12.得たものと失ったもの
魔物を討伐したという証はギルドから普及される特殊な魔道具で登録できる。
倒した相手を情報として記録できるわけだ。
町の付近でなかったり、大きすぎる相手ではたまに使ったりする。
これだけの大物であれば依頼外であるとはいえ、ギルドからはかなりの報酬を受け取ることができるだろうとのことだった。
アラクネの情報を登録して、リース達はいざ帰ろうとしているところだった。
「それにしても、あんな大きなのが出てくるとは思わなかったわね」
「待って」
「洞窟から出てくるにしても大きいから、地底からか? どこかに大きな穴でもできているかもしれないな」
「待ってよ」
「まあ、そういう話は後にして帰りましょう。レインさんの歓迎会もあることですし」
「そうね、今日はいっぱい飲むわよ!」
「ちょっと待ってって!」
ここでようやく、三人はレインの方をちらりと見る。
アラクネはレインの手によって討伐された。
それでめでたし、いざ帰ろうというわけにもいかない理由がレインにはある。
かろうじて布切れだけで身体を隠すレインの姿が横目に入り、
「こっちは見ないで!」
「注文多いわね」
「レイン、いつまでそうしているつもりだ?」
「いつまでって言われても……」
三人は一方に動こうとしないレインを待っている状態だった。
しかし、レインはレインで動けない理由がある。
このまま町に向かうなどあり得ないことだった。
「そうですね。私の上着もなくなってしまいましたし……氷の鎧とかできないのでしょうか」
「できても間違いなく風邪引くでしょ。どっちみち引きそうだけど」
「どうしようもないな」
氷の鎧の魔法もないわけではない。
だが、レインはいますぐに使おうとは思えなかった。
レインは青ざめたまま、震える声でたずねる。
「そ、それじゃあ、このまま帰るっていうのか?」
「それしかないんじゃない?」
「絶対にっ! いやだっ!」
レインは今までにないくらい力強く答えた。
色々と限界を超えてきたが、こればかりはダメだ。
少人数に見られるのもすでに恥ずかしいし、今すぐにでも隠れたいところだが、町中の人間に見られたらとても隠しきれない。
だが、こうしていたところで解決案があるわけでもない。
ふと、シトリアが思いついたように手を合わせる。
「ではこれならどうでしょう。聖なる光よ――照らし出せ」
シトリアが詠唱すると、レインの胸の部分と下半身の大事なところが白く輝きだした。
ちょうど隠すように見えなくなるような形になる。
「え、ええ!? なにこれ……」
「《不可視を照らす光》と言います。本来は暗い場所を照らす魔法ですが、集約させればこのようにも応用できるわけです」
「意外と綺麗に隠れるものね」
「ああ、これなら見えないな」
うんうんとリースとセンは頷く。
だが、レインは首を横に振った。
「いや……隠れてはいるかもしれないけど……」
「男なら裸の一つや二つ見られたくらい気にしない方がいいと思うわ」
センの言うことは分かる。
別に何も隠すことがなければ、レインだって多少は気にはするが諦めはつく。
だが、今は違う。
ただでさえ見た目的には女の子になってしまっているのに、それを大勢に見られたら取り返しがつかないかもしれない。
結局のところ解決策は存在しなかった。
レインが決心するしかない。
見かねたリースがレインの方へと近づいていくと、
「とりあえず、町の方には向かうことにしよう――っと。君、軽いな。ちゃんと食事は取っているのか?」
そんなことを言いながら、リースはすっとレインを抱きかかえた。
いわゆるお姫様抱っこというやつだった。
レインは慌ててリースに訴える。
「ま、待って! まだ心の準備が……」
「いつまでも決心つかないだろう。町の近くまでいったら洋服を買ってくればいいさ」
「わ、分かった! それでいいからおろして!」
だが、そのままリースは歩き始める。
シトリアとセンもそれを見て町の方へと向かい始めた。
「裸足で歩いたら怪我するぞ。心配するな、他の二人にはばれないように配慮するから」
リースが小声でレインに話しかける。
ばれないようにというのはリースから見て、『実は女だけど男としてふるまっている』ということを隠すということだ。
ただ、今の状態を他の冒険者に見られたらと思うと――レインは冷静でいられなかった。
「そ、そういう問題じゃなくて……っ!」
「愚痴なら酒場で聞くよ」
もう何を言っても無駄だった。
リースに抱っこされて運ばれるという状態で森から抜け出し、町の方へと向かっていく。
途中、平原ですれ違う冒険者はこぞってこちらを見ていた。
レインは全力で顔を隠したが――
「あの銀髪……レインか?」
「なんで裸なんだ……しかもあれって紅天だろ?」
もはや隠せるわけもなく、町に向かうまでの間に何人かには見られる羽目になる。
こればかりはもう避けようがない。
リースが気を利かせて極力見えないようにはしてくれてはいるが、銀髪でレインというように判断されてしまう。
最近は特に、レインはワイバーンの件から有名になっていた。
まだ紅天に入ったという事実を知らない人間は多いが、それでも一緒に行動していればその事実も広まっていくだろう。
(しにたい……)
物凄く低いテンションのまま、レイン達は町の近くまでやってきた。
さすがにここまで来ると、町の外でもそれなりに人通りがある。
人があまり来ることのない茂みの方でリースとレインは隠れていた。
センとシトリアが服を買いに行ってくれているところだ。
「ま、まだかな……」
「そろそろ帰ってくる頃だと思うが」
そんな風に話していると、センとシトリアが袋を持って帰ってくる。
ようやく服が着られるとレインも安心した表情になった。
「お待たせ! いいもの買ってきたわ」
「はい、きっとお似合いだと思います」
笑顔の二人から袋を受け取ると、
「あ、ありがとう! それじゃあ、僕ちょっと着替えてくるからっ」
レインは茂みに入ってセンとシトリアが買ってきてくれた服を広げた。
レインを除く三人は近場で誰も来ないように監視しておく。
「何時くらいから飲もうか」
「シャワー浴びたらすぐに酒場でいいんじゃない?」
「そうですね。エリィさんも家にはいるでしょうし――」
会話をする三人の目の前に、茂みからレインが出てくる。
その表情は暗いというよりも、静かな怒りに満ちている。
ただ、三人はその姿を見て目を見開いた。
白くて、フリルのついたレースを着たレインの姿は――もはや完全に女の子の見た目であった。
「「「おおー」」」
レインを除く三人が同時に驚いた声をあげ、
「いや、色々違うでしょ!」
レインが怒りの声で答えた。
「でも思った通り似合うわね」
「そうですね。黒でもよかったかもしれないですが」
「白でも黒でもどっちでもいいけど! なんで女物なの!?」
レインの問いにセンは平然と答える。
「えー、だってこういうときでもないと着なさそうな性格してそうだし。せっかく似合いそうなのに」
「こういうときでも着ないよ!?」
「着ているじゃないですか」
「シ、シトリアまで……!?」
「私の白衣、結構高いんですよ? これくらいの悪戯は許容してほしいですね」
「うっ……」
シトリアにそう言われて、レインは言葉を詰まらせる。
センと――まさかのシトリアの悪ふざけによりレインは完全に男としての尊厳を失いつつあった。
リースだけは申し訳なさそうにレインの方を見てから、顔を逸らした。