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理科の授業

 始業10分前のアナウンスが流れると、どこからともなくわらわらと人がでてきて、せわしなく席が埋まっていく。


 私のほうをチラチラと視線を感じる。何か話しかけたいような素振(そぶ)りも見えるが、すぐに授業が始まるので席を立って動くことは出来ない。なにかと落ち着かない様子だ。

 そうしている間にチャイムがなり美和子(みわこ)先生がやって来て授業を開始する。



 最初の授業は理科の授業だ。


 小学生のときは、理科というのはどういう事をしていたのだろうか? パラパラと教科書を眺めると。

 メダカの誕生など生物に関わること。

 電磁石など物理に関わること。

 天気など気象学に関すること。

 酸性とアルカリ性など化学に関すること。


 などなど、いろいろとごちゃ混ぜで教えている。

 どれも簡単なものばかりであるが、統一性がまったくない。まあ、小学生のうちはコレで良いのだろう。



 私の座席は一番後だ、教室が一通り見渡せる。授業が始まると、生徒おのおのの個性が見えてきた。


 真面目に話しを聞いてノートを取るもの。

 あまり真面目に聞いてないもの。

 教科書だけではなく参考書を開くもの。

 指定したページではなく勝手に教科書を読み進めるもの。

 教科書にラクガキをせっせと書き込むもの。


 さまざまな個性がある。



 美和子先生は、生徒たちに説明を開始した。

 内容的には、酸性とアルカリ性と違いの授業だった。

 美和子先生は年齢的にいって、おそらく初めての担任なのだろう。すこしだけたどたどしい。


 授業というものは、教科書をただ説明しているだけでは子供達の興味はあまり引けない。

 興味を引くためかどうかは分らないが、美和子先生が赤色の紙と青色の紙を机の下からだしてきた。リトマス試験紙である。

 理科の授業で、子供達の感心を引くには実験が手っ取り早い。


「酸性の液に、これらの紙をつけてみましょう、青色の紙だけが赤くなります」

「アルカリ性の液に、これらの紙をつけてみましょう、赤色の紙だけが青くなります」


「おおっ」という声があがる。

 不思議な事に関しては、子供たちの食いつきがすごい。目を皿のようにして見つめている。


「なんで」「すげー」


 といった感嘆(かんたん)の上がる中、すこし生意気そうな男の子が反論を言う。


「それって、ひつようある? 役にたたないよ」


 すこし早めのちょっとした反抗期なのだろうか。教室が一気にざわついて軽い混乱状態になった。


 言っている事は屁理屈の域をでないが、確かに一理ある。

 リトマス試験紙なんてものは、社会に出てから使ったことなどない。

 そもそも学生時代でも、使ったことはあったのだろうか? 記憶の中から思い出せない。


 美和子先生はすこし慌てた様子で

「試験にはでますよ、それでは社会に出て困りますよ」

 といってなだめるが、まるで応えてないらしく、あまり効果がなさそうだ。


「それじゃあ、おっさんに聞いてみよう。

大人になってからリトマス試験紙つかった事ある?」


 思わぬ流れ弾がこちらへ飛んできた。

 ここは美和子先生の事を助けたいが嘘をつくわけにはいかない。


「ないですね」


 生意気そうな男の子は得意満面で言う。

「ほら、必要ないじゃん」


 このままではいけないな、こんな事では後々(のちのち)社会に出たときに困るだろう。


「でも酸性とアルカリ性の検査は必要で、専門の業者に依頼しますよ」


 男の子の顔がすこし曇る。

「なにそれ」


「土壌汚染とかの検査です、土地の売買にはつきものですよ。

ほら話題になった豊洲市場とかあるでしょう。

汚染がわかると土地の値段が下がったり、まったく価値がなくなったりしますよ」


 ほんとうは化学物質やら重金属やら、もっと細かい調査をするのだが、それを話してしまうと複雑になりすぎるのでここでは黙っていることにした。


 そうすると男の子が懸命に反論をしようとする。

「でもそれは建築業界の話でしょ、一般人には関係無いよ」


 まだ、不必要と捉えているらしい、将来役に立つことがあるかもしれないのに……

 それにこの態度はあまりよろしいとはいえない。ここは少しだけお灸をすえよう。


「いやいや、家庭内でもいろいろとありますよ、

たとえば酸性だとトイレの洗剤とか、アルカリ性だと塩素系の台所漂白剤だとか。

例えばお母さんが、これらを間違えて混ぜるとどうなると思います?」


 男の子の表情は完全に引きつっている。

「わからないよ」


「塩素ガスというものが発生します。これは毒ガスで気分がわるくなったり吐き気がしたり、最悪の場合は死に至ります」


「え、しんじゃうの」

 男の子は今にも泣きそうな表情になった。

 しまった刺激がつよすぎたようだ。教室内も静まり返り深刻な雰囲気になってしまう。これはいけない。


「え、あ、でも、たしか死亡事故は10年に一度あるかないかくらいだから大丈夫だよ」

 とっさにフォローを入れる。

 10年に一度というのは、交通事故で死ぬ確率より遙かに低いし、落雷に()って死ぬ確率より遙かに低い。

 そういった意を()んでほしい。


「でも死んじゃうんでしょ」

 男の子は泣き出す寸前だ。確率などは関係なく『死』という事実だけが強く印象づけられてしまったようだ。


 私が困っていると、美和子先生が助け船をだしてくれた。

「はい、そうならないように、理科をちゃんと勉強しましょうね」


 子供の頃は

「はい、わかりました」

 と気持ちの良い返事をする。


 美和子先生に助けられた。

 あまり悪乗(わるの)りはするものではないな。今度からは気をつけよう。


 その後も授業は続くのだが、気のせいだろうか?

 教室が引き締まったとでもいおうか、クラスのみんなが真面目に授業を受けているように見えた。


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