パンやの娘さん 2
駅前でパン屋を営んでいるというゆめちゃんのご実家に話しを伺いに行く。
リフォームをしてイートインスペースを作ろうとしているらしいが、見積もりの金額が高すぎるようなので私に相談が舞い込んできた。
ちなみに住所は聞いていないがその場所はすぐに分る。うちの町にはパン屋は一つしか無い。
さらに言うとうちの町には喫茶店というものが無い。いや、ないこともないのだが駅からかなり歩いた所にファミレスが一件あるだけなので、駅前にこういった場所を作るという案はなかなか良いと言える。
まあ、集客や売り上げに貢献できるかどうかは私にはわからないが……
駅前の小さな広場に寄り添うようにある商店街へと向かう。
商店街のいくつかの店はシャッターが降りていて潰れているが、残っている店にはまだ活気がありチラホラと客が行き来をする。
なかでもパン屋と、お惣菜を扱う肉屋はこの商店街では、かなり賑わう場所と言えるだろう。
駅から5分も歩くとパン屋に着く、建物はあまり大きくなく民家と違いはない。
売り場と呼べるモノは非常に小さく、一坪ほどの部屋しか無い。
それでも人が途絶えないのは接客をしている奥さんの功績だろう。
いつも何かしら談笑が聞こえてくる店である。
とりあえず、店番をしている奥さんに声をかけようとする。
「いらっしゃいませ」
「あの、すいません、ゆめちゃんから呼ばれた鈴萱と言うものですが」
「あら、あなたが鈴萱さんですか、よろしくお願いします、いま主人をよんできますね」
そう言うと奥の調理場に声をかける「あなた、鈴萱さんがいらしたわよ」そんな声が聞こえてきた。
しばらくするとご主人がやってくる、すこし小柄な人だったが、パン屋というのはけっこう筋肉をつかうらしく、たくましい腕をしている。頭には調理師用の紙の帽子をかぶっていて、そのせいかどうかはわからないが、頭髪は、その…… 少しだけ寂しい事態になっていた。
「鈴萱さんですね、いつもお世話になっています」
「いえいえ、ところで今日、見積もりを見せてもらったのですが、どのようなリフォームを考えていますか。かなり大がかりなモノのようですが」
「いや、たいしたことは無いんですよ、使っていないガレージを少し改装して、休憩所を兼ねてイートインスペースでもつくってみたらどうだろうと思ったんです。
見積もりは無料という事で試しに出してもらったらあの金額で……」
「なるほど、あの見積もりだと基礎からかなりしっかりとしたモノを建てる内容だったので、ちょっとした喫茶店でも開く気でいるのかと思いましたよ」
「いやあ、そんな気はありません。雨風が凌げて腰を下ろせる場所があれば良いです」
「なるほどなるほど、そのガレージとやらはあそこですか?」
「ええ、そうです」
それは店の売り場のすぐ横にある。
シャッターが降りていて中はどうなっているのか分らない。
「中を見せてもらっても良いですか?」
「ええ、いまシャッターをあけますね」
手動でガレージのシャッターをガラガラと開ける。
普段は使われていないようで、すこし埃っぽい。
部屋のひろさは6畳か7畳程度、奥に大きな窓が見えるがすりガラスで外の景色は見られない。
床は打ちっぱなしのコンクリート、柱はむき出しで、壁は内壁がなく外壁の石膏ボードがそのまま見えている。
まず第一印象だが、部屋が暗い。照明は裸電球一つだけ、とにかく暗い。
明かりを取るための小さな天窓もあったので、昼間は多少はましだが、夜は手元見えにくいほど暗いだろう。
照明は付け替えたいところだが、一般的に交換の利くソケットではなく、コードから電球用のソケットがぶる下がっていた。これでは手出しはできない。こういった配線に関わる作業は電気工事士の免許が必要だからだ。
だが、その他の点はなかなか良さそうだ。柱と壁はしっかりしていて問題はない。
休憩所という話なら、これならなんとかなるかもしれない。
ゆめちゃんのお父さんに、すこし変わった提案をしてみる。
「このガレージ、簡単な休憩所という話なら、私とゆめちゃんのお父さんの日曜大工でどうにかなると思います。
もちろんできあがりはプロのそれとは行きませんが、予算は材料費だけで済むのでおそらく10万前後で出来るはずです。
どうです、やってみますか?」
以外な提案にゆめちゃんのお父さんは少し考えていたが、ほどなくして、
「分りました、やってみましょう。もし失敗してもガレージとして使えば良いだけですから」
「では、がんばって休憩室として使えるものを作りましょう」
そういって、二人は固い握手を交わした。
パン屋の休みは月曜と木曜、この日に少しずつ作業を進めていく事となった。




