白い世界の中で
戦争・孤児・殺人の描写を含みます。
不得手な方は、此処で引き返してください。
決して グロくは書いていないつもりですが、苦手に感じたら、すぐに引き返す事を推奨致します。
また『話なげーよ、メンドクセェ』と感じた方も、不快をもよおす前に戻る事を お薦めします。
常用漢字ではない漢字の使用が多々あります。
誤字・脱字と共に、広い心で お赦しください。
12月10日-昼下がり。
降り積もる雪を見上げて、彼は 大きく息を吐いた。
彼の名は、シュリ=アルドフレイと云う。
緩い癖のある黒髪に 切れ長の瞳をした、かなりの美丈夫だ。
しかし、青年と表すには 若い。
目鼻立ちからして大人びているが、まだ 20代にも達していなかった。
彼は しんしんと降りしきる雪の中、針葉樹を背に 座っていた。
躯の芯まで染み入る寒さの中、シュリの零す苦しげな吐息だけが 静寂を乱す。
そして、それは 白く舞い、見えない何かに因って掻き消され 霧散してゆく。
また、無音の世界が戻った。
観念の臍を固めた彼は、最早 周りを見渡す事すらしない。
何処を向いても 絶望しかない事を知っているからだ。
《 これまで、か。》
シュリは、黙して佇む樹の根許に座り込み、幹に背を預けて 瞼を閉じた。
此処で、簡単に この世界の昔噺と、シュリの過去の話をしよう。
この世界は 9っの小大陸と、1っの島で成り立っている。
これ等は、飛行船でしか 行き交えない。
其々(それぞれ)が、深い霧の漂う海溝に分断されているのだ。
その為か、どれ程 大きな国家であろうとも、各-小大陸を食み出る事はなかった。
小大陸の1っ1っを『州』と呼び、大半の国家は その枠の中に収まっていた。
其処で、何10年も前に、小さな戦争が起きた。
歴史的に見れば、戦争-自体は そう珍しい事ではない。
しかし、この時の それは、世界に息衝く『人型』をした者達を別つに足る規模に発展した。
これまでも起きていた戦争であり、これまでと変わらない理由だった。
唯一 異なっていたのは、数世紀-毎に繰り返されてきた 2種族間の小競り合いに、欲深い他種族が便乗した と云う点だ。
本来は 全く関係のない この種族の介入に因って、戦争は その形を変える。
それまでは 1年以内に終焉してきた戦火は、時折 終息するものの、今以て 続けられていた。
勿論、戦争の主役も 理由も変わっている。
今や 領地を拡げんとする欲深い者達が、戦地の表舞台を跳梁跋扈していた。
彼は、曾ての戦禍で 家族を失った子供の1人だった。
何とか逃げ延びたは良いが、その身一っでの逃亡だ。
まだ幼かったシュリを待っているのは、荒れ果てた原野での野垂れ死にだけだった。
ひもじさの余り、樹の皮を剥ぎ 雑草の根を掘り起こして喰べた。
しかし、これですら 僅かに手に入る程度だ。
そんな物ばかりで、何日も何日も 生命を繋いだ。
幼い躯は、すっかり痩せ細っていた。
当て所もなく、荒野を彷徨い歩き続ける。
その為、顔色も 肌の血色も、土色に見える程 悪くなった。
たどたどしく歩む 小さな躯は、至る所が擦り切れていた。
それでも、寒さと空腹の余り 痛みは殆ど感じていなかった。
何処を どのくらいの期間 徘徊していたのかは、本人にも判らない。
幸運の上に 幸運が重なって 戦地から救い出され、シュリは 九死に一生を得た。
幼いシュリを助けたのは、アルカイン帝国と云う この戦争の一端を担う国家に籍を置く 軍人だった。
国に帰還すれば、貴族の当主 と云う身分の男である。
尤も、貴族とは称ばかりの 零落れ貴族の当主だった。
彼-デュオル=アルドフレイは、軍内では 特殊任務を担当し、60人近い部下を指揮していた。
飢えと寒さに耐えかねて シュリが潜り込んだのは、デュオルの部隊のテントだった。
5〜6歳の 幼い男児を見付けた時点で、殺す事も出来ただろう。
しかし、彼と 彼の部隊の兵達は そうしなかった。
何の気紛れか、彼等は、3日間 シュリをテントに匿い、密かに国へと連れ帰った。
後、シュリは、遠縁の子供として アルドフレイ家に引き取られる事となった。
他に頼る者もなかったシュリにとって、デュオルは 最も恩のある人物である。
アルドフレイ家の者達は、衣食住の一切合切から 教養•作法•武術に至るまでを、熱心に与えてくれた。
『恩を返す』と云えば 少々 大袈裟かもしれないが、そんな気持ちがなかった訳ではない。
立身や出世やら 地位やら名誉やら、果ては 或る種の野望まで懐いて、シュリは 戦場にやって来た。
素性を隠して 養子になり、貴族の一員になっているとは云え、彼は まだ若い。
或る事情で 武芸には長けたが、表向き 戦争の経験もない事になっている。
入隊-初期は、軍曹として就き、戦地に立つ頃には 少尉になっていた。
しかし、その身分にあったのも 極-短い間だった。
半年後、シュリは 分隊の指揮を任される中尉になる。
更に 半年の内には、大尉にまで昇進し 小隊を率いていた。
短期間での、目覚ましい出世なのは 云うを俟たない。
幼少から鍛え上げられた肉体と 武芸と、素早い判断力•決断力•行動力の為せる業である。
シュリは、これ等を高く評価されて 特殊任務に就く。
幾つもの 並外れた功績が認められた『結果』であった。
その軍務を 7ヶ月間 続けた後、シュリは 准佐に昇格した。
それと同時に、特務局から 政策局の実働部へ籍が移される。
外地の制圧を目的とする この政策局へ異動となるや否や、小隊-毎 前線に送り込まれる事となった。
実質上の、厄介払いである。
兎にも角にも、急に命ぜられて 最も苛烈な任務に赴いた。
最前線の中でも、此処は 特に過酷な地だった。
敵兵は 鼻先まで詰め寄り、昼夜を問わず 最前線の位置が書き換わる。
このせいもあって、武器も 情報も 食糧でさえも、此処へは 満足に届かなかった。
そんな場所だけに、敵も 近隣の戦区で闘う味方も、芥の様に死んで逝く。
大半の者が、闘う理由さえ忘れたまま この世を去る。
前線にいる全ての者が 血の匂いを嗅がぬ日はなく、同様に 鬨の声や悲鳴を聴かぬ日はなかった。
シュリにとって それは、まるで 曾ての戦争の様だった。
そんな訳で、現在である。
溜息をつこうとした彼の口から、低い呻きが漏れた。
「 …………ッ」
微かに歪められた顔は、血色も 色艶も悪い。
それも その筈、シュリの右脇腹からは かなりの血が出ている。
出血は 服を染め、彼が身を預けている場所を紅く染めていた。
放っておいては、生命に係わる外傷である。
このまま、自分も 雪に埋もれ尽くされてゆくだろう。
白い世界で、周りの者達と 同じになるだろう。
いつしか、餓えた獣の餌にでもされるだろう。
そう、ぼんやりと考えていた。
しかし、次の瞬間には『どうでもいい』と思い改める。
此処には、彼を助けるものなどいない。
そして、彼の部隊の全滅を知る者もいない。
自分が死んだ その後の事など、考えたところで 詮無いと気付いたからだ。
シュリは、背にしていた大木の幹へ体重を預けたまま 眼を閉じた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
ふと、シュリは 音を聴いた。
この寒さのせいか、傷の深さのせいか、雪の中で 眠りに就いていたらしい。
いつの間にか遠退いていた意識が、ほんの僅かに戻った瞬間だった。
多量出血のせいか 極寒の中にあるせいか、躯の感覚がなかった。
良く死ななかったものだ、と 思う ゆとりはなかった。
《 あぁ、死んだんだな。》
故に、何の悲哀もなく そう感じた。
大怪我をし 動けない自分は、雪の中に埋もれて死ぬ と思っていたし、事実、そうなるしかなかった。
共に戦ってきた仲間は、彼の周りで 一足先に旅立っているのだから。
場所が場所だけに、他陣営からの助けが来るとは考えられない。
今-此処で 部隊が、敵-共々 全滅した事など知る由もないだろう。
また、判っていた者がいるとしても、態々 助けに来るものでもない。
この辺りの前線司令部を任されている者に因り、シュリの部隊は 捨て駒にされたのだ。
最初から それが判っていただけに、今の状況下にあって 彼は諦め切っている。
また、ばさばさ と、雪が落ちる音がした。
すぐ近くで、雪の塊が落ちたらしい。
周りは、針葉樹の森だ。
積もった雪の重みに耐えかねて 撓んだ枝から、雪が滑り落ちたのだろう。
そんな事を、ぼんやりとした頭で 感じている。
《 死んでも、音は聴こえるものらしい。》
うっすら考える間にも、雪は 小さな塊で落ちている様だ。
再び 希薄になろうとする意識の邪魔をするが如く、音は お構いなしに続いている。
永らく 静けさの中にいたせいか、やけに喧く感じた。
そんな彼の肩に、何かが触れる。
左の肩に続き 右の肩、そして 頭にも 何かが触った。
《 ……こう云う死に方か。》
森の肉食獣が、新鮮な食糧の匂いを嗅ぎ付けて やって来た。
そう思ったのだ。
周りにある 30体近い屍体や 40人分の肉片ではなく、まだ生きているシュリのほうが 美味そうなのだろう。
瞬間的に、そう考えた。
最早 痛みを感じはしないだろうが、生きながら齧られるのは 流石に ぞっとしない。
《 どうせ 遁れようもないなら、何に殺されるかくらい 知っておこう。》
《 せめて、縡切れる寸前まで 睨み据えながら喰われてやろう。》
そう考えて、シュリは ゆっくりと眼を開けた。
ーーーー白い世界だった。
雪の降り積もる森にいた筈だが、全てが雪に覆われたかの様に 白-以外の色は見えない。
立ち並んでいた木々の幹すらも 雪に隠されたのか、辺りは 白一色だ。
そんな世界の中に、少女が1人 佇んでいた。
淡いグレーの フード付きのコートは、その模様から、雪豹の毛皮で作られた 珍しい物だと思われる。
少女は、足首まであるコートを、細い身に纏っている。
歳の頃は、10代になるか ならないか。
小柄で 細身で、幼いと云って良い年齢でありながら 幼さのない表情で、佇んでいる。
一言で云って、異様な光景だった。
此処は、戦場である。
少なくとも、シュリが 此処に座り込む 数分前までは、激戦区-ど真ん中だった場所だ。
子供であれ 大人であれ、一般の女がいる所ではない。
かと云って、どちらかの国の兵士とも考えられない歳と 出で立ちだ。
軍服を纏っていない事や、武器を携帯していない事からも、軍人でない事は 確かだろう。
更に、この寒空の下で 物珍しい毛皮のコートだ。
中々(なかなか) 有り得ない服装をしている。
普通ならば、怪しむなり 警戒するなり すべきところだろう。
しかし、今のシュリは、意識を保っているのが やっとの状態である。
《 お迎え、か。》
シュリは、作り物の様に整った顔の少女を見て、ヒトではない と思った様だ。
衣服から覗く肌は、一度も陽に焼けた事がないのではと思う程 白い。
肩まである髪は、やや黒みを帯びた銀に輝いていて、真っ直ぐに伸びていた。
毛皮のコート越しにも、大人に成り切らない躯だと判る。
見た目の通り 幼い子供でもない様だが、然して 大人でもない少女なのだろう。
《 こんな〔死ノ妖精〕も、いるのかもしれない。》
朧に、そう考えた途端、彼は 笑い出した。
勿論、酷い怪我をしている シュリは、思い通りに笑う事すら出来ていない。
だが、もう死ぬと判ったからには 躯を気遣う必要もなかった。
出血やら 残りの体力やらを気にせず、最期くらいは笑っておこう とでも思ったのだろう。
そんなシュリを、少女は 2〜3メートル離れた所から 見詰めていた。
苦しそうに息をし、それでも 繰り返し小さく笑う彼を、少女は、ただ静かに見詰めている。
「 ……冷酷なもの だ、な」
思わず そう呟いたが、皮肉などではない。
寧ろ、この対応のほうが 誠意がある様に感じた。
死に際し『大丈夫』だの『怖くない』だのと言われるよりは、余程 現実味がある。
戦争だ 軍務だとは云え、彼は 沢山の生命を絶ってきた。
任務だとは云え、汚れた仕事も 数多く熟している。
今更、天国など逝ける筈がない。
赦されるには、余りに多くの血に塗れてしまっている。
死の世界から迎えが来るなら〔天ノ御使い〕よりも〔地獄ノ使徒〕のほうだろう、と 自分でも思っていた。
今 眼の前に佇む者は、哀れみや同情と云う心を 全く持ち合わせていないらしい。
差し詰め〔無慈悲な天使〕と云った風貌だ。
その存在は、お伽噺や 神話と呼ばれる物の中に 息衝いていた。
そして、正しく これを連想させる存在感が、少女にはあった。
「スヴァーナ=フェルス、か……俺には、相応し い」
呟いたのも、自嘲の意からだった。
決して、眼の前の相手を蔑んでの言葉ではない。
尤も、当の少女は 気にしている風でもなかった。
先程までと同じ様に、ただ 無表情で佇んでいる。
こうなると、この少女が何者であれ 清々しさを覚えた。
表現は、少々 大袈裟かもしれないが、徹底している様には 好感すら懐いてしまう。
現実にいるのだとしても、死に際に視る 幻の類いだとしても、もう 気にはならない。
《『あの世』とやらに連れて逝くのが この少女なら構わない。》
心から、そう思ってしまう程だった。
シュリは、薄く笑みを浮かべて 眼を閉じた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
風の音が聴こえた。
最初は、耳に届いた音が 風のものだと判らなかった。
またしても、意識が希薄になっていたらしい。
今 自分が何処にいるのか、一体 何をしていたのかすらも判らなかった。
数分の間は、まだ生きているのか もう死んだのかも判らない程だった。
そんな状態で動けるものではなく、また 動こうとも思わなかった。
彼は、聴こえてくる音に 何の気もなく耳を傾けた。
風は、どうやら強いらしい。
霰も混じっているのか、強風の中に、時折 ばちばちと云う音も混じっていた。
強く吹き、一瞬 熄んで、また 烈しくなる。
そんな中、シュリは 眼を閉じている。
頭を働かせる気にはならないが、拒み様もなく 入ってくる音だ。
仕方なく聴いている内に、或る疑問が湧き起こってきた。
《 …………風が 吹いて、ない?》
耳は、断続的に吹き荒ぶ 風の音を捉えていた。
しかし、彼の体には それが感じられないのだ。
どう聴いても 随分と荒れた天候になっている筈だが、シュリの躯には 微風すら触れていない。
何かで遮られた場所なら、同じ状態が有り得る。
家の中にでもいれば、極-普通の事である。
だが、此処は 森の中だ。
周りに、彼を風から護れそうな灌木の群れや 茂みもない。
此処にあるのは、背を預けている針葉樹だけだ。
幾ら 立派に育っているとは云え、荒れ狂う風から シュリを護れるとは考え難かった。
そうなると、余計に 気になるものだ。
一体 何が自分を強風から護っているのか、確かめたくなった。
本当なら 瞼を動かす事も気懈かったが、シュリは 眼を開いた。
見えたのは、相変わらず 白い世界だった。
一面を 雪で埋め尽くされたのか、視界の全てが 真っ白に染め抜かれている。
明る過ぎず 暗くなく、純白の世界が拡がっている。
その中、相も変わらず 静かに、あの少女が佇んでいた。
《 …………もう 死んだのか?》
そんな風に思う程、少女-以外の全てが 掻き消えた世界だった。
眼だけを動かして辺りを見回してみたが『明るい白』があるだけだ。
そして、無風の中、強風の音しか聴こえない。
この不思議な状況が、更に 現実味を失わせている。
シュリは、眼の前の少女を眺めながら『こんなものか?』と思う。
死とは、誰にとっても未知のモノだ。
体験して 戻る事が赦されないだけに、想像するしかない。
勿論、死後の世界について 真剣に考えた事はない。
だが、今とは かなり違うモノをイメージしていた。
良く言われるところの『肉体の痛みや 重さのない』『芳しい香りの漂う』『綺麗な花畑が 果てまで拡がり』『美しい女性達の舞い踊る』『華々しくも 美しい楽園』。
または『僅かな光りを求めて 色艶の悪い亡者達が群がり』『 大鎌を持つ存在に 追い立てられ』『血の池や 屍の山が連なり』『骨の森の拡がる 薄暗い地』。
大雑把に、そんな世界だろうと思っていた。
しかし、此処は そのどちらとも異なる。
天国の様な花園でも、地獄の様な暗闇でもない。
ただ 白い世界だ。
広いのか 狭いのかも判らない、距離感の薄い世界だった。
少女は、同じ場所に 同じ様に立っていた。
最初に姿を見た時から、どれ程の時間が経っているかは 判らない。
だが、記憶する限り、姿勢にも距離にも 変わりはなかった。
人形や 幻影であるかの如く、表情さえ変化しない。
《 本当に、幻影か?》
そう思う程、少女は 動こうとしない。
生き物だと云う事が 辛うじて判るのは、時折する 瞬きくらいだった。
長い睫に縁取られた 宝石の様な瞳を、シュリは じっと見詰めた。
少女の瞳は、シュリを見詰めて 揺るぐところがない。
傷を負い、今にも死にそうな男を前に、この少女は 全く怖じるところがない。
勿論、周りには 何10もの屍体などが 無造作に転がっている筈だが、それすらも 気味悪がりはしない。
横も 後ろも振り返らず、只管 眼前の若き帝国軍人を瞰している。
決して 手の届く場所ではなく、かと云って 遠い訳ではない。
この間合いが、シュリに対する 少女の距離感らしい。
古くから、死する者の許には〔死ノ妖精〕が現れると語られてきた。
美しい冥界の使者が現れ、死者を 逝くべき場所へと導く……と、お伽噺にもある。
シュリも、小さい頃 そう聴いた憶えがあった。
それだけに、少女を見た時には『將に』と思ったものだ。
しかし、どうも 違和感がある。
数メートル先にいる少女は、其処に佇むばかりで シュリを搬ぶ気配もないのだ。
《 ひょっとして、しぶとく生きているせいで 連れて逝けないのか……?》
思わず、そんな事 を考えて 鼻先で軽く笑う。
この少女が 本当に〔死ノ妖精〕ならば、自分の許に現れた時点で 死は確定事項だ。
この状況に、この傷で、この出血量。
死ぬのは、もう 時間の問題だろう。
どう足掻いても 遁れられないのだから、せめて 心静かに逝きたかった。
《 それに、こんな少女に看取られて死ぬのも 悪くはない。》
シュリは、また 眼を閉じる事にした。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
音が聴こえた。
今までとは違い、自然の音ではない。
がちゃがちゃ、と やや不躾な音だ。
いろいろな種類の音が入り混じっている。
それは 遠くから、何かを探している様な動きで 近付いて来る。
意識が朦朧としながら それを耳にしたシュリは、何よりも先に『喧い』と思った。
いつの間にか吹雪の音が熄んでいる事など、最早 注意の範疇ではない。
近かったり遠かったりする 様々な音が、耳障りで仕方がないのである。
暫く聴く内に 幾つもの金属と、何人もの人の声と、荒々しく雪を踏む 沢山の足音だと判った。
此処は、一時的とは云え 戦場だった地だ。
敵なのか味方なのか まだ判らないが、やって来たのは 兵士なのだろう。
そうなれば、自分にトドメを刺しに来た者か、将又 助けに来た者か、その どちらかでしかない。
生命の危機が迫っているかもしれない状況だ。
それでも、感じるのは 不快だけだった。
ずっと、深く微睡んでいたかった。
それを 邪魔されたのだ。
さっさと静かになってほしかった。
不愉快さに、思わず 顔が歪む。
「生きてる!」
誰かが、間近で 驚いた様に叫んだ。
「アルドフレイ准佐が生きておられるぞ!」
驚いた様な声が 波紋の様に拡がり、追随する様に 違う声が同じ事を叫ぶ。
呼応して、シュリの生存を喜ぶ言葉が 様々な声で連呼された。
その全てが、大人の男の声だった。
どうやら、助けに来た者達らしい。
喜ぶべき状況だが、気力も 体力も尽き掛けた体には、歓喜の声も 拮く響いてくる。
シュリは、不機嫌-そのままに眉を顰め 口許を歪めた。
それに気付かないのか、周囲の者達は あれこれと声を張り上げ続けている。
疲弊し切っている 今のシュリは、救助の声すら 騒がしくて仕方がない。
眠る事が出来ず、彼は 苛立ちを含めて 低く呻いた。
「お迎えにあがりましたよ、シュリ様」
耳許で、そう囁く声がした。
先程とは、また 違う声である。
そして、憶えのある声だった。
しかし、すぐに誰とは判らなかった。
はっきり保てない意識の基では、思い出そうと集中する事も侭ならない。
仕方なく、シュリは 片眼を開いた。
うっすらと、人らしい影はあるが、殆ど見えない。
近い場所に顔があるくらいの事は見えても、輪郭が 酷く ぼやけている。
暫く努力したが 改善する兆候はなく、傍にいるのが誰か 判別出来なかった。
シュリの眼は、焦点を合わせる事が困難になっていた。
そもそも、かなりの怪我だったのだ。
失血の量と 雪の中に放置された時間からしても、当然の事である。
《 どうせなら、耳から ぼやければいいのに。》
そんな事を呟く暇さえ与えず、周囲は シュリの運搬準備に取り掛かっている。
発見から 5分と経たない内に、シュリは 担架らしき物に載せられた。
シュリは、この後 負傷に因る戦線離脱となり、本国-アルカイン帝国に戻ります。
アルドフレイ家に戻っての療養中にも ロズベルク達の刺客が差し向けられますが、使用人に 呆気なく返り討ちにあうとか あわないとか…。




