放課後
「先生さようなら、みなさんさようなら」
午後の授業がおわり、ホームルームがおわり、一日の学業がおわった。
挨拶を済ませると、子供達は私の周りに集まってきた、昨日のように質問攻めだろうか。
まいったな、毎日続くのだろうか。だが飽きやすい子供達の事だから、1週間も付き合えば興味を失ってはなれていくだろう。
だが今日は質問とは違っていた。昼休みに野球に誘いだした、せいりゅうくんが
「家にあそびにこない?」
と誘ってきた。以外な展開に戸惑ってしまう。
「いや、まだ引っ越しが片づいていないし、明日以降ではどうだろう?」
『明日以降ではどう?』とか『またの機会に』などという言葉は、大人の世界では遠回しにやんわりと断る常套句だが、小学生にそんなことは通じなかった。
「明日は塾なんだ、今日つれてくるってママと約束しちゃった」
「うーん、まあ少しなら良いよ」
「やった、じゃあいっしょにあそぼう」
周りからは、「いいな」「こんどは家に来て」とか声が上がっているが、ここはひとつ聞こえないふりをする。
「ようたも準備はできているか?」とすこしポッチャリ体型の友達にも声をかけた。
「うん、でもいったん帰ってから行くよ」
「すぐこいよ」
「わかった」
と、ようたくんは教室を飛び出していく。
せいりゅうくんはこちらを向いて、
「おっさんは家を知らないよね」
「ああ、わからないよ」
「じゃあいっしょに帰ろう」
言うが早いか手をひかれて教室から連れ出された。
しかしここで連れ出されていなければ、また昨日のように質問攻めに合っていたかもしれない。
学校を出たところで、用事を思い出す。
「ちょっとだけ寄り道いいかな」
「いいけど、なに?」
「文具店に少し寄ろう」
学校のそばには小さな文具店が一つある。
文具はコンビニなどでもあるので、文具店という限られた商売は大変だなと思う。経営も立ちゆかず潰れる店も多い。
しかしこの店でしか手に入らない物が多くある。学校指定の特別な文具を扱っていて、その事によりかろうじて生業を維持しているようだ。
文房具屋のドアを開ける。商店には今時めずらしい手動の引き戸だ。
中にはいると少々薄暗い、せまい店内の壁にはこちらへ崩れてきそうなほど色々な学用品が積んで有り、初老のおじさんが店番をしていた。
「なにか用ですか」
接客業としてはいささか不器用な挨拶がきた。
「学校で使う用品を揃えにきました」
「この時期にですか、お子さんが転入されて来られたのですかね」
「はあ、まあそんなところですかね」
後ろにいたせいりゅうくんは、必死に笑いをこらえているが
「ししし」と笑い声がもれている。気にせずに買い物を続ける。
「ところで上履きはありますか」
「もちろん、ひととおりありますよ」
「あの、その、28cmとかあります、なければ27とかでも良いんですが」
「無いでず、ずいぶん大きなお子さんですね、ちょっとカタログを見てみます」
そういってパンフレットのようなものをどこからか引っ張り出して来た。
「パンフレットをみても25cmまでしかありませんね、取り寄せも無理ですね」
後ろから、こらえきれなくなったらしく「ははは」と笑い声が上がるが私は気にしない。
「わかりました、上履きはあきらめます、習字セットと絵の具のセットはありますか」
「それならありますよ」
「それをください」
「はい、まいどあり」
こうして目的の物は手に入らなかったが買い物は済んだ。せいりゅうくんはしばらく笑っていた。
秋の快晴の空の下、小学生の男の子に手を引かれて通学路を歩く。
日はまだ高く、雲はほとんどない。そんな風景の中を15分ほど歩いただろうか。
「ここが俺様のうちだよ」と一軒家にたどり着く、比較的あたらしい家だ。
「まあ、上がってよ」
と背中を押されるが、これは入ってもいいのだろうか?
まごまごとしていたら、せいりゅうくんの母親らしい人が現れた。
「あら、ほんとうに連れてきたのね」
「すいません、お呼ばれして上がらさせて貰ってもよろしいですか?」
「どうぞどうぞ。こちらこそ無理言ってもうしわけありませんね」
「ではすこしだけ失礼させていただきます」
せいりゅうくんは、ぽかんとみていた。
「何いってんの?」
「挨拶ですよ」
「それが、挨拶なの?」
母親がさとす。
「あなたも大人になったら、こういう挨拶をするんだから覚えておいてね」
「そんなあいさつはしないよ」
私があいのてをいれる。
「まあ、そのうち分りますよ」
「そんなことより遊ぼう、さああがって」
「それでは失礼します」
通されたのはせいりゅうくんの子供部屋だ。
学習机に、マンガだらけの本棚、野球のバットとグローブがあり、いかにも男の子の部屋といった感じがする。
「おっさん、これ知ってる?」
そういって得意げに携帯ゲーム機を出してきた。
その画面には『モンスターハンティング エックス』という有名なゲームのタイトルが映し出されていた。




