13.男らしく
町の中にはいくつか冒険者が使う武器や魔道具を取り扱っている店がある。
少し町の中心から外れたところにあるガロンの店もその一つだ。
屈強な肉体はどちらかといえば冒険者かと思われそうだが、鍛冶屋が本業である。
人通りが少なく、扱っている武器や道具も幅広いというわけではない。
ただ、ベテランの冒険者であるほど彼の店のものは扱いと利用者が多い。
そうした固定客で商売をしているガロンの店の前は、その固定客が茶を飲みに来るような場所だった。
今日はAランクの冒険者であるシトロフがやってきていた。
ガロンにも負けず劣らずの筋肉質な身体だが、髪は少し白髪が目立ち始めている。
年季の入った大剣の整備をガロンに依頼しにきたのだった。
「――ったく、昼飯中に来るんじゃねえ」
「食うのおせえな。それに、利用者は多くないんだから別にいいだろ?」
「ああ? 喧嘩売ってんのか」
ガロンはそういいつつも、やってきたシトロフに茶を出して椅子に座る。
こうしたところで情報を得るのもガロンの日課だった。
「変わったことはなかったか?」
「変わったことねえ……俺も迷宮に潜ってばかりだからな」
悩むように腕を組むシトロフ。
ふと、何かを思い出したように口を開いた。
「そういや、つい先日ワイバーンの襲撃があったらしいな」
それを聞いて、ガロンは首を横にいる。
そんな話はむしろシトロフよりもガロンの方が詳しい。
実際に町でそれを見たのだから。
「《蒼銀》が何とかしたやつだろ。お前より詳しいわ」
「レインか。確かBランクの冒険者だったよな?」
「ああ、噂によると実力を隠していたとか言われてはいるが……」
「そういう性格にも見えねえんだよな。もしかして何か不思議なパワーでも働いたんじゃねえか? 覚醒した、みたいなよ」
「なにが覚醒だ。アホなこと言うんじゃねえ」
こうしたところでも知られてはいる。
中性的な容姿をした銀髪の青年――目立つ見た目はしているが、目立った活躍はしない冒険者だった。
「レインといえば、この前は《紅天》のメンバーと一緒にいたぞ」
「なに、女だけのパーティじゃねえか」
茶をすすりながら、ガロンは面白そうな話だと笑った。
ついに女だけのパーティで男も入れるようになったのだろうか、と。
「なんだ、蒼銀は女にでも転職したのか?」
冗談めかしてガロンが言うと、シトロフは笑った。
「はっはっ、そりゃいいな。あいつが女だったら可愛いって評判だぞ。ま、あいつは女と間違えられるのが嫌みたいだがな」
そうシトロフが答え、茶を含んだところで――
「ぶーっ!」
一気に噴き出した。
思いっきりガロンにかかる。
ガロンが慌てて立ち上がり、怒りの声をあげた。
「おまっ! きたねえ! 何しやがる!」
シトロフが驚いた表情で指をさす。
ちらりとその先の方向を見ると、ガロンは手に持っていたコップを落とした。
紅天のメンバーが町中を歩いている。
珍しいことではないが、この近辺ではあまり見られない光景だった。
その中心に隠れるようにして歩いているのは、特徴的な銀髪をした人物。
ただ、着ている服装は普段の魔導師ご用達のローブなどではなく、白いフリルのついたレースというガロンとシトロフの想像を超えたものだった。
見られているというのが分かったのか、さっとレインは必至に隠れるように歩いているのが分かった。
その姿を、二人の男達は見送る。
「「覚醒したのか……?」」
できるだけ人通りの少ないところを選んで歩いた結果だったが、それでもレインが人目につくことは変わらなかった。
***
「それじゃ、また後でギルドの方でね」
「お待ちしていますよ」
「まあ、その、なんだ。元気出せ?」
三人から一言ずつもらい、レインは家まで送ってもらった。
家に入ると同時に、レインはばたりとその場に伏す。
(や、やってしまった……僕としたことが……)
本来ならば絶対にあり得ないようなことをしてしまっている。
レインは結局、センとシトリアが買ってきた服で帰宅した。
極力人目を避けるように移動してきたとはいえ、それでも結構な人と遭遇することになってしまった。
今着ている服でなぜ帰ったか。
手持ちのお金がもうないというセンとシトリアの言葉と、もう一つ――
「こんな格好で町中を歩けるわけがないだろ!」
「いやいや、似合ってるし可愛いから大丈夫よ」
「そういう問題じゃないっ!」
「わがままばかり言って、どこまでも男らしくないわね。本当は女の子なんじゃないの?」
「……っ! な、なんだと? だったらこのまま行って――」
……という、センとのやり取りがあったからだ。
家についてから、レインは思いっきり後悔した。
安い挑発に乗るような性格ではなかったはずなのに。
どうしても『本当は女の子』ではないかということを引き合いに出されるとむきになってしまう。
この格好のまま町を歩いたところで、男らしさなど欠片も感じられないはずなのに。
「とても女の子らしかったわ」というセンからかけられた言葉もあって、さらに気持ちが沈んでいく。
完全にパーティにおいて玩具のように扱われそうになっていた。
(変な噂が広まるだけだ……女装して町中を歩くなんて……)
実際、今の状態ならレインは女装をした、ということにはならない。
町中でレインを見かけた人々は、誰もがとても似合っていると思っていた。
ただ、それはレインにとっては問題であり――
(似合ってるとか似合ってないとかじゃなくて……僕は男――)
ふと、鏡に映った自分の姿を見る。
改めてみると、そもそも服がなくとも完全に女の子に寄ってしまっているが、こうして着替えるとなおさらだった。
それを見てレインが思ったことは、
(か、可愛い、かな? センも言ってたけど……じゃないっ! 何を考えているんだ、僕は!?)
頭を横に振り、シャワーを浴びるために服を脱ぐ。
あくまで自分は男だと言い聞かせるレイン。
だが、すでに服を脱いでシャワーを浴びるところまでは特に違和感なく行えてしまっているという事実に、まだ気付けていない。
レインは少し悩んでいた。
このままもう歓迎会もすっぽかして家に引きこもってしまおうか、と。
しかし、それをすればまたセンから『男らしくない』とか言われるだろう。
(そもそも何でそんなことを言われないといけないんだ……!)
そうして、レインは決心をする。
この後の歓迎会で、必ずセンとシトリアに勝つ。
それなりにアルコールに対しては強いという自信がレインにはあった。
男らしさを示す機会はここしかない――レインは着替えを終えると、真剣な表情でギルドへと向かった。