修学旅行 8
小滝を見た後、我々は戦場ヶ原の湿地帯を歩いて居る。
見渡す限り枯れかけた草原が広がり、かなり見晴らしがよい。
所々にはススキが群生していて、白い穂が風になびいていた。
月でもでていれば、名画のような光景なのだろうが、残念ながら今は昼前でそのような状態とは程遠い。
その代わりに遠くの山が見え、そこには美しい紅葉が広がっているのだが、慣れとは恐ろしい物でもう紅葉を見ても特に何も感じなくなっていた。ようは見飽きてしまったのである。
大人の私でさえかなり飽きが来ているので、さらに飽きっぽい子供達は言うまでも無い。
風光明媚なススキの平原を、周りをろくに見ずに黙々と進んでいく。
結果として予定よりだいぶ早く、バスとの待ち合わせ場所へと着いた。
そしてこの到着時間の前倒しが、思わぬサプライズに繋がる。
バスに乗り、席についたのだが、先生方がなかなか乗ってこない。
窓の外を見ると先生方とバスガイドの方が、時計を見ながら何か相談をしている。しばらくすると、話しがきまったようだ。バスガイドの沢畑さん乗り込んできて、重大発表が行われる。
「みなさん、時間が余りましたので、急遽『竜頭の滝』へと立ち寄る事になりました。
時間はあまり無く10分ほどですが、日光の『華厳の滝』『湯滝』に並ぶ『竜頭の滝』を心ゆくまでご鑑賞ください」
その発表に子供達が沸く。
「やった!」「見たかったんだ」
そんな声が聞こえてきた。
この竜頭の滝は本来なら初日に見る予定だったのだが、渋滞に巻き込まれてしまったので予定がキャンセルされてしまっていた。どうやら子供達はこのイベントを楽しみにしていたようだ。
これはあまり良くない状況と言えよう。
バスが動き出すと、テンションの上がったせいりゅうくんが、待ちきれずに沢畑さんに質問をした。
「竜頭の滝って、ドラゴンにみえるんだよね?」
「そうですね、昔の方が滝が竜の頭に見えた事から、この名前がつけられたようです」
「おおー」
子供達からどよめきが上がった。
子供達は沢畑さんに騙されている。
まあ、ガイドの仕事だからしょうが無いのだが……
そこで私は子供達のダメージを和らげる為に精一杯の抵抗をする。
「落差や規模は、華厳の滝や湯滝とくらべるとたいした事はないですよ」
そう、警告をするのだが。
「でも『竜の頭』だよ」「ドラゴンだ!」「かっこいいに違いない」
希望に目を輝かせ、子供達は答えた。
私は無力だった。
子供達は、いったいどのような凄い光景を思い浮かべているのだろう。
実態を知っている私には思いも寄らない。
バスの中ではこの話題一色となり、滝のイメージがさらに膨れ上がる。
私の前の席の、のりとくんも「僕も楽しみにしてます」と言い出す始末である。
『違うんだのりとくん、そんなものではないのだよ』
そう言ってしまいそうになったが、なかなかこういったことは言いにくい。
もしかすると難病を患者に告知する医者も、こういった心境なのかもしれない。
そして無情にもバスは竜頭の滝の駐車場へとたどり着き、子供達はバスから飛び出すように出る。
美和子先生をせっつきながら進んでいくと問題の竜頭の滝へと到着し、その光景を見る事となる。
紅葉が色付く山肌から、いきなり二本の風格を持った滝が現れる。
華厳の滝や湯滝には及ばないものの、なかなか威厳のある滝なのだが……
「?」「?」「?」「?」「?」
その様子はすべての子供達の頭の上に疑問符が浮かんでいるように見えた。
「どこが竜の頭なの」
子供達が至極真っ当な質問を私に投げかけてきた。
「ええと、あそこら辺が頭らしいと言われているらしいよ」
滝の辺りを指をさしながら、限りなくあやふやな解説をする。
「どこが?」「なんで?」「どうして?」
まあ、納得いかないのは分る。どこをどう見たって竜の頭には見えない。
子供達は私では埒が明かないと判断したのか、同行しているバスガイドの沢畑さんにが群がった。
しかし沢畑さんも、また私と同じような、答えの得ない謎の説明がなされた。
この滝の問題点はその名前に由来する。
それは観光ガイドの解説をみても、ワィキペディアの解説をみても、その説明には納得がいかない。
私もさまざまな角度の写真を見ながら、なんとか竜に見えないかとかなり苦心したのだが、どこをどうやっても竜には見えなかった。
誰がこの名前をつけたのだろうか?
現代なら詐欺に問われ、命名者は損害賠償を支払う事になるだろう。
傷心した我々は癒やしを求め、次の目的地の日光東照宮へと向かう。
紅葉と紅葉、ここにきて漢字が同じ事に気がつきました…… orz
書いている時は、気がつかないものです。
後でルビを振っておきます。
なお竜頭の滝に関してはウィキペディアの解説を引用すると
『二手の流れを髭に見立てたとも、中央の岩を頭部に見立てたとも言われる』
と、どうもこちらもハッキリしません。




