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タイムリープは始まらない 3

 文部科学省の再教育課が入っているという雑居ビルに到着した。


 文部科学省という大層(たいそう)な機関なので、広大な施設があると思ったのだが、それはちいさくておんぼろな雑居ビルだった。

 来る途中に小説のようなさまざまな期待したのだが、今は不安しか頭をよぎらない。

 もらった地図の住所とスマフォの画面を何度も確認してみるが、どうやらこのビルで間違いないらしい。


「まずは入ってみるか……」


 今では珍しい手動の重いガラスのドアを押し開けてビルのなかに入ると、中はとても古くさい。照明が暗く、むき出しの白熱電球がぽつぽつと灯っているが、いくつかは切れていた。壁はヤニだか汚れだか分からない黄ばんだもので、まだらの模様をえがいている。


 そんな怪しいビルの中を進み、エレベータを見つけてボタンを押す。しばらく待つと、ギギギという不快な音とともに扉が開いた。エレベーターはかなりの骨董品と呼べるもので少し躊躇(ちゅうちょ)したが、乗り込んで目的の階のボタンを押す。

 再びギギギという音を立て扉がしまる。ガクンと一度下がってから動き出したのだが、揺れがとにかくひどい、ガタガタと音もするので不安がつのる。

 なんとか目的の階に付き、扉が開くと逃げるように飛び出した。

 周りを見わたすと、錆びが浮いている鉄の防火扉にコピー用紙がはっつけてあり『再教育課』とだけ書かれているドアがあった。


「住所は間違いないのだが、ここでいいのだろうか?」


 不安しか無いが、すすまないと話にならない。

 重い防火扉を空けて入ると、そこはちょっとした空間で待合室になっていた。


 手前にはベンチシート型のソファーがいくつ置いてある、このソファーもかなりくたびれていてガムテープで無造作に修復がしてあった。奥にはカウンターの机の代わりだろう、安っぽい長机がに使われていて、さらにその奥にはいくつか事務机が見えるが、これまた黄ばんでいて年季が入っている。いずれの家具も廃品置き場から引っ張ってきたような代物ばかりだ。


 入り口付近には、けっこうな年を取った人達がソファーに座り談笑をしている。


 まずはこの場所が『再教育課』であることを確認しないといけないだろう。談笑をしていた年配の方におそるおそる声をかけてみる。


「すいません『文部科学省の再教育課』とは、ここであっていますか?」


「そうじゃよ、なにかようかな」


「再生教育法とやらの対象者として呼ばれたらしいのですが……」


「そうか被験者(ひけんしゃ)じゃったか、いま担当の者を呼んでくる」


 そして部屋の奥のほうへ移動して声をかける。

桐原(きりはら)さん、例の人がきたぞ」

 そんな声が聞こえてきた。


 しかしこれはどうだろう? あの老人は私のことを『被験者』と呼んだ。

 『被験者』とは妙な言い回しで普通では使わない。そんな言い方をするのは、実験の対象などでしか使わないだろう。

 やはりこの場所はすこし変だ。あの年配の方も外見はふつうの人を装っているが、じつはえらい博士かなにかなんじゃなかろうか。再生教育法というのもタイムリープや若返る薬といった実験の場じゃないだろうか……


 いやいや落ち着こう、そんな話はあるはずがない。


 ほどなくして奥から女性がでてくる。

 背筋がピンとのびていて、アイロンのきちんとかかったグレーのスーツをビシッと着こなしている。無愛想な表情と鋭い目つきから冷酷な印象をうけた。


 目が合うと、その女性は軽く自己紹介をする。

桐原(きりはら)と申します、あなたの担当となりましたので以後よろしくお願いします」


 それは今朝、電話を掛けてきた人の声だった。

 考えてみれば、この人の説明不足のやりとりで私は会社をクビになるような事態に追い込まれている。

 ここは文句のひとつでも言ってやろう。


「私はまだこの『再生教育法』とやらのプロジェクトに参加するとは決めていません。

それなのに先方には退職するような話になっているのですが、どうなっているのですかね?」


「それは失礼しました、今後の被験者からは参加の確認を取ってから周りに告知するように気をつけます。

ではさっそく本題にはいり、詳細を説明したいと思います」


 私のイヤミはさらりと流された。ここは少し強めに言わないと通じない相手らしい。

「ちょっとまって下さい、どうしてこのような事になったのでしょうか詳しい説明をして下さい!」

 語尾をすこし荒げて、怒っているような口調で言う。


「その説明をするつもりですが、お話をしてもよろしいでしょうか?」

 クレームに近い私の言い分は、ひらりとかわされた。

 日頃からこういった事には慣れているのだろうか、どうやらこの土俵では相手の方が一枚上手のようだ。


「お願いします」

 私は小さな抵抗をあきらめて、ふてくされたように答える。


「では『再生教育法』の詳細を説明させてもらいますね」

 そういうと分厚い資料の束を渡された、少なくとも300から400ページぐらいはあるだろうか、

 表紙には契約書の文字があり、中をすこしのぞくと『文部科学省、以下甲と略す。被験者、以下乙と略す』と出だしがあり、その後は『甲が乙をなんたらかんたら』という契約書ならではのややこしい文章が続いている。


 桐原さんは「では一ページ目から行きますね」と最初のページから音読をし始めた。


「ちょっと待って下さい、これ全部を事細かに説明するのですか?」


「そのつもりですが、何か?」


「ちょっとページ数が多いので、端折(はしお)って大枠(おおわく)だけ説明をしてもらって構いませんか?」


「本来ならきちんと契約書を隅々まで見て欲しいのですが、しょうがありませんね概要だけ説明させていただきます」

すこしあきれたようすだが、あの調子でこまかく説明を受けていたら何時間かかるか解らない。ここは端折って正解だろう。



「概要としては『小学生から教育をやり直してもらう』というプロジェクトですね。

目的はもちろん学力の向上、他にも認識力、考察力、洞察力、そして運動機能の向上など、

総合的な能力を鍛え直すことを主眼としておいてます」


「はぁ」


「契約に関してですが、大きく解釈をすると以下の事が書かれています。

ひとつめ、補助金がでます」


 彼女は説明を始める。

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