14.真・歓迎会(開戦)
「もしも勝てない相手に出会ったら? 全力で逃げればいいのよ。別に戦う必要なんてないのだから。けれど、戦わなければならないときはいずれくるかもしれないわね。だって、あなたは『男の子』だもの」
かつてのレインの師の言葉だ。
それからレインは勝てない相手ではなく、勝てないかもしれないと思った相手とは戦わないようにしていた。
それが冒険者として生きていくためのレインの考えだった――
ギルドの方までやってくると、なぜか入口付近に数名の男達が倒れているのが見えた。
すでに異様な雰囲気ではあるが、酒場の前ならばそれほどおかしい光景でもないとレインはスルーする。
ギルドの酒場はギルドの受付のあるところから少し奥にある。
大体いつ入っても誰かしら飲んでいる印象だったが、案の定それなりに人数がすでにいた。
「こっちこっち!」
センがこちらに手を振る。
中央付近を陣取って、紅天のメンバーが集まっていた。
目立つところにはいたくないが、仕方ない。
レインも席に着いて、メンバーが揃う。
今回は森にまでやってこなかったエリィもいた。
ただ、相変わらず不機嫌そうではあったが。
「――というわけで、無事に歓迎会が終わったので、本物の歓迎会を始めるわ!」
「あれも本当に歓迎会のつもりだったんだ……」
「エリィもいつまでもそうしてないで機嫌を直したらどうだ」
「別に、普段通りよ」
リースに言われてもエリィの態度は変わらない。
そのまま拒否の姿勢を続けてもらってもレインとしては構わないが、今はそれが目的ではない。
シトリアがメニューをレインの方へと手渡し、
「何を飲まれますか?」
「いや、僕はセンと同じものを頼むよ」
シトリアが少し驚いた表情をする。
ちらりとセンの方を見ると、何となく察したのか、
「あら、お姉さんと勝負でもするつもり?」
「勝負――その通りだ。僕は君に決闘を申し込むつもりできた」
「決闘とは大きく出たな。さっきの男達みたいだ」
横からリースがそんなことを言う。
入口付近で倒れていたのはリースとセンが倒したらしい冒険者だった。
どうやらここに到着した時点で、男であるレインが加入したことを聞きつけた何人かの冒険者がパーティ加入を希望したらしい。
そこで、もしリースに勝てたら入れてもいいという条件のもと、おおよそ五人目まではリースが相手をし、残りはまとめてセンが倒したとのことだ。
そこまでして入りたいというのはこのパーティ自体が強いというのもあるだろうが、どちらかというと邪な考えが強いのではないかとレインは感じる。
代わってくれるなら代わってほしいと思うくらいだが。
「ふふっ、いいわよ? さっきのよりは楽しめそうじゃない。飲み会ならそういうイベントがないとつまらないわ。もちろん、リースもやるわよね」
リースは小さくため息をつきながらも、「構わないが」と頷いた。
「でも、決闘というからには何かを賭けるの?」
「そうだな――僕が勝ったら、もう二度と『女みたい』だとか、『男らしくない』とは言わせないぞ」
それを聞いたセンはくすりと笑い、
「そういうところは子供っぽいわ」
と、馬鹿にするような感じだった。
レインはむっとするが、それでも努めて冷静に答える。
今からセンのペースに合わせてはいけない。
「そういうところも含めて! やめてもらうから!」
「いいわよ。それじゃあ、わたしが勝ったら……そうね。レインちゃんって呼ばせてもらおうかしら?」
挑発するような笑みのセンに、レインは静かに頷く。
「……分かった」
「ふふっ、素直な子は好きよ? レインちゃん」
「せめて勝ってから呼んで!?」
レインが勝てば、態度は改めてもらえる。
負ければ『レインちゃん』という、いかにも女の子という呼び方をされてしまう。
問題ない――勝てばいいだけの話だ。
ただ、シトリアは少し心配そうな表情をしている。
「本当にやるつもりですか?」
「もちろんだとも」
「止めはしないですけど……」
(止めないのかよ! いや、止められてもやるけど……)
エリィはすでにソフトドリンクを飲み始めていた。
どうやら酒は飲まないらしい。
あるいは飲めないのかもしれないが、すでに一人で食事を取り始めていた。
並べられた料理も豪華で、普段レインが酒場で頼むようなものよりもはるかに上を行く。
肉料理から魚料理まで様々だった。
ただ、食事をしにきたのではない。
これからレインは戦おうとしているのだ。
少しは胃に食べ物を入れる必要はあるだろうが、どちらかといえば許容量の方が重要になる。
(酔いが早目に回るようなことはないようにしないと)
順番に酒が運ばれてくる。
シトリアはグラスに入ったブルーのお酒だった。
甘い方が好みらしく、そういう系統のものしか頼まないらしい。
それでもアルコールの度数はそれなりらしいが。
(そういえば、何を頼んだのかは聞いてなかったな)
センもリースも相当なアルコール好きというのは分かる。
大体、そういう人間ほど酒には強いというのが鉄板だが、レインもそれなりに自信があった。
人と比べれば酔いにくい体質だからだ。
「「「お待たせしましたっ」」」
そうして、酒場の店員三名から運ばれてきたのは、三本の大きなビンだった。
それぞれセン、リース、レインの前にそれが置かれる。
度数は十五パーセントくらいだったが、酒場においてはそれなりに高級で飲みやすいと有名な酒らしい。
それがただ、置かれただけだった。
「えっ、これ?」
「うん、そうよ? 苦手とかないわよね」
「も、もちろん。全然大丈夫だよ」
レインは平静を装うが、冷や汗が流れる。
動揺を悟られないようにただ一言だけにとどめた。
「まあ、一杯目は優しめなやつからいくのが鉄板だからな」
(何が優しめなの!? 一杯目じゃなくて一本目じゃん!)
酒を飲む前から、レインの心臓の鼓動が少し早くなった。
戦ってはいけない相手と戦おうとしているのかもしれない、と。
それでも、もうレインは退くことはできなかった。
男には――戦わなければならないときがある。
(……落ち着けっ。このくらいなら僕でも問題なくいける。彼女達も人間――この一本目でもそれなりには酔うはず……っ)
「それでは、レインの加入を祝して――乾杯っ」
「「かんぱーいっ」」
(負けるわけにはいかないっ)
それが開戦の合図だった。