背の高い転入生 8
都心の自宅に戻る前に、実家にすこしだけ寄ることにする。
理由のひとつは、少し重たい教科書を置きに行くこと。
そしてもう一つの理由は深刻だ、タバコが吸いたい。
さきほど職員室に入ったときにタバコの良い香りが漂ってきて、一種の禁断症状のようなものが出てしまった。
禁断症状というにはいささか優しいものではあるが、まあとにかく一服やっておきたい。
前に実家に帰省したのはお盆休みの時だろうか。すでに2ヶ月は立っている。
電車で2時間もかからないとはいえ、なにかとおっくうで立ち寄らないものだ。
お父さんは既に亡くなっていて、お母さんは今は一人で住んでいる。
そんなに広くはないが一軒家なので、独身男性がひとり増えたところでなんとかなるだろう。
……しかしやはり言い慣れない、お袋、親父、と自由に呼べるような身分になりたいものだ。
子供の頃は15分以上は掛っていたと思うが、大人となったいまでは10分もかからず実家に到着する。そして鈴萱家の呼び鈴をならす。
「はーい、いま出ます」
母親の声が返ってくる、まもなくして玄関に出てきた。
「あら、良介じゃない」
「ただいま、お、お母さん」
さて、これまでの経緯をなんと説明したら良いだろう。
「え、えーと会社を休職してね、国の制度を利用して再教育とかなんとかプロジェクトに参加して勉強をし直すことにしたんだ」
嘘はついてない、ただ『勉強をし直す』とだけ言う、小学生からやり直すとはバツが悪く言いにくい。
「役所の人が来て説明してくれたわよ、小学生から5年間やり直すんですって」
隠したかったものは、既に再教育課の手によって説明がなされていた。
「……うん、そうだね、小学生からやり直すらしい」
「まあ、いいんじゃないの。このところ疲れているようだし、ゆっくりとやり直せば」
「その事なんだけど、実家に引っ越す事になりそうなんだ、大丈夫かな?」
「大丈夫よ前にあんたが使っていた部屋もあるし、お父さんの部屋も空いているし好きにしなさい」
「ありがとう、たすかるよ」
「ところで今日の晩は家で食べるの?」
「そうなると思う」
「分った用意しておくわね」
今日、新たに一つ学んだ事がある。
親子の関係は年を喰ってもあまり変わらないという事だ。母親にとって子供はいつまでも子供のままらしい。
タバコを1本だけ吸い、引っ越しの為に都心の自宅へと向かった。




