背の高い転入生 6
まだ自己紹介しかしていないが既にいろいろな部分が子供達とは噛み合っていない。
私という存在はこの場所では異質そのものだ、多少はいじめのような状況になることも覚悟しておこう。
国語の授業が終り時刻はまだ昼の3時前だが、今日の授業はこれで終りらしい。
その日の最後にホームルームを少しだけ開いて、あっというまに解散となった。
「先生さようなら、みなさんさようなら」
帰りの挨拶を交わす。しかしこんなに早くに帰っていいのだろうか?
そんな事を考えていたら、子供達が机の周りに集まってきて一斉に質問をしてくる。
どうやら国語の時間だけでは足りなかったようだ。
「なんでこうなったの?」「結婚してるの?」「好きなモノはなに?」
「ちょっとまって、質問はひとつづつお願いします」
すこし元気のよさそうな男の子が少し前に出て、こう切り出す。
「おじさんはこの町に住んでいたことあるの?」
この町を自慢したいのだろうか? 自分だけの知っている知識をひけらかしたいのだろうか?
……いかんな余計な事を勘ぐってしまう、相手は子供だ。純粋な質問なのだろう。
素直な質問には素直に答えよう。
「あるよ、もう15年くらい前になるけど」
子供達からどよめきが上がる
「すげー昔だ」「生まれる前だ」
……そうか、そんなに昔なのか。
あらためて歳の差を再認識させられる。
次には会話の流れ通りの、想定の範囲内の質問がとんできた。
「むかしはどんなだったの?」
「そうだね、ちょっと確認してみようか」
子供達を引き連れて窓側へと移動をする、5年のクラスは校舎の最上階の4階にある。
うちの町には眺めを遮るような高い建物はほとんどない、窓からは小さな町が一望できた。目に映る風景は、川と林と畑が大部分をしめていて、駅前の中心部だけに建物が寄り添うように集中している。
しかし昔の事を思い出せるだろうか?
町の中心部を見る。すると案外覚えているもので違いがいくつかわかった。
「あそこの黄緑の倉庫があるでしょ、あれは前はただの駐車場だった、あの周りの家も無かったな」
「ふーん」「へえー」
「あそこにあるコンビニもとは酒屋だったんだ」
「お酒を売ってたの?」「お酒だけなの?」
「ああ、お酒だけだったな」
「お酒だけだって」「それで人くるの」「大丈夫なの」
「お酒は腐らないので店先に長く置いておけるんだ、だからそんなに急いで売らなくても平気だし、大人はお酒が大好きだから大丈夫だよ」
「なるほど」「そうなんだ」
適当な説明だが納得してもらえたようだ。
しかし酒屋は充分に利益を出せると言ってしまったが、すでにコンビニになっているので売り上げ的にはきつかったのかもしれない。
「あそこのクリーニング屋は昔は果物屋だったんだ」
「それはなに?」「果物売ってるんだろ」「果物だけしか売ってないの?」
「果物と野菜をすこしだけ扱っていたな」
次には無邪気で辛辣な質問がとんでくる。
「くだものは腐るよね」「もうかるの」「やっていけるの」
たしかあの店は、おばあさんとおじいさんがやっていた気がする。
思い返してみても、客を見かけたのも数えるほどで、まったくと言っていいほど売れていなかった。どうして続けていけるのだろうと、当時は考えたものだ。
「いや、やっていけなくなって潰れたんじゃないかな……」
この質問はきつい、うれない店先で悩む老人夫婦の姿を想像してしまった。なにやら心をえぐられた気がする。
でも、あの年齢なら年金で生活出来ているハズなので、おそらく趣味と今までの人付き合いからあの仕事を続けていたのだろう。
……いたたまれない気持ちになり、そう思わずにはいられなかった。
気を取り直して、もういちど町を見渡す。
そういえば写真屋があったのだが潰れてる。このご時世には生き残れなかったらしい。
「ええと、あそこのコンビニの斜め前あたりに写真屋があったんだけど潰れてるね」
「写真屋って?」「カメラとか売ってるんだろ?」
「あ、カメラも売っているけど、フィルムの販売と現像がメインだよ」
ちょっと思いがけない質問が次にはやって来た。
「フィルムってなに?」「現像ってなに?」
そうか今の子供達は銀塩カメラを知らないのか、しかしこれは困った上手く説明できるだろうか。
スマフォでフィルムの写真を検索する。それを見せながら説明を開始する。
「これがフィルムで、写真を取るときには必ず必要だったんだ」
子供達の顔が近づいてスマフォの画面をのぞき込む。
見てもどうやらイメージがつかめないらしい。
「なんだこれ」「どうするの」
「カメラの中に入れて使うんだよ、使い捨てのメモリーカードのようなものかな。
ただし削除したり撮り直しはできないんだ、枚数は24枚とか36枚とかで値段は500円くらいだったかな」
「たけえ!」「それしか枚数が取れないの」
「うんそれだけしか取れないし、さらに写真として印刷するだけでさらに1000円くらいかかるよ」
「マジか!」「詐欺だ」
「でも当時はそれしか写真を印刷する方法がなかったんだよ、その方法しかないし、それが当たり前だと思ってた」
「へー」といった声があがる。
納得のいくような説明ができたらしい。
この年頃の子供達は興味の塊のようなものだ。異質な者の排除より好奇心の方が勝るらしい。
いじめなど、そういった私の考えは杞憂に終わった。
しかしこれはこれで参ってしまう。この問答は毎日のように続くのだろうか。油断していると妙な方向から鋭い質問が突き刺さりそうである。うまく躱していけるのかが不安になってきた。
これなら無視でもされていた方が楽だったのかもしれない。
「ブーン、ブーン」とスマフォが鳴る。
画面を見ると今朝に登録したばかりの『再教育課』という名前が表示されている。何の用だろう。
 




