 被っていたはずのフードも取れているのに、それも気にしない。


(あれ? なんかやろうとしてたようなぁ? ……まあいっか!)


 正攻法では勝てないということを忘れ、レインはまたそのまま瓶を飲み始める。


「いいぞっ! レインちゃん!」

「ふふっ、男らしいですね、レインちゃん」

「えへへっ、でしょー? 僕だってこのくらいへーきで飲めるんだからねっ」

「そう? じゃあ次からはもっとおいしいやついっちゃおうか?」

「どんとこーいっ!」


 すでにセンとシトリアからも『レインちゃん』と呼ばれていることにも気付かず、満面の笑みで答えるレインと楽しそうに煽るセンとシトリア。

 センはまだしも、シトリアは大分酔い始めているようだ。

 この時点でまだほろ酔いの状態なのがセンとリースだった。

 センはそのまま、今度は量は少ないが度数の強い酒へとシフトしていく。

 リースはそれを見て考える。


(突っ込むべきか、話し方も含めて男っぽくなくなっていると……)


 レインには女であるとばれたくない事情がある――それなのにこのまま放っておいてもいいのだろうか、とリースは考えた。

 だが、レインはとても楽しそうだったので、酒の席でそういうことを考えるのは野暮だとまた飲み始めることにした。


「……バカみたい」


 そんな状況を見て、唯一この場を楽しもうとしていないエリィは静かに呟く。

 エリィのことなど気にもせず――否、気にすることもできないほどに、レインは冷静な考えはできる状態ではなくなっていた。

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