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卒業制作 6

 ()台鉋(だいかんな)を購入して翌日を迎える。

 今は五時間目の国語の授業の最中(さなか)だが、ベンチの事が気がかりでしょうが無い。


 ホームルールが終わると、早足で作業場へと移動する。


 廊下にはいつの時代にもおなじみの『走ってはいけません!』という手書きのポスターが掲示してある。

 子供達はこの言いつけを守る者は少ない。クラスメイトの何人かは私の横をすり抜け走り去っていく。


 制作時間が逼迫(ひっぱく)しているこの時ぐらいは、無視しても構わないと思うのだが、やはり私はこの場所で目立ってしまっている。

 下級生の目が光る中、ルールを無視するような行動は、大人として出来る限り控えなければいけない。焦る気持ちを抑えて歩みを進める。



 作業場に着くと、既に何人かはランドセルを投げ出して作業に取り組んでいた。

 私もスーツの上着を脱ぎ、作業着を着込むと、さっそく自分の作業へと入る。

 特殊な反り台鉋を取り出して、背もたれの部分を削りはじめた。


 背もたれは、そのまま削らなくても機能するハズだが、座り心地を優先するとなると深く削り取らなければならない。

 作業は非常に手間が掛かる。それに道具の扱いも難しい。

 この特殊な(かんな)のコツを教える動画も、インターネットで見たのだが、やはり実際に作業を行うとなると大変だ。


 いちおう昨日も練習したのだが、練習用の木材と本番の木材ではかなり材質が違い、なかなか上手く出来ない。

 本来なら鉋を掛けた部分は滑らかになるのだが、刃を引っかけながら少々強引に削り取った部分はガタガタになっていた。


 難しそうに私が鉋がけをしていると、子供達が興味を持ったようだ。


「僕もやってみたい」「私も」「俺様も」


 この鉋は大人でも難しいものだ、それを子供達が上手く出来るハズもないだろう。

 しかし、多少は不細工な出来上がりだとしても、作業に関わった事は良い記念になるだろう。

 椅子の仕上がりよりも思い出を優先し、やらせてみる事とした。



 ところで、私は卒業制作の総監督を請け負ってしまっている。

 自分のグループだけではなく、他のグループの様子も見なければならない。


 私は自分のグループの子供達に、鉋がけの注意点を執拗(しつよう)に伝え、ある程度の扱いが出来るようになったのを見届けてから、他のグループの見回りを始めた。


 他のグループは順調そのものだった。彫刻など時間の掛かりそうなグループの作品も、あらかた作業は終わっており、もう仕上げの段階に入っている。

 作業量が少ない10メートルの、ただただ長いだけのベンチは、もう形が出来上がっていて、2回ほどニスを塗り終えている。これはあと1~2回ほど更にニスを塗り重ねるだけでもう完成だ。


 私は他のグループに少しだけアドバイスをして自分のグループへと戻る。するともう子供達が反り台鉋を使いこなしていた。

 使いこなすといっても、もちろん職人さんのようには行かず、鉋を掛けた表面は荒々しいが、それでも私と同等かそれ以上の仕上がりのものが出来ていた。


 子供達はやはり学習能力が高い。なんにでも適応出来てしまう。

 もちろん得意と不得意な部分は個人により大きく違うが、色々な隠れた才能を引き出す為に授業の枠を越え、もっと色々な事を経験させても良いのかもしれない。


 我々のグループでの作業も順調に進み始めた。背もたれのカーブが鉋とヤスリがけで曲線が出来上がっていく。

 しかしここで困った事になってしまった。私のやることが無くなってしまったのだ。

 しょうがないので私は子供達用に取っていた、非常に簡単な『ペンキ塗り』の作業を一人で淡々と進める。



 ベンチの制作を初めて10日あまり、ようやっと我々のグループの屋根付きベンチが完成しようとしている。

 他のグループの作品は既に出来上がっており、広い作業場に残っているのは我々だけだ。


 手塩を掛けた背もたれの部分を止める最後のネジをみんなで締め付けると、卒業制作の最後の作品が完成した。

 子供達は満面の笑みを浮かべ、さっそくベンチへと腰掛けた。


「できたね」「うん、できた」


 短い会話を交わす。

 言葉数は少ないが、そのやり取りからは達成感と満足感が伝わってくる。

 作るのに相当な手間と苦労をしたが、その苦労は後々良い思い出として記憶に残る事だろう。

 しばらくの間。制作の苦労話や、お互いをねぎらう雑談が続いた。


 その様子を私は少し離れた位置から、子供達に合わせたミルクが多く甘いコーヒーを作りながら聞いていた。

 ただ、よく話しを聞いてみると言葉の端々から、作業が終わってしまった寂しさのような感想も聞かれる。

 言われてみれば、これは小学生最後の共同作業なのかもしれない。


 私は出来上がったコーヒーを子供達に配る。

 すると、

「オヤツはないの?」「お菓子は」「おっさんの鞄の中に何か入っているの見たぜ」


 さきほどの、しんみりとした雰囲気はどこへやら、コーヒーの香りを嗅ぐと、おやつが話しの主役となった。

 しかも子供は抜け目ない。念の為にと残業に備えて持ってきた非常食まで把握されているようだ。

 しょうがないので私は持ってきた『干し芋』を子供達に振る舞う。


 だが、評判が恐ろしく悪い。

「食えるの?」「美味しそうには見えない」


「見た目と色は悪いけど、味は保証するよ」


 差し出すと、子供達は手に取り食べ始めた。


「美味しい」「見た目よりは上手い」


 実に現金なものだ。




 完成から3日後、これらの作品は学校の前の散歩道へと設置された。

 残業の日々はこれで完全に終り、ささいな監督官の任務からは解放される。

 私は一般的な小学生の日常へと戻った。



 あれ以来、帰りがけには自分達の作品が気になって、ついつい確認をしてしまう。

 散歩道は相変わらずの賑わいを見せており、ベンチの利用者もそこそこ見受けられる。


 私達の作品には、よく老夫婦が座っている姿を見かけるようになった。

 どうやらお気に入りの場所として、あのベンチが選ばれたようだ。

 なんとも誇らしく感じる。


 ふと、ベンチの上に延びている桜の枝を見てみると、つぼみが大きく緩んでいた。

 そろそろ本格的に春を迎える。我々の卒業の日も近いようだ。

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