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背の高い転入生 9

 電車に乗っている、焦燥(しょうそう)の念に駆られている。かつてない程に。

 人生という長い視点で考えてみても、ここまでのあせりというものは初めてかもしれない。


 原因は引っ越しにある。それは再教育課が勝手に部屋を空けて、荷造りをしはじめたことに端を発する。


 私の部屋はひとり暮らし用の狭い1DKであり、荷物はあまり無いのだが、まあ最低限にはあるわけで、なんと言おうか、男の(さが)とでも言おうか、まあ言ってしまえばお宝の映像やら本やらがあったりする。


 幸か不幸か、そのお宝たちは一つの段ボールにまとめて管理してあるので、なにも見ずにトラックに積み込んでもらうことを(いの)らざる終えない。

 仮にみられたとしても、事情を察してくれて、そのままトラックに積み込んでほしいものだ。


 いまはタバコ一服分の時間をロスしたことも悔やまれる。

 あの段ボールが無事ならばよいが……



 都心の最寄り駅に着き、珍しくタクシーをつかい自宅をめざす。

 最短最速で帰ってきたが、部屋はガランとしていて引っ越しはすでに終わっていた。

 家具などが一切ない部屋はとても広く感じる。

 そんな部屋の中に桐原(きりはら)さんが立っていた。


 桐原さんは片手に書類をもっており、事務的にこう話し出した。


「引っ越しは終わりました、荷物はご実家の方へ移動中です。

部屋の様子をご確認をしてもらって、よろしければサインをお願いします」


 その表情からはなにもうかがえない。


「はい、わかりました」


 自宅の間取りはダイニングと寝室しかない、確認はすぐ終わるはずだった。


 何も無いダイニングから隣の寝室に入ると、なぜか一つだけ見覚えのある段ボールが、わざわざ部屋のど真ん中にポツンと置いてある。


「あのこれは?」


「どうやらこれは小学生の所有物としては不適切なので、こちらで処分いたしたいと思います」


「あの、その、プライバシーとかの侵害では?」


「当局は、保護観察義務がありますので」


「ええと、個人的な財産権の侵害では?」


「では保管しておいて、プロジェクト終了後に『実家のお母様』宛にお送りいたしましょうか」


「……いえ処分でお願いします」


「ではサインをお願いしますね」


 力なくサインをする。こうして引っ越しは終わった。


 しかしこの再教育課という部署はほかにすることはないのだろうか。

 公務員というのは必要な仕事は会議やなんやらで全然進まないものだが、こういったどうしようもない事だけは、やたら手回しが早くて困る。




 引っ越しを終えて、ふたたび実家へと戻ってきた。


 どうやらすでに引っ越し業者がに荷物を下ろしていったらしく、外からでも窓越しに段ボールの山が見える。


 玄関のドアをあけると、うまそうな臭いがただよってくる。お袋が夕食を用意してくれたようだ。

 台所に移動するとそこには手作りの料理が所狭しと並んでいた。


「母さん、これはちょっと作りすぎだよ」


「そうかもね、ちょっと張り切っちゃったかもしれないわ、

いつもは食べてくれる人がいないから……」


「これからは当分は一緒だよ、さて、料理が冷める前にたべようか」


「そうね食べましょう、いただきます」


「ではいただきます」


 遅めの夕食を取る。料理はどれも懐かしい味付けだった。



 食事を済ませ、風呂を済ませて、自室へ戻る。

 久しぶりに入った自室は、学生時代からそうは変わっていない。

 時刻は夜の10時前だったが慣れない事が続き、もうヘトヘトだ。


 タバコに火を付け考えをまとめようとする。


「明日から学校でやっていけるのだろうか?」


「なんとかするしかないだろうな」


 ふと母親の事が気にかかる。食事を作りすぎたと言ったときに少してれくさそうに笑っていた。

 ここから会社まで片道2時間。つらい距離だが通えない距離でもない。

 仕事に復帰したときには、ここから通うのもいいかもしれない。


 いまいち考えがまとまらない、もう寝てしまおう。

 ベットに入ると布団から暖かい太陽の匂いがした、今日はよく眠れそうだ。





 この引っ越しに関して、後日ふたたび蒸し返される事になる。


 それは一通の郵便で始まる。

 実家のポストに封書が届いた、宛先は文部科学省の再教育課からだ。


「書類か何かだろうか?」


 封を切ってみると。中には領収書のコピーと手紙が同封されていて、手紙には一言だけ。

「後日、指定の口座に振り込まさせていただきます」とだけあった。


 領収書のほうは、『GE0』という中古の書籍やDVDやゲームを扱う店からで、

『不適切な資料の売却代金として 7460円』とあった。


 どうやら段ボールの中身を売ったらしい。こうして私のお宝は処分された……

 しかし、あの引っ越しの記憶も私から処分できれば良いのに、と強く願う。

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