中年(?)野球 5
リトルリーグ、第3回戦の準決勝。私が先発投手として登板する事となった。
私が出場することで相手チームの親御さんがどんな反応を示すかが気にかかる。
ピッチャーマウンドから相手側の観覧席を見ると、どうやら自分の子供の応援に夢中なようで、私の事など気にもとめていない様子だ。
すこし安心をした。私も小学生をやり直して2年目を迎える、周りに馴染んできて小学生の輪の中にいてもあまり違和感がないのかもしれない。
心配事が一つ消え、私は試合に集中する。
小学生でもある程度は打てるような球を投げる事もできるが、やはり手を抜くような事は失礼にあたるだろう。
私は全力をもって投球をする。外角低め、ストライクゾーンから外にボール2つ目あたりの位置に狙いをすませ、右腕からボールへと力を乗せるように解き放つ。
放たれたボールは、ほぼ狙いどうりの位置に収まり、スパンと小気味よい音が聞こえてきた。
相手打者は身じろぎもしない、球はボールなので相手の選球眼が良く見送ったのか、まったく反応出来ずに見逃したのかはまったく分らない。
続いて私は2球目を投げる。内角ぎりぎり、低めのストライクを狙う。
足から腰、腕の先からボールへと意識を移しボールを投げる。最初の球で相手が反応出来なかった事で無意識に安心をしてしまったらしい。球が上目の甘めの位置にズレてしまった。
とたん、カキーンと金属バットの音が響き、強烈なピッチャーライナーが返ってきた。
私はとっさにボールを取ろうとするのだが間に合わず、グラブにぶつけて威力を半減させる事しかできなかった。後ろに転がったボールは三遊間の方へと転がっていき、ショートの選手がボールをつかんだときには相手の選手はすでに一塁へと駒をすすめていた。
これは侮れない、前回の練習試合の時にはヒット性の当りは出なかったと記憶しているが、少し甘めの球を放っただけでたやすく当ててきた。相手チームの監督さんは、私に対策する特訓をしてきた言っていたが、これほどまでに簡単に打たれるとは思いも寄らなかった。
この回は、バントで先頭打者を手堅く進め、犠牲フライでホームへと帰り、相手チームに1点が入る。
その後の打者は何とか押さえ込んで、追加点は許さなかったのだが、これは厳しい試合になるだろう。
1回の表の攻撃が終わり、我々の攻撃となった。
うちのチームの強みは強力な打撃陣だが、この回は良いところがなくあっさりと3人で攻撃が終わる。
ボールは打てない事はないのだが、打った後の相手の守備の処理がうまい。
流れるようなボールさばきにより、うちの選手はなすすべなくアウトとなっていく。
この鉄壁の守備を抜けて得点に繋げるのは不可能に近い。もし得点が入る事があるとするならば、かなりの運か偶然が重なる必要がある。
普段の試合なら草野球の球場で、デコボコのあるグラウンドなので変則的なバウンドで相手もミスをしてくれそうだが、残念なことにここは整備の行き届いたプロの野球球場だ。奇跡は起こらないといっても良いだろう。
2回の表、我々は再び守備につく、相手チームの成長は目を見張るものがあるのだが、成長をするのは子供だけではない、ここで私は最近覚えたシュートとスライダーを投球に加える。
切れの悪いシュートと、しょぼい曲がり方をするスライダーなのだが、それでも効果はあるようでクリーンヒットだけは押さえる事はできた。内野ゴロと凡フライに打ち取り、この回は事なきを得る。
しかし覚えの早い子供達相手にどこまで通用できるのかは分らない。後半になればなるほど打たれそうだ。
そうなるとやはり守備力の差で負ける事となるだろう。
2回の裏、我々の攻撃。
ヒットを打ち、塁にでることはできるのだが、そこからまったく繋げることができずに2塁を踏ませてもらえない。続く打者を見事に押さえ込まれ、我々の攻撃は簡単にあしらわれた。
3回と4回と5回はお互い打者に良いところがなく、あっさりと交代となった。
このまま膠着状態が続けば実力で勝る相手チームがますます有利になるだろう。
6回の表、敵打者を凡フライに打ち取るのだが、こちらのエラーで出塁を許してしまう。
このミスにつけ込まれて、バントと犠牲フライの連携で一点を失う事となった。
相手のチームはここまでコールドゲームで勝っているので、うちのチームのようなおおざっぱな攻撃方法をとると思っていたのだが、どうやら違うらしい。我々には無い精密な連携プレイも持ち合わせている。
6回の裏、相手チームの投手の投球数が制限に達して交代となった。
つたない投手が出てくる事を我々は望んだのだが、その淡い期待は裏切られる。
先発のピッチャーと甲乙付けがたい完成された投手が登板してきた。
相手チームの選手層は厚そうだ、おそらく近隣の有望な少年は、全てこのチームでせしめているのだろう。
紅白試合に人数を欠き保護者の方の参加が必要な、我々のチームとは事情が違いすぎる。
7回の表、私の投球数が制限に達する。しょうがない。
私は監督と話し合い最終手段をもちいる。ここに来て今まで隠し通してきた秘密兵器の投入となった。
キャプテンのカケルくんを投手として起用する。
私が彼の才能に気がついたのは半年ほど前の事だ。変化球を教えると、彼はまたたく間に吸収していった。
今や5種類のえげつない曲がり方をする変化球を使いこなしている。いまや投手としては彼の方が上だろう。
私の降板で相手は油断していた、おそらく他にろくなピッチャーは居ないと踏んでいた事だろう。そこにこのカケルくんの登板である。この回は相手のバットはかすりもせず3者凡退となった。
いまのところは2対0と負けてはいるが、このままカケルくんが0点で押さえ続けられるのであれば、もしかしたら勝てるかもしれない。
7回の裏と、8回の表は双方共に目立ったヒットは無く、チェンジになる。
8回の裏、我がチームの打線が繋がる。2塁打が続き1点を返す事ができた。
ホームへと帰ってきたせいりゅうくんは得意満面に仲間とハイタッチを交わす。
引き続き点が欲しいところだったが、相手の守備が崩れる事は無く、追加点とはならなかった。
9回の表、カケルくん、のボールに早くも相手は合わせてくる。バットに当たり始めるのだが、内野ゴロしか打てないようだ。無難に乗り切り9回を守り切った。
9回の裏、2対1で負けている、僅差なので一発が出れば逆転も可能な状況だ。
こちらの先頭バッターは運良く守備の隙間をつき、一塁へと走者がでるものの。続くバッターはあっさりと三振とキャッチャーフライに打ち取られる。
この局面で打順はキャプテンのカケルくんに巡ってきた。
カケルくんは、バットのグリップをぞうきんを絞るように強く握る。バッターボックス入り、睨むように相手を見据える。
そして放たれたボールに向かい力強くバットを振り切った。ゴキンとやや鈍い音をたてボールは放物線をえがき、外野へと向かう。
これがマンガかアニメなら逆転ホームランのシーンなのだろうが、現実はそううまくはいかない。ややつまり気味の打球はライトのグローブの中に収まり、試合終了となる。
そして最後にチーム一同がグラウンドに並び、
「ありがとうございました」
挨拶をかわして、我々のチームのこの大会はここで終わる。
なまじ勝てそうな試合だけだったので、チームメイトは落胆の色を隠せない。
以前はこのチームにボロ負けをしても笑っていられた。それはあまりにも実力差がありすぎて、どこか芸能人のような特別な遠い存在だと子供達は思っていたのかもしれない。
しかし今や勝利が手にとどきそうな場所にあり、我々もおなじ舞台に立っていると自覚できるほどの実力を備えている。
悔しがるということは、それだけ成長した証だ。
その証拠に真摯に野球に取り組んでこなければ、これほど感情は表に出てこないだろう。
すこし目の潤んだカケルくんとせいりゅうくんの肩をポンと手で叩き、我々はベンチへと引き返した。
ベンチに戻ると桐原さんが待機していて、なぜだか涙目をしているように見えた。
彼女もこの試合を見ていて何か思うところでもあったのだろうか。
もし何か人に訴えかけるような試合が出来たとするならば、たとえ負けたとしてもそれは選手冥利に尽きるというものだ。
後日、教育再生法に基づき、被験者の中学生での公式野球の出場が認められた。
おそらく桐原さんの差金であろう。あの人は私に何をさせたいのだろうか……




