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ご来光 4

 頂上に着いた我々は、太陽が顔を出すのを待ち構える。

 しかし、日の出の時間まではまだ小一時間ほどあり、かなりの時間をここで過ごさなければならない。

 これは少し計算違いだ。夜道なので時間がかかると思っていたが、思いのほかスムーズに事が運んだ。すこし余裕を持たせすぎたかもしれない。


 まだ回りは真っ暗だが、山頂の展望台はコンクリートで整備しっかり整備されていて足下は安全だ。

 冷え切った鉄パイプの手すり越しに周りを見渡すと、まばらに町の街灯がきらめいている。

 都心のような(まばゆ)い夜景には程遠いが、なかなかの光景がうかがえ、(ふもと)にある小さな町の光景が一望できた。


 これだけの光では寂しい限りだが、目に映る(あかり)は、地上ばかりとは限らない。

 控え目な町の光は夜空の星を打ち消さず、空には数え切れない星々が浮かんでいる。

 この夜景は、明るすぎる都心では楽しめないだろう。



 夏ならば悠長に、この光景を見ながら日が出てくるのを待てば良いのだが、今は真冬だ。

 足を止めた我々にはすぐに寒さが襲ってきた。それに山頂なので、少し風があるようにも感じる。


 そこで私はあらかじめ用意しておいた、ピクニックシートを引き、ひとつおよそ200円の防寒シートをみんなに配る。

 この防寒シートは巨大なアルミ箔のような物で空気を全く通さない。毛布までとは言わないが、かなりの保温性を備えている。


 子供達は保温シートを受け取ると、マントのようにそれを羽織った。

 その使い方は正しく、大人しくしていれば体温はそこそこ保てるのだが、せいりゅうくんとようたくんはそれらをヒーローのマントに見立てて遊び始めようとする。そこで次の策を講じる。


 私は魔法瓶からコーヒーを取り出し、紙コップに注ぎ、参加者に渡していく。


 熱い飲み物を渡されたせいりゅうくんとようたくんは、ジッとしているほかなくなった。

 さすがに紙コップを片手に暴れて、中身を周りにまき散らすような事はしない。

 もし、仮にそのような事をすれば、もう片方のほっぺたもビンタで赤く染める事になるだろう。



 落ち着いた我々は、無駄話を開始する。

 算数が難しい、社会の授業が覚えきれない、給食がショボい、なにげない愚痴が続く。

 たいした問題では無いのだが、子供達はさも深刻そうに美和子先生に告げた。

 美和子先生は、「まあ、そういう事もあります」と、優しくたしなめる。


 楽しい時間は過ぎるのが早い、子供達に合わせてミルクが多く、かなり甘めに調整されたコーヒーはあっという間に底をつき、真っ暗だった夜の色が薄くなり、空は(しら)み始めた。



 動き出した空の模様は早い、見る間に光量が増えていく。

 何も見えなかった山の稜線がぼんやりと、次第にハッキリと見えてくる。

 見る間に辺りは白く変わっていき、やがて太陽は顔を出す。その様子を、我々は手を合わせて静かに拝む。


 光の先の方しか見えなかったお日様は、瞬く間に登っていき、真円の姿を現す。そしてそのまま上がっていき、肉眼では見られない明るさに輝いた。


 この光景は、見ようとさえすれば毎日みられるはずだ。

 雨や曇り以外の日では、その気になれさえすれば見られはずだ。

 神聖な事など何一つ無いのだが、こうして実際に()の当たりにすると、やはり何か特別な力を感じざる終えない。

 初日の出を拝むとその年を無病息災で過ごせるという迷信もあるが、少し存在を信じてみたくなる。



 登り切った太陽を前に、しばらく呆然としていると、ゆめちゃんがつぶやいた


「この後は初詣(はつもうで)には行くの?」


 その発言に「行こう」「行きたい」「行きましょう」と、私以外の人々は賛同した。


 そこで私はスマフォで神社を確認する。

 山の中で携帯が使え、しかも調べ物までできる。便利な世の中になったものだ。


 検索結果をみると、帰り道の途中にいくつかの神社があり、そこに寄ることとなった。



 山を下る事10分。町中を歩くこと、5~6分。すぐに境内へとたどり着いた。

 神社はこの時が稼ぎどきだ、鮮やかな布がかけられて出店がいくつも出ていて、早朝だというのに賑わっている。


 さっそく我々は行列に並び、お(まい)りをする。

 お賽銭を入れ、人混みの中でせっつかれるように、手短に願い事をした。


 初詣が終わると、美和子先生は何やら買いたい物があるようだ。


「どうぞ、買ってきて下さい」

 と私が言うと、そそくさと買い物に走る。


 御守りでも買ってくるのかと思いきや、けっこうな数のたこ焼きを両手に抱えて戻ってきた。

 子供達にそれを配るのだが、既に肉まんと甘いコーヒーをたらふく飲んだ後なので、あまり食がすすまない。半分ほど残してしまった。

 残ったものどうするのだろうと、考えていたら、既にそれは無くなっていた。

 美和子先生の口の中に消えてしまったらしい。


 今まで正月太りは迷信の類いだと思っていたが、こうして実際に()の当たりにした今なら、確信をもって存在すると言い切れる。




 後日、3学期が始まり、『先生が太った』という根も葉もない噂が流れ始めた。

 その声が届いたのか定かでは無いが、小テストの難易度がかなり上がった気がする。

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