表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/138

背の高い転入生 4

 校長先生につれられて5年2組の教室の前にいる。

 この場所が今日から私の通う教室になるらしい。


「ここですよ」


 そういうと、校長先生がドアを開ける。


 教室に入ると、どこか古くさくて懐かしい感じがする。部屋の構造はおそらく昔から変わっていない。

 先生と生徒達の視線がこちらに向けられた。


 子供達がさわがしくなる。

「ほんとうにおっさんだ」

「でけぇ」

 ここでも私の事はすでに伝わっているようで、素直な感想の声がきこえてくる。


 喧噪(けんそう)の中を校長先生が進み出て、担任となる教師を紹介してくれる。


「こちら昼の会議で話をした転校生の鈴萱(すずがや)さん、

こちら担任の桜屋(さくらや) 美和子(みわこ)先生です」


「よろしくお願いします」

 美和子先生が挨拶をしてくれた。


 すこし小柄で優しそうな女性の先生だ、まだ若く見える。すこし年齢が気になるが女性に年齢を聞くなどといった失礼な行為は私にはできない。


「こちらこそ、ご迷惑を掛けると思いますがよろしくお願いします」


 すると子供達の方から声が上がる。

「なにもしてないのにあやまってる、へんなのー」


 大人どうしではありきたりの挨拶なのだが、子供たちには少し珍しいやりとりに写ったらしい。

 あまりよくない流れだと思ったのだろうか、担任の美和子先生がすかさずフォローをいれる。


「ごくごく普通のあいさつですよ、みなさんも大人になればこういった挨拶をするようになります」


 子供達がざわつく。

「ほんとうかな?」

「でも親戚のおばさんが来たときには、お母さんあんな感じだよ」

「そういえばそうかも」

 そういった声が上がる。


 校長先生が子供達を落ち着かせるようにゆっくりと話しかける。


「はいみなさん、なかよくおねがいしますね。それでは美和子先生あとはよろしくお願いします」


 美和子先生に主導権を(たく)すと、校長先生は教室から退出していった。


「はい、ではまずは自己紹介ですね、お名前を黒板に書いて下さい」


 授業中の黒板にはすでに文字が書かれており、その内容から察するとどうやら国語の授業だったらしい。

 チョークを渡され黒板の余白に名前を大きく書く。


 鈴萱(すずがや) 良介(りょうすけ)


 名前を書き終わるかどうかのタイミングで美和子先生が次の指針をしてくれる。


「では自己紹介と挨拶をおねがいします」


 挨拶ときた、まるで考えていなかった。

 子供向けの挨拶などとっさにはでてこない、しかし何かしらしゃべらなければならない。


「え~、前職は建築会社に勤務していた鈴萱 良介と申します、色々とご迷惑をおかけすると思います。

至らない点も多々あると思いますががんばりたいと思っていますので、どうかひとつよろしくお願いします」


 とっさに出てきたのは、工事現場が変わるたびにいつもしている無難な挨拶であった。

 ところが挨拶をし終わると、子供達はシーンと静まり返ってしまう。


 静寂の中からぽつりと声が出る。

「『いたらない』ってなに?」


 ああ、そうか、子供にはわからないのか。

「至らない、つまり至るに届かない、ええと、完成されていない不完全なモノという感じかな

まだ不完全なので、がんばってそれを完成させていきたいと思っているっていう事です」


「ふーん」とか「へーえ」とかいう声が聞こえてきた。

 上手く説明できたのだろうか、変な汗をかいてしまった。



「では、すこし質問タイムにしましょう」


 私が口下手(くちべた)だと思ったのか、転入生に対してのいつも通りの流れなのかは分らないが、美和子先生が発言件を子供達にゆだねた。

 すると一斉に手があがった。

 まあ、こんな転入生など見かけたら質問せずにはいられないだろう。


 先生が適当に一人の生徒を指さす。


 すると元気な声で、「おじさん、いくつなの?」


「37歳です」


「うちのお父さんより年上だ」


 そうか、君らのお父さんより年上か……

 しかし次の質問は思わぬほうに矛先(ほこさき)を向けた。


「先生はいくつだっけ」


「えっ、私は28ですね」


 照れくさそうに美和子先生が答える。女性に年齢を聞くことはタブーだが小学生にその理屈は通じない。

 先生は28歳とかなり年下だった、年上の部下をもった上司といった感じで、これだけ年が離れていると先生としてはちょっとやりにくいだろう。



 子供たちから次々と質問が飛んでくる。


「身長は?」


「179cmです」



「建築会社ってなにをするの」


「ビルを建てたり、直したりします」



「どこに住んでるの?」


「こちらに引っ越してくる予定ですが、それまで私はどこどこに住んでおりました」


 ここでどっと笑いが起きた、なにかおかしな事をいっただろうか?


「『私』だってへんなの」

「おとこなのに、おんなみたい」

「女子みたい」


 確かにいわれれば、小学生のときは『私』というのは女子くらいのものだった。

 教室がざわついていて、いつまでも静かにならない様子を見て、先生がさとすように言う。


「でもみなさん聞いて下さい、社会にでれば男性でもほとんど『私』というようになりますよ」


「ほんとうかな」

「そういやお父さんも電話では『私』っていってたよ」


 だいぶ静かになったが、まだ話し声が聞こえてきた、しかしそれを(さえぎ)って先生が授業を仕切る。


「もうこんな時間ですね、最後にいつもの小テストをします」


「はーい、わかりました」



 いきなり小テストをする事になるらしい、でも小学生のテストくらいは訳はないだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ