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11.歓迎会(終)

「常に落ち着いていること――魔導師に最も求められることだから、覚えておくのよ?」


 レインはかつて師と呼んだ人に言われたことを思い出していた。

 そう、魔導師はいつだって落ち着いていることだ。

 だから、レインはいつでも努めてそう言い聞かせる。


(そう、常に落ち着いて……)


 目を閉じて、自分に言い聞かせる。

 軽く深呼吸をして、レインは目を開いた。

 青い空と緑の大地が逆転して見える。

 ぶら下げられた状態で前を見ると、真っ赤な八つの目がこちらを見ているような感じだった。


「これが落ち着いていられるかぁ!」


 叫んだところでどうしようもない。

 背中に生えた長い触角のようなものに釣り餌のように吊るされている。

 そこから見る景色はとても綺麗だった――などという余裕もなく、レインは激しく動揺していた。

 そもそも、巨大なクモに捕まっている状態というのが耐えられなかった。


「ぼ、僕は食べても美味くないぞ!」


 そんなことは言っても当然無意味なのだが、レインは冷静でいられなかった。

 だから早く撤退しようと言ったのに、気づけばこんな状態だ。

 リースとセンが地上で戦っているのが遠目で分かる。

 こんな状態でも、レインは見られないように身体を隠そうとした。

 もうすでに溶けた衣服は残ってすらいなかったが。

 無理に抵抗をすれば、アラクネが暴れ出すかもしれない。

 だが、このままだと餌になるだけだ――そう思っていたレインの目の間に現れたのは、もこもことした棒状の何かが現れる。


「……な、なにこれ?」


 レインの疑問をよそに、それはそのままレインの上――身体で言えば下半身の方へ向けられる。

 怪しげに蠢くそれが何をしようとしているか、レインはすぐに察した。


「いやいやいや! それはダメでしょ! 僕は男――いや、男でなかったとしてもダメだから!」


 そんな懇願をアラクネが聞くはずもなく、無情にもそれは近づいてくる。

 涙目になって訴えるが、それでもアラクネはやめる気配はない。


「ほんとにっ! それはっ! ダメだってっ! 言ってるだろっ!」


 常に落ち着いていること――そう言われても実践できる人間は少ない。

 暴れられることを恐れて抵抗しないつもりだったが、もうそんなことを考えている場合ではなかった。

レインは即座に魔法を発動する。


「氷の刃よ! 切り刻め!」


 《アイス・ブレイド》――いくつもの氷の刃が周囲に発生し、無造作に周辺を切り刻み始める。

 それはアラクネの胴体にも届き、あちこちを刻む。

 アラクネがわずかに嫌がったのは分かった。

 予想外だったのは、本来ならば一つしか発生しないはずだが、今のレインがその魔法を発動させると思っていた以上の数が出現した。

 大きさではなく数が増えるというのはレインの想定とは違っていた。


(ちょ、大きくなるんじゃないのか!?)


 レインにはまだそれをコントロールする能力はなく――


「あっ!」


 迫ってきていた棒状の何かだけでなく、自分の足に絡んでいた糸もそのまま切ってしまう。

 それはそれで間違っていないのだが、タイミング的にはもう少し後にしたかった。

 そのまま落下しかけるが、レインはここで少し冷静になる。


(足場を作らないと……!)


 ただ単純に足場を作るだけならば詠唱の必要はない。

 だが、攻撃を受けたアラクネはすでに臨戦態勢に入っている。

 レインを狙おうと、その瞳を赤く光らせていた。

 想像以上に強くなってしまっている魔法の規模を考えると、攻撃もできて足場もできる魔法は限られてくる。


「氷よ、砕け!」


 《フロスト・ブレイク》。

 下級魔法で、氷柱を発生させて相手を押しつぶすという魔法だ。

 だが、通常よりもやはり威力は上をいく。

 巨大な氷柱が出現し、潰すのではなく、そのままアラクネの胴体をまっすぐ貫いた。


「キシュァアアアアアアアアッ!」


 耳をつんざくような悲鳴が周辺に響き渡る。

 思わずレインは耳を塞ぐ。

 何とか牽制しつつ着地ができる足場もできたが、


(くそっ、耳を塞いでいたら隠せないだろ!)


 レインはそちらの方も心配していた。

 すでにセンとリースの姿は見えなくなっている。

 どちらかがレインの方へと迫っていてもおかしくはない。

 それはありがたいことであると同時に、危機でもあった。


(せめてリースであってほしい……っ!)


 女だと断定しているリースに見られるのならばまだいい――実際にはよくないことだが、背には腹はかえられない。

 ばれる相手は少ないほうがいいとレインは考えていた。

 実際――リースに完全に見られたわけではないからまだ問題はないと考えていたのに、見られたらもう取り返しがつかないという事実はあるのだが。

 突き刺された身体のまま、アラクネはその場から動き始めた。

 地面を削りながら、氷の柱を揺らして移動する。


「ちょっ! バランス取れないって……!」


 氷の上に素足のままだとさすがに冷たく、さらにアラクネが動くことにより完全にバランスを失う。

 つるっと足を滑らしてしまうのは必然だった。


「あっ――」


 また落下する――そう思ったとき、レインの身体を支える人影があった。


「君を支えるのはこれで三度目だ。どこでも転ぶんだな」

「リ、リース……?」


 レインの元へ先にやってきたのはリースの方だった。

 一度氷柱に槍を刺した状態でレインを回収し、勢いをつけてその場を離脱する。

 リースはシトリアの着ていた白衣をかけてくれた。


「回収できてよかったよ。それにしても、間近で見るとやはりすごい威力だな」

「あ、ありがとう」

(見られた……? 見られてないよね……?)


 今の状況でそれを確認するわけにもいかず、むしろ確認する方が不自然になりそうだったのでレインはそのままちらりとリースの方を見る。

 リースは常にアラクネの方に視線を向けている。

 セーフだったと信じよう――レインはそう思うことにした。


「暴れてはいるが、あの柱で動きは鈍くなっているな」


 レインも確認する。

 胴体を貫いた氷柱は地面に達している。

 動くたびに、地面を削りながら少しずつずれてはいるが、完全に動けるようにはなっていない。

 そのとき、レインとリースのいる反対側で、アラクネの足が一本斬り落とされた。

 レインは驚いて目を見開く。


「あ、あれを斬り落とすって……!?」

「センならやるだろうな。まあ、君の魔法が足止めしているからできているんだろうけど」


 そう話しているうちに、センがアラクネの背中の上を走ってこちら側へとやってきた。

 その間にも、アラクネの身体への攻撃は行っている。

 センは背中から飛びおり、二人の前に着地した。


「やっぱり大きすぎて仕留めるのは難しいわね。あのレベルの魔法でも仕留められないなら、もうちょい強力なやつで倒しちゃいましょ?」

「強力なやつって――え、僕?」

「それはそうだろう。こういうときのための魔導師だ」


 センとリースが頷く。

 あのレベル――といっても、突き刺さっているのは下級魔法だ。

 レインはまだ今の状態になってから上級魔法まで使ったことはない。

 暴れているアラクネは今にも氷柱をへし折って動き出しそうだった。


「がんばって! 応援してるわよ」

「今度はきちんと守るさ」


 センとリースはその間にも、周囲から迫ってくる小型のアラクネを相手にしている。

 大型を仕留めるのはレインの役目だ。


(や、やるしかないよね……)


 レインは詠唱を始める。

 その時点で、すでに周辺が凍結を始めた。

 異常に高すぎる魔力が、周辺へと影響を及ぼしたのだ。

 レインはそれに気付いていない。


「水は雪にはならず、氷は雨のようになる。全てを砕いて降り注げ――」


 《フロスト・レイン》。

 氷の槍をいくつか降らせる広範囲の上級魔法。

 迷宮探索を主とするレインが使うことはあまりない魔法だった。

 習得してからもそれほど機会はなかったが、威力自体はレインもそれなりに自信のある魔法だった。

 氷の槍がいくつも空中に展開される。

 一つ一つが数メートルに及ぶ巨大な槍。

 それがたえまなくアラクネの方へと降り注ぐ。


「――――ッ!」


 今度は悲鳴をあげるまもなく、氷の雨にさらされたアラクネは、その巨体が削られるように吹き飛ばされていく。

 ものの数秒で、巨大なアラクネは肉片と成り果てた。


「わお、目の前で見るとすごいわね。てか、わたしの剣までちょっと凍ってるんだけど」

「こういうときの魔導師とは私も言ったが……もう少し手加減とかできないのか?」


 リースとセンが寒そうにしながらこちらにやってくる。

 まだ制御しきれていないレインには魔法を使えば手加減ができない状態だった。

 レインも気まずそうに振り返る。


「なんか、ごめん」

(……とりあえず手加減する練習しよ)


 そんな風に心の中で誓ったレイン。

 アラクネの討伐はここに完了した――が、ピキッとまた嫌な予感のする音がなる。

 シトリアの凍りついた白衣がパキンと割れ物のように割れた。


「あら、また?」

「……やっぱり君はそういう趣味があるのかな?」

「こ、今度こそみないで!」


 センとリースの優しさか、今度は目をそらしてくれた。

 割れた破片を使って何とか隠すレインであった。

こういう感じの作風なので、無双感とか感じられなかったらごめんなさい!

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