閑話 おっさん勇者と相対す?!
完結にしていましたが、もうちょっとだけ妄想が走りましたので暇を見つけて更新します。
初の『勇者と女神の痴話喧嘩』から一か月がたった。カエデちゃんの希望でヒカル君への対応を任せていたんだがそろそろ我慢の限界が近づいているのが現状だ。なんせ夕食時にやって来てはうちの看板娘に絡んでいるため、はたから見たら『妻に逃げられた夫』状態に見える。そしてその後ろに女が12人の女が厳しい目つきでその光景を見ているとか軽いホラーである。ちなみに男はそんな光景を肴に一杯やっている、どの世界でも痴情のもつれはいい酒の肴なのであった。
「ヒカル、ほんといい加減にしてよ。私はここで働けて幸せなの!少なくとも色魔に成り下がったあんたのもとよりおじちゃんの元にいるほうが安全だと判断したの」
「目を覚ましてくれ!カエデはいつも俺と一緒にいたじゃないか!俺にはカエデが必要なんだ!」
「はぁ、ヒカル?まったく誠意のかけらも感じられないわ。本当にそう思うのならせめて後ろの12人を何とかしてから話に来なさい!まぁもう手遅れだけどね」
そんな話を聞いていた男とお客も勇者の後ろに陣取っている女たちを見ながら『まったくだ』と思っているが、それは至極まともな意見だといえるだろう。というか、女を口説きに来ているのに冷気漂うハーレムメンバー同伴とは...この勇者すでに末期である。
「ヒカルよぅ、いい加減諦めろや。カエデの嬢ちゃんの意思は固いぞ?それに口説くなら一人でこいや、見ろ、お前たちのせいで書き入れ時なのにお客がすくねぇじゃねぇか」
そう、男ほど図太い神経ならこれを肴に酒を飲めるが一般市民にそこまで図太い神経の持ち主はまれなのである。おかげでこの一か月の売り上げは右肩下がりだった。
「カンザキ名誉公爵は黙っていてください!コレは俺とカエデの問題なんだ!カエデ、一緒にパーティーを今まで組んでいたんだ、お願いだから俺のそばにいてくれ」
「おいこらヒカル!俺はここではただの『男』なんだよ!名誉公爵なんて知らん。ったく、大将!冷酒2合追加で、あと魚のみそ漬け焼きな!」
「あいよ!」
「よろこんで~!あっヒカル、仕事入ったからとっとと帰りなさい。男さん冷酒はいつもの千本桜でいいです?」
「おう、今日はもう終わりか。カエデの嬢ちゃんお酌してくれよ!」
「だめですよ~、ここはそういうお店じゃありません。そういうのは奥さんにしてもらってください」
「あっはっは!そいつは仕方ねぇ」
そう言いながらカエデちゃんは冷酒を取りに厨房へ入っていった。それを見ていた勇者はプルプルと震えつつ大将を睨みつけながら叫んだ。
「カルロ!カエデを解放しろ!お前がカエデを惑わしているからあんなことを言っているんだ!」
指をさしながら言ってくるが俺にそんなことできるわけがねぇ。寧ろなぜその結論に行き着いたのかがまったくわからん。恋は盲目なのか、それとも12人のハーレムでどっかねじが飛んでったのか、どちらにしろはた迷惑なことには変わりない。
「ヒカル君、俺にはそんなスキルはねぇよ。っていうか男も言っていたが女口説くのに女連れで来るもんじゃねぇだろ。そんな体たらくだから幼馴染に振られたんだ」
「そっそんことはない!俺が振られるなんて......そんなことないんだ!」
「いや、きっぱり振られてんじゃねぇか。いい加減諦めるのが男ってもんだぜ?」
カエデちゃんの保護者としてもさすがに今のヒカル君にカエデちゃんを任すことはできない。俺も男だからハーレムについては理解できるが、それでも女連れてハーレム要員を口説きに来るとか、まったく理解できないな。男が言っていたラノベの超朴念仁主人公というやつなのだろうか?
そんなことを考えながら魚を焼いていると、カエデちゃんが冷酒用の徳利をもって戻ってきた。ちなみに冷酒用の徳利は、徳利の中に氷を横から入る場所が設けられており冷たい時間が持続するように工夫されているものだ。うちでは氷に塩を突っ込んでかなりの低温を実現している自慢の一品である。
「ヒカル、いいかげん帰りなさい。営業妨害で国王様にいいつけるわよ?」
カエデちゃんにそういわれて勇者はついにキレた。なんていうか顔を真っ赤にして俺に指さしながらキレた。
「けっ決闘だ!カルロ俺と戦え!」
「いや、なんでだよ。俺に勝ってもカエデちゃんの心が変わるとは思えんのだが・・・」
そう言いながら俺は魚をひっくり返す。魚に付いていた味噌だれが炭火へポタポタと落ちて、ジュッと音を立てて味噌が焦げるなんとも香ばしいにおいが立ち込める。ここからは魚の身が硬くならないように慎重に焼き加減を調整しつつ、適度に味噌を香ばしく焼き上げるテクニックが必要になる。特に味噌は焦げやすいため細心の注意が必要だ。
「くぅ!いい匂いがしてきたな。この匂いだけでも冷酒が進んじまうぜ」
「いや、俺が勝てばカエデも真実に気が付くはずだ!カエデを守れるのは俺しかいないんだ!」
ヒカル君はどうやら視野狭窄に陥っているみたいだな。しかしどうしたものか、カエデちゃんからは『私が説得します』と言われてたので、これまでは様子を見ていた。チラッとカエデちゃんのほうに視線を向けるとすまなさそうにこちらを見ている。そうこうしていると男が言ってきた。
「大将、決闘してやれよ。そろそろヒカルの坊主にも『現実』ってやつを見てもらわないといけない時期だしな。俺がやってもいいんだが、ここはカエデの嬢ちゃんの保護者としてバシッと決めてくれよ」
「はぁ、男がそういうなら戦うか。しっかし下町の食堂店主が勇者と決闘なんて前代未聞の話だな」
「すいません大将、私が説得しきれないばっかりに・・・」
そう言ってカエデちゃんが謝ってくる。これも保護者を引き受けた俺の役目だし、先のある若人への教育の一環として感がればおっさんの楽しみでもある。
「わかった、ヒカル君。決闘に応じようじゃないか」
「よっよし!じゃあ表に出ろ!」
ヒカル君が颯爽とマントを翻しながら出口に向かう。だが俺はそれに待ったをかける。
「まぁまて。取りあえずこの魚を焼き上げてからだ」
俺は焼き魚を慎重に裏返したのだった。
更新話数はそんなに多くない予定です