1.プロローグ
「ふふっ、今日も悪くない収穫だ」
フードを被った人陰は、人気のない路地裏を歩いていた。
時折すれ違う人も同じようにフードを被っている。
ここでは互いの詮索はしないのがルールだ。
「ベルード、今日も頼むよ」
「おう、レインか。見せてみな」
《鑑定師》ベルードの前に本日の収穫を見せる。
同時に、フードを取った。
中性的な顔立ちで、一見すれば女性と間違ってしまいそうだがれっきとした青年は、少し長めの銀髪を整える。
よく女性に間違えられることが悩みの種ではあったが、それはそれでメリットがないわけではない。
「女だったらよかったのに」とよく言われることは少し嫌だったが。
青年の名はレイン。Bランクの冒険者にして《蒼銀》の異名を持つ。
蒼というのはレインの瞳の色で、銀は髪の色のことだ。
EからSまで存在している冒険者のランクとしては中堅クラスより上程度だが、若くしてこの実力ならば十分に上の方である。
けれど、レインの目的は強くなることではない。
あくまで、将来を見越して楽に生活するための資金繰りをすることだった。
だから、こうして表のギルド報酬だけでなく、裏で買い取りを行ってくれる闇市への取引も行う。
ギルドを介さずに報酬を受け取ることは違法とされていることだったが、冒険者の中ではそうしたことをしている者も珍しくはない。
手っ取り早く稼ぐならそれが一番だ。
「中々良い物を揃えたな」
「だろう? 結構苦労したんだ」
いつもより深く《迷宮》を潜った。
この世界には迷宮と呼ばれるものがある。
それは塔の形をしていたり、あるいは動物のようなものを象っていたり、どこまでも続く地下だったり――過去を生きた人間達の残した《遺物》が見つけられる場所だ。
この近くにも、まだまだ冒険者が挑み続けている迷宮が存在している。
地下に潜るタイプのものだった。
単独であまり奥まで行くことは危険とされているが、レインくらいの実力があればある程度までは問題はない。
その分見返りもある。
今日はなかなかいい数の遺物を揃えた。
その中には、かなり強力だと思われる魔道具もある。
「こいつは……」
「お、やっぱりそれかな」
レインも頷く。
間違いなく強力な魔道具だと思っていたそれをベルードが手にして唸った。
強大な魔力を備えているのが魔導師であるレインには一目でわかる。
だが、ベルードは首を横に振った。
「こいつぁ鑑定できねぇな」
「な、どうしてだ!?」
驚きの声をあげるレインを、ベルードが手で制止する。
ベルードはこうして裏取引をやっている分、信頼できる鑑定師であり実力者だ。
鑑定スキルという特殊な技能が存在している。
ベルードは細めでそれを見ながら、
「呪い、みたいなもんか? はっきり言っちまえば、それのせいで効力が分からん。強力な性能をしているのは間違いないんだが……」
「呪い……」
レインも何となく察した。
これを手に入れたのは迷宮の中でも通常の通路とは異なる隠し扉にあった。
まだ発見されていなかったのが幸いして、そこでいくつかの魔道具を手に入れたのだが、鑑定できないというのはレインが高値で売れると思っていた腕輪だった。
「悪いがこいつは諦めてくれ」
「……それの、解呪か呪いの効果さえ分かれば、買い取りは可能かな?」
「解呪すればな。効果の場合はそれにもよるが――って、鑑定もできないもんどうするんだ」
「僕はこれでも魔導師としてはそれなりに優秀だと思っているよ。もしできたら、そのときは高値で頼むよ」
買い取ってもらえるものだけお金にかえて、レインは足早に帰宅する。
早々に準備に取り掛かった。
呪いを解くには魔道具自体に細工するのが一番早いが、これほど強力なものだと魔道具自体の性能に何らかの支障をきたしかねない。
そうなると、レインの選択肢はおのずと一つになっていた。
「とりあえず、着けてみるか……」
熟練の魔導師ならばそんな選択はしない。
けれどレインは、実力はあれどもまだ若い魔導師だった。
強い呪いだったとしても自身ならば対抗できる――そう思い体内の魔力を循環させる。
呪いが定着しないように流し出してしまうということだ。
「それじゃあ……」
カチャリと腕輪を装着する。
特に何事も起こる様子はない――そう思った瞬間、
「っ!」
腕輪から黒い模様が身体に流れ出していった。
レインは慌てて腕輪を外そうとするが、すでに癒着したように離れない。
(お、落ち着け! 魔力の循環は問題なく行ってる! そのまま外に流し出せば――)
呪いの対抗手段としては定石――だが、その呪いはレインの上をいくものであった。
(な、流れ出ない!? それどころか、全身に癒着するみたいな……)
身体の中を血液がめぐるように、お湯が身体の中を流れていくようだった。
まずい――そう直感しても、すでに対策のしようがない。
「はっ……はっ……」
動悸は激しくなり、めまいもする。
頭を抱えたまま、レインはその場に倒れ込んだ。
(く、そ)
目先の利益にとらわれて失敗する――冒険者にはよくあることだ。
レイン自身、それを知っていたはずなのに。
レインの意識はそのまま闇に飲まれた。
***
「ん……」
気がつくと、夜になっていた。
まだはっきりとしない意識の中、明かりをつける。
数時間ほど眠っていたのだろうか、身体はまだ少しだるさが残っていた。
けれど、意識を失う前ほどのつらさはない。
ちらりと腕輪を見ると――すでに外れていた。
「解呪……できたのか? 僕はなにも――」
ふと、腕輪をつけた腕の方を見ると、黒い模様がまだ残っていた。
呪い自体は付与されてしまっているらしい。
「うわぁ……消えるかな、これ」
レインは痕を気にしながら、洗面所へと向かった。
思った以上に汗をかいていたのか、身体もべたついている。
「とりあえず、シャワーでも浴びてから……明日鑑定してもらおう」
レインは服を脱いだ。
一糸まとわぬ姿になったとき、違和感を覚えた。
(あれ、何か少し胸が……)
大きい。
胸板が出ているとかではなく、女性的にという意味だ。
目立つほどではなく小ぶりとは言えるが、それでも普段の自身の身体とは違った。
それに、やけに肌もきれいになっている。
そんな違和感が確信へと変わったのは、下を見たときだった。
「は……? な、ない!?」
レインは目を見開く。
中性的な容姿であるレインでもそれがあるからこそ男であると言えた。
その象徴が消滅してしまっているのだから、驚くのは無理もない。
レインは慌てて鏡の前に立った。
銀髪は少しだけ伸びていて、さらさらと流れるようになっている。
顔立ちはやや幼くなり、まるで本当に少女のようだった。
心なしか身長も縮んでいる。
肩幅なども含めれば、完全に一回り小さくなってしまっている状態だ。
「は? え? お、女……になってる、のか? 僕は……」
それがあの魔道具の呪いの効果だと気づくのに、それほど時間はかからなかった。
すまない、こういうのも好きなんだ。