卒業式 4
我々は渡り廊下を通り、体育館から教室へと戻る。
この教室ともお別れだと思うと少し感慨深いモノもある。
クラスメイト達の雰囲気は、いつになく沈んでおり重々しい。
だが悲観的になる必要は無い。大半のクラスメイト達は同じ中学に上がるからだ。
ちなみに地元の中学校と小学校の距離は、直線にしておよそ500メートルあまりしかない。
もちろん中学に上がればクラス替えで、バラバラになってしまう事もあるだろうが、所詮は同じ学校、同じ学年なので教室を2~3個移動するだけで再び会える。この卒業をあまり深刻に考える必要はないだろう。
生徒達が自分の席につき、落ち着くのを見計らって、最後のホームルームが始まった。
ホームルームの最初に、美和子先生から挨拶がみんなに向けて送られる。
「今までみなさん、よく頑張りました。
つらいことも有るかもしれませんが、これからも頑張ってね。
もし何かあれば、先生はいつでも相談に乗りますよ連絡を下さい。待ってます」
最後の挨拶は、意外とあっさりとしていた。
だが、その言葉は力強く、連絡の内容はこれからの生徒達にとって重要なモノだった。
そして美和子先生は最後のプリントを配る。
そこには小学校の連絡先と、市役所のいじめ相談所、そして美和子先生の携帯と思われる電話番号が記されていた。
確かに、これからうまく行かなかった場合は小学生の先生を頼るのも手かもしれない。
それは、中学の担任との付き合いは意外と希薄だったりするからだ。
中学に上がると、担任の教師とはあまり顔を合わせない。週に多くて2、3時間の担任の受け持つ教科と、ホームルームぐらいでしか合わないものだ。
毎日、毎時間付き合っていた小学生の先生とは親密度がまるで違う。
さらに中学になると、放課後に相談といったこともやりにくい。
ほとんどの教員は何かの部活の顧問をしているだろう。
何かと忙しい中学の担任を頼るより、放課後は時間の空いている小学生の担任を訪ねて、悩み事を相談する方が確かに建設的かもしれない。相談によって問題をすべて解決する事は不可能かもしれないが、愚痴を吐き出せるだけで心が救われる事もあるだろう。
プリントが行き渡ると、美和子先生が最後の確認を取る。
「私からはこれだけです、他に何かありますか?」
美和子先生が手早くホームルームを閉めようとした時だ、きりんちゃんが手を上げる。
「なんでしょうか?」
手を上げたきりんちゃんを指名する。すると、
「これを受け取ってください」
女子を代表してきりんちゃんが、男子を代表して私が。それまで隠しておいた花束を手にすると、机の合間を縫って前に進み出る。
花束は教室の後ろの方に隠しておいたのだが、なにぶん小学生のやることだ。美和子先生はおそらく気がついていただろう。
近くに寄ると、美和子先生がホームルームを手早く終わらせようとした理由が分かってしまった。
目が充血しており、今にも涙が落ちそうになっている。
最後の挨拶も手短な必要最低限の連絡事項のみに留めたのも、おそらくこれが原因だろう。
「美和子先生、いままでありがとうございました」
きりんちゃんが花束を渡す。
「ありがとう、中学生になっても元気でね」
美和子先生がゆっくりと両手を添えて花束を受け取った。
すると、きりんちゃんが感極まったのか、
「本当は別れたくない! いつまでもこの場所で勉強がしたい!」
泣き出してしまった。大泣きである。
その言葉がきっかけとなってしまった。
いままでクラスメイト達がこらえていた感情が決壊してしまう。
他の生徒も美和子先生の元に駆け寄り、泣き始めた。
美和子先生と仲の良かった、ようたくん、せいりゅうくん、ゆめちゃん、のりとくん、はもとより
先生に反抗的な態度をとっていた、そうすけくんまで鼻水を垂らして泣いている。
卒業してもクラスメイト達の大半は同じ中学に上がるので、あまり気にしていなかったが、子供達に言われて初めて気づかされる。
美和子先生は違うのだ。今日、この場所でお別れとなる。
そう考えてしまうと、もうダメである。感情が大きく揺さぶられてしまった。
歳を取ると涙もろくなるという話しは本当かもしれない。
涙腺が緩んでしまうのを、なんとか必死にこらえる。
しばらく時間が過ぎると、泣き疲れたのか子供達が落ち着いてきた。
私は渡しそびれた花束を差し出すと、社交辞令のような挨拶をする。
「我々は今日で卒業しますが、美和子先生はこれからも様々なご活躍を、お祈り申し上げます。
もし何かあったら気兼ねなく連絡をください。
私で良けれ連絡を頂ければ相談にのりますよ」
「ありがとうございます」
そう言って、互いの連絡先を交換しあう。
しかし、この連絡先は使うことはあるのだろうか?
卒業をしてしまえば、先生とは会わない事が普通だ。
もし次に会うとなると、いつ頃になるだろう?
考えられるのは、子供達が成人式を迎える時くらいしか思いつかない。もしかしたら、もう会う機会は無いかもしれない。
考えれば考えるほど、ダメな方向へと感情が転がっていく。
クラス中がしんみりとしていると、美和子先生はその空気を打ち破るように、明るく大きな声でみんなに言い聞かせる。
「さあ、明るく行きましょう。これから中学生になっても頑張って下さい。
みなさん、分かりましたか」
「はい」
生徒達は精一杯、返せるだけ元気な返事をする。
「それではお別れです、元気でいて下さいね」
美和子先生は少々強引にホームルームを打ち切ってしまった。
このまま長引けば、別れがますますつらくなると思ったのだろう。
ホームルームが終わり、我々生徒は背中を押されるように教室を後にする。
帰り際、廊下の外を見ると、幾分桜の開花が進んだようだ。
朝は五分咲きだった桜が、いつの間にやら七分咲きくらいになっていた。
今日、私は桜の花粉症にかかってしまったのかもしれない。
赤く腫れたであろう目を、あまり他人に見られぬよう、少し足早に帰った。
来週の中学の入学式には、この桜は散ってしまう事だろう。
ここまで読んでい頂いて、ありがとうございます。
主人公の鈴萱 鈴萱はなんとか無事に小学校を卒業する事ができました。
中学生編はそのうち書く予定ではありますが、時間をおいて書こうと思っています。
他の作品を書く予定もありますので、そちらも気が向いたら読んで下さい。