初挑戦です
抱き枕三十一日目。
試験明くる日の朝の事。朝食後に私がリエルルに今日の予定を聞くと。
「ギルドリングを貰いに、ギルドに行きます!」
と、言われギルドリングの存在を一夜にして忘れていた私は自身の記憶力の悪さを嘆いた。
その後、完全武装なリエルルとナナエルルに引きつられて転送魔術器を使用してギルドに出向くが、人が多すぎてカウンターにいるシェリナ嬢に中々会えぬ。
今迄、昼よりしか来た事がなかった為に朝の様子がわからなかったが、これは凄い。二人で大人しく順番待ちである。
後一人たるナナエルルは行列を見た瞬間に休憩所へ行った。椅子に垂れて待つのだろう。
リエルルと共に並んで待つ間。我々の一つ後ろには猫人種の親子がいたのだが、幼い息子さんが私の二尾を見てすげーすげー言ってくれるので尾で構ってみると、もふられた。
だが、くすぐったいだけで気持ち悪さなど皆無。やはり支部長が変なのだろう、いや分かってはいたが。
やたらと恐縮する母猫殿へ気にせず、と告げてリエルルに優しい目で見られながら息子さんを構っていたら私達の番になる。シェリナ嬢とイカに軽く挨拶、その後に本題の。
「此方がアツヒコ様のギルドリングです」
と、リエルルが受け取ったは大きな茶皮の首輪である。
御主人の手ずから付けて頂き首輪を装備、書類上においても完全な使い魔がここに誕生。シェリナ嬢と猫親子より拍手を頂いた。むふー、と鼻息を鳴らし満足していたらイカが触腕を激しく揺らしていたので右尾を出して握手。やはり気の良いヤツである。
シェリナ嬢と猫親子に別れを告げてナナエルルの待つ休憩所に行くと椅子二席をベッドへ、リュックサックを枕に使ってだらしなく垂れていた。彼女は何処でも変わらぬ。二席の内一席をリエルルに譲り渡したナナエルルは私の首輪を見て。
「ぴったりねー」
との感想を頂く。とても誇らしいのだ。さて、では迷宮に行くのかね? と聞くと二人から昼からと言われた。
「朝は待たされちゃうの」
「混むからいやー」
分かりやすい理由である。
お昼のギルドである。リエルル先導の元、二階へ三階へと上がって行くと空気が変わる。
一階の雰囲気は和気藹々としていたが、三階ロビーの作りは一階に似ている物の何処か殺伐としているのだ。何でも迷宮探索者専用ロビーであるとか、一階に比べて武装している者の何と多い事よ。
だがイカは変わらずにカウンターに居た、彼らもスライムの様に人種の生活に関わっているのだろう。ん、見た目は魔術師の男性が狼を連れて居るな、ご同輩かね? と私が色々周囲を観察していると。
「よう嬢ちゃん。最近こねぇからスライムに埋れちまったかと思ったぜ。何かすげぇの連れてんな?」
「こんにちは、ランガスさん。可愛いでしょ!」
リエルルが受付にいる牛の体で黒毛皮な筋骨隆々である男性に近づくと、彼から先に挨拶されていた。
リエルルがスライムを育てているのは有名なのか。と頷きつつ、しかしすげぇのかね私は? と感想を持つ。周囲から確かにじろじろと見られてはいるが。まあ朝の子供さんも言っていたし多尾の獣とはそういう物なのだろう。
「今日は迷宮に行くのかい?」
「うん。この子を連れてくの」
「アツヒコと申す」
「マジで喋るのな。ランガスだ、宜しく! んで、怠惰のナナエルルさんよ。あんたも行くのか? 珍しいな」
「たまにはねー」
ナナエルルが悪名らしき呼び名を言われているが余り彼女は気にして無いようだ。しかし怠惰とはまた何ともな二つ名である。百年働いた人間に怠惰もおかしい気がするが、普段の垂れているナナエルルしか私は見ていないので否定出来ない。すまん。
と、ナナエルルに心の中で謝っていたら。リエルルがカウンター上の書類に何かを書き込みランガス殿に手渡した。ランガス殿はそれを確認した後ランプを三個取り出してリエルルに手渡す。
「んじゃ、補充器は三つだな。持って行きな」
何を補充するのだろうか?
「ありがとう。行って来ます!」
「失礼する」
「またねー」
リエルルがランプの形をした補充器とやらを受け取りロビー奥にある十干マークが割り振られた個室の扉へ歩き出したので、着いて行く。あそこから迷宮へ行くのだろうか?
「今日は上の己にしとこっか」
「そうねー。その辺で良いと思うわあ」
と、リエルルが己という文字が大きく書かれた扉を開けた。
己か、五番目か四番目だった、か? 難易度とするなら真ん中になるのかね。リエルルが扉を開けてナナエルルが続いたので私も入る事にする。その中だが、白い幾何学模様が壁中に走る目に優しくない部屋である。慣れないと気持ち悪いなあ、これ。
「閉めたわよー」
ナナエルルが私が入った後に扉の鍵を閉め、リエルルに告げた。それを聞いたリエルルは壁に手を付けると。
「じゃあ、行くね。術式起動、己種迷宮、転送開始」
と呟いた。
《転送術式起動を確認。転送先、己種迷宮。ご武運を》
部屋の中にアナウンスが流れ、壁の幾何学模様が光りだした。
「むう」
光りだしたのまでは良いが眩し過ぎる! 目を開けて要られない為に私は目を閉じて光が収まるのを待つ事に。うぬ、幾何学模様の残像が気持ち悪い。目蓋の裏より光を感じながら耐える事数秒、光が収まったので私は目を開けてみたのだが。
「おお!」
そこは見渡す限り大草原という場所であった。背の低い草の絨毯が地に広がり続け、ポツポツと生える木が目を引くアクセントになっている。空は蒼く広がりなだらかな草原の丘と合わさって美しい対比を描く景色だ。実に雄大である。
「己種迷宮。ルーグ大草原です!」
リエルルより迷宮名を教わった。
迷宮というジャンルに疑問を感じざるを得ない光景であるが、神が創ったのなら何でもありなのかも知れない。まあ細かい事は良い、さて! 探索である! と私が尾に気合を入れ、リエルルが警戒用というビー玉程の大きさである魔術器を三つ周囲に放ち、ナナエルルが背に持つリュックサックより布シートを出して地面に敷き出した。
「ナナエルル、それは?」
「んー? お昼ご飯食べなきゃねー」
「パンと惣菜にしました!」
迷宮で?
暖かな日差し降り注ぐ迷宮の昼下がり、私達はシートの上で草原に吹く爽やかな風を感じながら食後の余韻を楽しんでいた。
「お昼寝したいわあ」
「寝てる時に襲われたら大変だよ」
「そうよねー、ふあー」
うむ、思っていたのとかなり違うのだ。昼食のパンは美味かったが、牧歌的すぎて気が抜けてしまう。なので、そもそもの目的をリエルルに聞いてみたのだが。
「今更だが、迷宮で何をするのだ?」
「迷宮に漂う神力をね、補充器に溜めるの。はい、これ!」
と、ランプを渡された。ふむ、これに神力とやらを溜めるのかね? とランプを地に置いて右前足で抑える。割と頑丈そうだなあ、これ。
ランプを弄りながら神力とはなんぞや。とも気になったが、単語や用語をリエルルに聞くと怒涛の勢いで脳みそに詰め込まれて私はオーバーフローを起こしてしまうので辞めた、情けなや。
所謂魔力のような物なんだろう、前に魔術器の動力を聞いたら確か神力と言われた気がする。
「どうやって溜めるのだ?」
「持って歩くだけでも溜まるよ。魔物を倒せばもっと早いけど」
「なるほど」
迷宮を歩き回りながら魔物を殲滅して神力とやらを溜める、と実に分かりやすいのである。良い事だ。
先頭をナナエルルが歩き前方警戒、続くリエルルが三つの警戒術器で左右と後方を担当、私はリエルルが不意打ちされない様に壁になる、という手筈で草原を歩き続ける。
ただ、歩き続ける。
十分経った。リエルルは警戒術器を動かしているのか、たまに白い杖を軽く振っている。ナナエルルは普通に歩いていた、二人の後に続く。
三十分経った。数の少ない木以外は目印になる物がない草原は方向感覚が狂う。太陽の位置か方位術器で方角を見るしか無く、確かにこれも迷宮と言える。山か森が欲しい。
一時間経った。咥えて持っていたランプを左尾に持ち替えて見て見ると中に淡い光が灯っている。これが神力とやらかね。
一時間半経った。草波映える雄大な景色もずっと見ていたら飽きが来る。そういえば、魔物だけでなく他の探索者にも会わない。理由を聞いたら迷宮に入口以外から入ると、阿呆みたいに広い迷宮の適当な場所に飛ばされるとか。割と危険じゃないかね、それは。と更に聞いたら甲種迷宮以外転移先は安全だそうだ。
二時間経った。暇である。気配はたまに小さな物を感じるがすぐに逃げてしまう。危険は望まないが、ちとさみしい。ランプを見ると先程より強く光っている、これで半分だそうな。つまり後二時間彷徨うのか、うーむ。
「魔物、いないのだな」
「大草原は広いから」
「ここのは弱いけどー、群れを作るのばっかりだからー、会うと面倒よー」
と、警戒しながら二人が教えてくれる。数の暴力は何処の世界でも健在のようだと考えていた、その時。私は何やら多くの気配を前方に感じて顔を前に向け止まる。ナナエルルも立ち止まり。
「あー。噂はやっぱしちゃ駄目ねー」
そう言った。
「魔物?」
と、リエルルが聞く。
「まだ、遠いけどねー。こっちに来てるわー」
見計らったようなタイミングである。出待ちでもしているのか、魔物共は。目を凝らして気配を感じる方向を睨むと前方の遠くより土煙が上がり私達の方へと向かって来ていた。更に目を細めてその姿を確認。
「あれは、…牛か?」
「軍隊牛ねー」
分かりやすいネーミングである。頭に角が幾つか生えているようだ。
「リエルルー。数を減らして貰えるかしらー?」
「うん。アツヒ、叔母さん。後ろに」
と言われたのでリエルルの後ろに待機する。
さて私初の御主人様の実力拝見である、刮目する! と私が思っていたら、ナナエルルは自身の尖った耳を軽く塞ぎ目をつむった。そんなに凄いのだろうか? とりあえず、私も尾で軽く耳を塞ぐ。
リエルルは黒ローブのフードを深く被り、何事かを呟きだした。白杖に走る幾何学模様より紫の光が出でる。
「術式展開」
一言目。リエルルの前方に四十センチ大の白い球体が空中に三個出現。
「丁種範囲雷撃準備」
二言目。白い球体は複雑な魔法陣を纏うと空中に留まりながら激しく回転を始める。リエルルは白杖の先端を牛の群れに向け。
「斉射!」
三言目。リエルルが言い放つと三個の球体は回転を辞めた後に光弾を発射、三条の光が放物線を描きながら群れの上空まで飛び。静止、地へ雷撃を放った。瞬間、轟音。紫の閃光が地を揺らし、牛の群れが作る土煙はそこで止まる事になる。
「お、おお…」
ファンタジーここにあり! 我が御主人は凄い方である!
「相変わらずー、派手だわあ」
「凄い! 凄いぞ、リエルル!」
「えへへ、ありがとう。アツヒ」
余りに素晴らしい妙技を見た私のテンションは天を突き抜けてしまい、考え無しにとある言葉を照れているリエルルに言ってしまった。思えば軽率であった。
「うむ! 私なんぞより遥かに凄い! …い?!」
その瞬間、空気が冷え込み私の背筋が凍る。その源はリエルルであった。
「あーあ…」
とはナナエルルの声。
「アツヒ?」
「は、はいい」
白杖をつき球体を従えながら私にゆっくり迫るリエルルはローブで顔を隠して俯き、その表情は伺えない。だが、雰囲気がヤバい。ナナエルルに受けた殺気とか、支部長の視線とも違う、根本的で本能が警告を発する恐怖。心が悲鳴を上げる、尾が股に来る。
「アツヒ」
「ぁ、あぁ」
私の眼前に座り白杖を地面に置いたら、私の顔を優しく掴み、覗きこんで、貴様は何を言っているのだ? と語る蒼き瞳を抱えて彼女は囁いた。
「多尾の獣はね、もっと凄いの」
さあ、青空教室の開始だ。
「戦っていないのに、疲れたよ…」
「お疲れ!」
現在、夕暮れの日差し込むリエルル邸のロビーソファにて、私は横になっていた。部屋着ローブなリエルルがこれ幸いとブラッシングしているのを甘んじて受ける。先程までの出来事を思い出しながら。
あの後、感情の灯らない声で延々とリエルルに多尾の獣がどれだけ素晴らしく、美しくて、気高く、強いかを語られたのだ。初日も感じたが、その連中は私と同じ種族とは思えぬ。
まあ、それは良い。良くないのは、あの無表情で光を灯さない目を持つリエルルにずっと知識を詰め込まれる事である。心へ恐怖と共に刻み込まれてしまったのだよ、これは一例だが。
「多尾の獣なアツヒはね、そこらの上級術式共が束になっても叶わない事を息をするようにしているのよ。貴方より私の方が凄いわけないの、分かる? だから二度とそんな」
駄目だ、余り思い出したくない。何か私の体と尾は凄いとしか覚えていない。彼女により優しく掴まれていたのに逃げられないという、恐怖講義は一時間程でナナエルルにより止められて終わった。正直女神に見えたのだよ、首をキメられても当分文句はいうまい。
そんな講義を受けた後、数を減らすどころか全滅してしまった頭に長くねじくれ曲がった角を五つ持つ軍隊牛とやらに近づいてランプの神力を貯めたのちに帰る運びとなる。帰りだがギルドリングの機能を使う。まずリングを意識し。
「術式起動、定置帰還」
と、呟けば所属しているギルド周辺に帰る事が出来る。私達の場合はレダナサルミア支部付近である。いきなり景色が変わった時は驚いた物だ。凄く便利だと思うが使えるのは二日に一回だそうで。なるほど、便利でも制約はあるのだなあ。とその時は疲れながらも感心した。
尚、牛の角など素材は持ち帰らなかった。この迷宮の品は二束三文らしい上に持ち帰れる数にも限度があるとか。無念。神力は安定した収入になるから十分だそうだが。
「上の迷宮に行けばー、又違うけどねー」
「今度、上のに行こうね!」
とギルドに神力補充器を返してリエルル邸に帰る途中、ナナエルルと感情が復帰したリエルルが教えてくれた。
私はそこ迄思い起こして楽しみなような、そうでも無いような。と感じた自身の思考に対して贅沢な獣だな、と更に考えて苦笑する。
「どうしたの?」
「いや、何でも無い」
次に迷宮へ行く時は、私が役に立てると良いなあ、とブラッシングされながら思…。
………。
このペースで行くといつ紐から脱出できるのだ私は?! いや、使い魔なのだから別に紐とか、そんな…。いや待て流石に何か収入が無いと気持ちがだな、そういえば神力の収入をリエルルに納めているでは無いか! うん。待て、待て待て、戦闘はリエルル頼みだったせいで歩いてただけだぞ私! そうだ家事、家事をしないと!
「家事!」
「えっ」
「なにー?」
変な思考ループに陥り、家事に着地した私は飛び起きた。だがリエルルを驚かせ、垂れていたナナエルルを起こしてしまった。反省する。
「あ、いや、すまない。家事をしないといけないなあ、と思ってな」
だが私のそんな決意は。
「明日で良いよ!」
可憐な笑顔を見せる御主人により持ち越される事になる。この後、ブラッシングを続けられて結局家事に携われたのは夕食の手伝いからであった。更にその後である。風呂に放り込まれ、ベッドに放り込まれ。
「今日は楽しかったね!」
「ゆったりできたわあ」
何か、このままズルズルと紐のままな気がする! と抱き枕にされながら私は寝ることになる。ぐぬう。