表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
但し獣につき  作者: 書鳥
6/7

試験です

異世界生活初日と足して抱き枕三十日目。

 早朝、三人同時に起き朝食を頂いた後、リエルルが篭ると夜まで出てこないスライム研究に向い、私は家の現状維持に昼迄家事をし、ナナエルルはソファで朝から夜迄ダラける。


これが、ここ最近定番となったリエルル邸の光景である。ナナエルルが穀潰しに見えるかもしれないがリエルルに食費と滞在費を渡してダラけているので問題無い、収入無しの私より立派である。

 寧ろダラけていないナナエルルが想像出来なくなってきた、殺気をぶつけられた時の緊張感は何かの間違いだったのではなかろうか? そうだ、殺気をぶつけられた時と言えば。


「ナナエルルよ」


前にさん付けでナナエルルを呼んだら、微妙な顔をされたので今は呼び捨てである。


「んぅー? なにー?」


私に呼ばれてソファにうつ伏せに寝ていたナナエルルが頭を上げる。この怠そうな雰囲気よ。


「隣の空き地の岩、どうにかしたいとリエルルに聞いたのだがね」

「あー、そうねー。アレ無ければ売れるのよねー」


彼女の声を聞くとどうにかしたい感じが余り無い気もするが、彼女にも世話になっているのである、世話になった気がする。…なったのか? まあ、良い。

 友人たる女性の悩み事を解決出来れば私も鼻が高いという物。今日の家事は終わり昼食も済み、リエルルに軽食も届けたし後は暇なのだ。


「毎日少しづつに成るが、岩を尻尾で削ろうか?」

「おー、ほんとにー? して貰えるなら助かるわあ」


と、ほんわかな気分にさせられる笑顔を頂いた。リエルルとはまた違うタイプではあるが何処か似ている気がする、流石親類である。

 親類といえばリエルルの親は共に多元迷宮に篭り夫婦共に戦い続けるバトルジャンキーだそうだ。リエルルとナナエルルの二人からは想像出来ない。まあ、それは良いとして。


「では早速」

「土地が売れたらー、山分けねー」

「それはありがたい」


報酬も貰えるとなればやる気が更に上がるという物、リエルルにプレゼントも出来る様になる。

 これは張り切らねばと家から出ようとした時に、ドアノッカーが叩かれた。はて、今日は来る日だっただろうか? と考えながらドアを開けると。


「こんにちは」

「おお、こんにちは」


ギルドの受付制服を着る銀髪犬耳娘シェリナ嬢であった。

 この人シェリナ嬢は何でも一人で暮らしているリエルルを気にして、たまに見に来るそうな。知り合いなのも頷ける。ちなみに私が家政犬をしだしてからのリエルル邸全来客一人中の一人でもある、何も言うまい。

 と、そんな貴重な来客の横にもう一人の来客を見つける。


「お久しぶりです、アツヒコ様。変わらずの美しい輝く白毛でございますね」

「え、ああ。…どうも?」


見事な礼を見せ微笑む白スーツ着込む黒狼男、アウルス支部長によく分からない褒め言葉を頂いた。そういう台詞はシェリナ嬢に言ってあげると良い。

 にしても何をしに来たのだ。とシェリナ嬢に説明を求める視線を向けたら目を逸らされた、こっちを向きなさい。だがどんな相手であろうと客は客である、対応せねばなるまいて。


「リエルルにご用事で?」

「ええ、リエルル様とアツヒコ様に。お話を、と」


私にもかね。ああ、確か審査の結果が今日だったか。

 ならばリエルルを呼んで来ないとな、とシェリナ嬢とアウルス支部長をロビーのソファへ誘い、待って頂く事にする。ナナエルルがいつの間にか茶の用意をしていたので任せ、私はリエルルを呼びに二階へ上がりリエルルに来客を告げた。


告げたらリエルルが慌てて仕事場から出てきて寝室に突撃、部屋着の灰ローブから外着の黒ローブへと素早くチェンジ。何か今日が審査許可の日だと忘れていたそうだ、何かに熱中したらままある事であるな、うん。私とかなあ!


私がうんうん頷きながら、慌てるリエルルの後に続いて一階へ降りるとナナエルルが支部長と何やら語り合い。シェリナ嬢が顔を赤くして俯いている光景に出くわした。


「の毛のねー。感触がこー、ずっもふってねー」

「なるほど」


私の毛か、毛なのか? ずっもふっとはどこの部位だね、首か?

 彼らに近づくとシェリナ嬢と支部長に私の首周りを見られる。シェリナ嬢にはチラリと、支部長には舐められるように。怖気が走る。私がどちらのとは言わないが視線に戦慄していた時の事。


「あては、胸の部分が好きです!」


御主人?







支部長がやはり尾でありましょう、と言い。ナナエルルが首よー、と告げ。リエルルが胸! と主張すればシェリナ嬢が目まで潤ませて顔赤く俯き、聞くに堪えない私がリエルルの足元で丸まっている事三十分。やっと本題が始まった。尚、論議は次回へ持ち越される事になる。勘弁して欲しい。


「一度支部へ来て頂いて、戦闘能力試験を受けて頂きたいのです」


確かにそれは必要だろう、ギルドに取っても私に取っても。

 だがリエルルは口を尖らせ不満そうであるし、ナナエルルも支部長に話しを通していたので以外そうな顔をしていた。


「あらー、駄目だったー?」

「アツヒの尾の能力はちゃんと伝えた筈ですけど…」

「ええ、勿論リエルル様と戦士ナナエルルを疑っている訳ではありません。ギルドが出来るだけアツヒコ様の能力を把握しておきたい、という此方側の都合なのです。私もアツヒコ様の身体能力は拝見させて頂いておりますので、尾との能力を合わせてリエルル様と組まれれば強力である。と本部には伝えたのですが、数字が無いと納得されない方も本部にはいらっしゃいますから…」


と、支部長は流暢に喋りながら理由を説明する。

 私の感想としては役所だなあ、である。まあギルドは事務仕事もかなり請け負うようであるし、そういう人が上に居てもおかしくあるまい。それを受けてリエルルが私に聞いてくる。


「アツヒ、ごめん。良い?」

「構わないさ」

「ありがとう」


リエルルが笑顔を見せてくれる。むしろ私がお願いしたいのだ。

 今、私が知っているのは尾が色々な物を分解して吸収し、ナナエルルの殺気を察知はできても体を抑えられたら抵抗出来ず、支部長からは逃げられなかった位だ。何か泣けてくるのだが、これは家事をしている場合ではなかったか?


「ありがとうございます」


支部長と今迄静かにしていたシェリナ嬢が礼をしてくる。主にリエルルにだろうが何か痒くなる、これは慣れん。と私がむず痒く思っていたらリエルルが日取りを聞いた。


「試験、いつ受けに行けば良いですか?」

「今からでも大丈夫です。勿論明日以降も」


とは先程の潤み目から復帰したキリッとした目のシェリナ嬢の説明。

 それなら早く行って早く済ませようとリエルルが外出の支度を始めたので、私は戸締りの確認をすることにした。

 戸締りの確認後にロビーでリエルルを待っている間、支部長がさっき言っていた私とリエルルの組み合わせとやらは、どんな物か聞いてみたのだが。


「リエルル様の周囲をアツヒコ様の尾で補い、リエルル様の雷撃魔術で敵を殲滅します」


我が御主人はかなり凄いようだ。






所変わって、四人と一匹もとい五人でレダナサルミア支部である。

 リエルル邸から徒歩五分にある奇怪なオブジェ、転送魔術器で支部前へ転送。それから徒歩一分合計六分で支部へ到着。車など要らない世界がここにある。

 と私が感動していたら左尾をリエルルに引かれたのでついて行く。大きな両開きの扉をくぐった先のロビーは相変わらず様々な種族で溢れていた。

 カウンターのシェリナ嬢の席には交代したのだろう赤い髪持つ人間種の男性が居る。ついでに私を見つめるイカも居たので尾を振って挨拶してみたら触腕を振り返される、やはり気の良いヤツであった。


「おい。あれ」

「ん?アウルス支部長じゃないか。…二尾の獣と一緒だと?」


私達を見て御約束の意味深な台詞をくれた方々も居たが、私からすると二足歩行の猪や鹿な君たちが珍しい。


支部内の廊下をアウルス支部長先導の元、シェリナ嬢、リエルル、私、ナナエルルの順で進んで行くと支部の石造りな壁に似合わない毛色の違う扉が見えた、銀色に輝く片開きの扉である。

 その先の部屋もまた支部の雰囲気にそぐわない物で、白い壁に覆われた広い空間であった。光源がわからないが実に明るい、壁自体が光っているのだろうか? そしてその部屋の中央、床のど真ん中に直径二十メートルはある大きな黒い円状の線が走っている。この中で戦えと言わんばかりの主張である。


「ここが戦闘能力測定場です」


いつの間にか隣に立っていたシェリナ嬢より説明を受けた。支部長は何やら壁に備え付けられたタッチパネルを操作している。ファンタジー?


「此方の円線陣内にアツヒコ様に入って頂き、戦闘能力測る君と戦って頂きます。戦闘相手はある程度の範囲より無作為に選ばれますので、事前に知る事はできません」


分かりやすい説明と名前である。分かりやすいのは良い事だ、と洗濯物に、風呂上がりに、風呂の湿気取りにと大活躍な十秒で乾く君を私が思い出していたら、シェリナ嬢の説明が続く。


「ギルド戦闘ランク最下位、()より始まりまして(じん)(しん)(こう)()()(てい)(へい)(おつ)、最高位である(こう)とありますが、本日はリエルル様が取得されている(へい)までの挑戦を予定しています。アツヒコ様、目指せ全勝です!」


説明を終えたシェリナ嬢はやり遂げた顔をしていた。おー、と拍手するはリエルルとナナエルルである。

 しかしそれ十干(じっかん)ではないかね、考えたのは確実に落とし子であろうなあ、実に覚えにくいのである。私は普通にアルファベットにした方が良いと思うのだよ。

 まあシェリナ嬢のガッツポーズに和んだので気にしない事にする。ランク等の面倒な契約関係はリエルルに任せてしまえば良いか、という他力本願な思考も少量あるのだが。


「此方の準備が出来ました! いつでも陣の中へどうぞ!」


私が残念な思考をしていたら支部長より測定開始が告げられた。それを受けて円線陣とやらの中へ侵入。途中リエルルとナナエルルが後ろから応援をくれる。


「アツヒ、頑張って!」

「がんばー」

「了解だ」


応援に一言と二尾を一振りして返す。

 素っ気なく返してしまったが内心もっと尻尾をふりたい程に嬉しい、だが同時にかなり緊張もしているのだ。何せ戦闘は始めてだ、支部長との食堂のアレは多分戦闘とは言えない。しかし、私の中でアレ以上の恐怖も今迄の人と獣生の中で無かった、大概の物には驚くまい。これには感謝…あまりしたくないな。


《戦闘測定試験を開始します。受験者以外は円線陣より退避してください。残り十秒、九、八、七》


少し転けそうになった。まさかアナウンスが有るとは、それはSFの領分じゃないかね。しかしそんな私の感想もアナウンスが終わった時にまた変わる。


《三、二、一。障壁陣起動》


障壁? と聞いて私は周囲を見渡すと円線陣に白の幾何学模様が走り、円線上に青い半透明の壁が出現した。その壁は円線全てより床から天井へとせり上がって行き、青い半透明の壁が天井に到達。私の居る円内とリエルル達の居る円外を完全に遮断した。

 成る程これは確かに障壁である。見事な物だ。と半透明の壁の向う側円外のリエルル達を見つつ感心していると、どうやら私の相手であろう物体が現れた。

 それは空中に浮かぶ、直径六十センチ程の水の球である。


《戦闘能力測る君、()を開始します》


アナウンスが終わった瞬間の事。いきなり水の球は床に落ち、水たまりを作ったかと思うと表面が波打ち形を変えて水は動物の姿を取る。それは。


「猫?」


和名イエネコがあらわれた! と頭の中で誰かの声が聞こえて来たような気がした。これどうすれば良いのだよ。緊張が吹き飛んでしまったんだが。

 倒すのかい? 何か伸びして欠伸して丸まったんだが水猫。と、やや困った私はリエルルを見たのだが凄く真剣な顔で頷かれた、()れ。と彼女は目で語っている。猫を見る、寝ている。リエルルを見る、頷かれる。


「はあ」


私はため息一つ吐いて寝ている水猫に近づき、左尾で叩くと簡単に猫は潰れて水たまりになる。罪悪感が物凄い。これも尾は吸収するのだろうか?


「ちょっと可哀想ねー」


感度の良い私の耳がナナエルルの声を拾った。言うな、悲しくなるよ。


《戦闘能力測る君、(じん)を開始します。受験者は対象より離れて下さい。五秒前、四、三、二、一、開始》


アナウンスが終わると水たまりは広がり、また動物の形になる。今度は犬だ。但し大型犬であり、更に分裂を始めて、最終的に水の犬は六頭となる。


私よりも小さいが、対峙すれば大人でも威圧感を感じてあろう大型犬が六頭である。私を威嚇しているが声迄は出ないようだ。それにしても猫一匹から難易度が上がりすぎでは無かろうか。


「むっ」


六頭の内二頭が同時に私へ突っ込んで来る。それに対応すべく私は二尾を槍の様に構えて、接近してきた二頭の眉間へ同時に叩き込む。頭を尾で潰された犬は崩れて水たまり二つとなった。

 後、四頭。と残りを見据えたら尻尾を丸めて股に挟み怯えていた、哀愁を誘う光景である。とりあえずリエルルを見てみる、やはり頷かれたので順番に尾で叩き潰す。安らかに眠れ。


《戦闘能力測る君、(しん)を開始します。受験者は対象より離れて下さい。五秒前、四、三、二、一、開始》


そこら中に水たまりがあるのに離れろとはこれいかに、と思っていたら水たまりが集まって一つに合体した。


「ユニコーン」


三回目は所謂一角獣である、処女好きの変態で有名なあれだ。

 私の知っているのと違う所は空中に浮かぶ水の槍四本を操って来た事であるが。全て大振りだった為に私に当たる前に槍を二尾で叩き壊してしまう、これでただの一角獣だ。

 そうして槍を全て破壊したのだが一角獣は体を震わせながら、膝を曲げ頭を下げて来た。私は容赦無く頭を潰す、許したら先に進まんのだ。


「見事な判断ですな」

「油断させてー、角でつくからねー」


潰しておいて良かった。


《戦闘能力測る君、(こう)を開始します。受験者は対象より離れて下さい。五秒前、四、三、二、一、開始》


四回目である。今度は水たまりが三メートル程へ広がりそれに比例した水の大蛇が出現。大蛇は体をバネの様にたわめて飛び、私を噛もうとして来た為に横に軽く飛んで避けたのだが、大蛇の長い胴体は又別の動きを見せた、私の体に巻き付いてきたのだ。


これは不味いと思い焦るが、巻き付かれても全く痛くも苦しくもなかった為に怪訝な顔をしてしまう。水だからか? と考えたが蛇の体に沈む気配は無い、蛇も必死で巻き付いているようだ。


「ナナエルルの方が上だな」


そう言って私は巻き付かれていないフリーな右尾を使い胴体の一部を切断、すると蛇が私を離してのたうちまわり出したので楽にしてやろう、と頭に二尾を突き立ててトドメを刺しておく。


《戦闘能力測る君、()を開始します。受験者は対象より離れて下さい。五秒前、四、三、二、一、開始》


五回目。水たまりが縮み人間種の形を取った。私にとって予想外なのが手に持つ小銃である、ここまで来て、またファンタジーの期待を裏切られた気分であった。せめて剣や槍だろう? そこは。リエルルやナナエルルの武装を見習って欲しい物だ。


「いだっ、だっだっ」


とか考えていたら綺麗な膝射姿勢を見せる人型に私は撃たれる。放たれるは水の弾丸、当たるは私の眉間に一発と胴体に二発、プロ過ぎるだろう。

 水弾は私に当たると弾けるだけで被害自体は撃たれた時の衝撃と毛が濡れただけであったが、毛が張り付いて実に不快である。私が人型を睨むと慌てて逃げたので、追いかけ右尾で胴を貫いた。


「アツヒちゃん頑丈だわー」

「が、頑丈という話なのでしょうか?」


私もシェリナ嬢と同意見である。


《戦闘能力測る君、()を開始します。受験者は対象より離れて下さい。五秒前、四、三、二、一、開始》


六回目。流れ作業地味て来ている気がするが、慢心だな。と気を引き締め直して広がり始めた水たまりを見つめる。


水たまりは広がりながら膨張して、五メートル程の水まんじゅうとなった。体から数多くの触手も生やしている為に何処か卑猥である、いや卑猥なのは私の頭か。

 そんな巨大水まんじゅうがいきなり跳ねて私を押し潰そうとしてきた、落下地点たる今の位置より急ぎ私は離れる。


「ぬうあっ」


と、未だ空中にいた水まんじゅうから触手が伸びて私の後ろ足を掴み引っ張って来た、移動中であった私は転ける羽目に。

 水まんじゅうは私を取り込む気なのか後ろ足に絡みつかせた触手を自身の体に引き込みだした。だが私には触手まみれにされる趣味は無い。


「離せ!」


足に絡む水の触手を尾で消し飛ばし私は体勢を立て直すと、触手生える水まんじゅうに素早く近づき透き通る体に二尾を突き刺す。

 腰を捻り体を回転させ抉りながら水まんじゅうの体を削ると、水まんじゅうは痙攣した後に崩れた、倒したようである。


《戦闘能力測る君、(てい)を開始します。受験者は対象より離れて下さい。五秒前、四、三、二、一、開始》


さて七回目、残り二回だ。

 今度の水たまりは縮みながらも見知った人種を形作る、狼男である。ただ支部長よりも一回り大きく更に筋肉質で衣服はズボンのみの半裸であった、参考にした人物が気になるな。


そんな水の作る半裸狼男は此方を向きゆっくりと近づいて来る。

 それに対応する為に私は姿勢低く二尾を体の前方に構えて待ち、狼男が尾の射程に入った瞬間を狙い左尾を胴体目掛けて振るう。左方より右方へ一閃、だが外した。狼男が前転して左尾を回避したのだ。

 狼男は前転の勢いも利用し私に飛び付いてくる。私が狼男に床へと押し倒された瞬間、脇腹に衝撃を感じた。そこには男の手刀が刺さっていたのだ、が。

 全く痛くない。毛にもふぅ、と刺された感じである。何か気持ち悪い。


狼男の顔を見ると分かりにくいが驚愕の表情をして固まっていた。

 会心の一撃であろう今の手刀が私に効かないからだろうか? だがその隙は頂けないな、と私が狼男の首に右尾を巻き付けて投げ捨てようとしたのだが。


「ああ…巻かれたい…」


と怖気の走る声が円外より聞こえた為に尾に力を入れ過ぎて狼男の頭をスプラッシュしてしまった。顔に大量の液体がかかる。ただの水でよかった。体を振るわせ水気を抜いて気を取り直し立ち上がる。


「ああ…羨ましい…」


何がだ、貴様。


《戦闘能力測る君、(へい)を開始します。受験者は対象より離れて下さい。五秒前、四、三、二、一、開始》


さてリエルルと同じランクに来た訳だが、何が出て来るやら。と私が構えた時に水たまりは最後の形を見せた。


「私?」


これは自分自身に打ち勝てとかいう王道的な感じなのかね? 私が水で形作られた私を見つめたら、私も私をじっと見つめていた。ややこしいなあ、これ! とりあえず私(偽)と呼ぶことにするよ。


私(偽)だが、私と全く同じ行動をする様だ。私が三歩前に出れば私(偽)も三歩前に歩き、私が犬座りしたら私(偽)も犬座りをする。

 さて、どうしたものか? 尾の能力までは流石に一緒ではなかろうが下手に尾で叩いて私まで痛い目は見たくないのだよなあ。


「可愛い!」

「ほのぼのするわねー」

「素晴らしい光景です」

「え、えと。一応試験中ですよ、皆さん」


円外が騒がしくなって来たが、私と同じ行動をしているならば外から見た光景は悩む犬が二匹いるだけだろうしなあ。うーん。


とりあえず前に出て向かい合わせになり、私(偽)を観察する事にする。

 しかしこう見ると本当に大きな犬だなあ、私は。毛のボリュームも中々であるしナナエルルが抱き枕にしたがるのも分かるという物、尾も大きいしなあ。私が前右足を差し出すと私(偽)も出して来たので肉球合わせをしてみる。素晴らしい感触。


「シェリナさん。入っちゃ駄目?」

「障壁がありますから…」

「解除しましょう」

「支部長?! アツヒコ様が失格になります! 駄目ですよ!」


シェリナ嬢の様付けは、こそばゆいから今度からさん付けで頼むかね。

 しかし早く攻略しないと不味いか、今はナナエルルに寝技をかけられて拘束されている支部長がいつ暴走するか解らぬ。雄は度胸である、覚悟を決めよう。

 決めたら後の行動は早いものだ。私は左尾を自身の体に巻き、右尾を構えて私(偽)へと全力で放つ。


「ふうん! うおおおぉぉぉ?!」


私の右尾が私(偽)に当たった瞬間。

 私は自身の体へと今迄感じた事が無いほどの衝撃を受けて吹き飛んだ。三たび地面を跳ね、円陣上の障壁にぶつかり止まるまで吹き飛ばされる。

 いや、驚いた。初日に受けたリエルルの雷撃は表面を消し飛ばされる感じだったがこれは中に響く。だが覚悟を決め、全力で叩いた甲斐があったようだ。私(偽)の上半身がぐちゃぐちゃに吹き飛んで削れてい、る。

 自分では無いと分かっていても気持ちが悪いなあ、これ…。


《戦闘能力測る君、(へい)の敗北を確認。以上を持ち受験者の測定試験を終了します、お疲れ様でした》


終わったようである。半透明の障壁は雲散していき円線陣の幾何学模様も消える。

 しかし疲れた、体の疲労ではなく頭のほうで。と私が感想を頭の中で述べていたその時、リエルルが私に向かって走りだし抱きついてくる。


「アツヒ! 痛い所はない?!」


抱きつかれたと思ったら全身を弄られる、こそばゆい。確かに最後は派手に飛んだしなあ。ってリエルルそこは触ってはいけない、デリケートなのだ。


「何とも無い、大丈夫だ」


出来るだけ優しく、落ち着かせるように返事をする。実際痛くもない、衝撃はあっても痛みが無いというのは実に妙な気分にさせられるがね。


「ほんとに? …良かったあ」


リエルルがほっとした顔で私の胸に顔を埋めて来た。うむ。落ち着く香りである、実に良い。


「おつかれー」

「お疲れ様です」

「お疲れ様でありました。見事な攻略、素晴らしい物が見れて私感激しております」


私がリエルルの匂いを楽しんでいたら他の三人も寄って来た。それは良いのだが支部長、あのごり押しを過分に褒めつつ目を血走らせて此方に来ないで欲しい。怖い。


「ど、どうも」


この視線は慣れん、無理だ。と私が失格にされそうになった事も忘れて慄いていたらリエルルが支部長に顔を向けて。


「これで良いですよね?」


と、威圧を含めた確認の言葉を支部長に発した。怖い、この年頃の少女が出せる雰囲気ではないぞ、これは。実に使い魔冥利に尽きると感じるが、リエルルは過保護でもあると思う。嬉しくて尾は振ってしまうがね。


「大丈夫でありましょう。正式採用された小銃を頭部に受けて痛みがない。という結果だけでも、報告として納得させるには十分かと」

「良かった…」


リエルルはそれを聞いて満足した顔でまた胸に顔を埋め始める。支部長が目に血を走らせる。


にしてもやはり人型が持っていたのは銃なのかね、私の中のファンタジーが壊れて行く気がするよ。

 でも随分と文明が進んでいるみたいだしなあ。そういえば受験者が弾を受けたら死ぬのでは? と私は思い、シェリナ嬢に聞いてみたら。


「試験中は痛みだけを与えるようにしてあります。なので頭に弾を食らうと大抵の方は、その…。意識を失うのですが…」


とりあえず私の体は普通では無いらしい。

 まあ今更である。成る程一年も経たない私でこれだ。多獣の獣とは正しく化物の類であろう、歴代の多尾が下手な事をしていたら討伐対象だったやも知れぬ。






その後、私達はシェリナ嬢に見送られながらギルドを後にしてリエルル邸へと戻る事になる。


明日にでも首輪型のギルドリングという個人証明用装身具が貰えるとか言われたが、果たして。

 ちなみに支部長は急いで決裁しないとならない書類があるそうで測定試験が終わると残像を残しながら去って行ったから見送りは無しだ。支部の運営が心配なり。


帰宅した後、精神的に疲れた私はソファで横になったのだが。リエルルが隣に座り夕食まで離れずにくっ付いて来た。私が最後に吹き飛んだのが心配なのだろうか?

 ナナエルルは引っ付いて離れない私達を見ながらにやけてつつ垂れていた、彼女は変わらないな。


そんな緩やかな昼間が終わって、夜の事。


「これで一緒に迷宮に行けるね」


やっと安心したのかリエルルがベッドで私に囁いた言葉である。その万感の想いが混じるそれを聞きながら私は。


「やっぱ首よねー」


とナナエルルにいつも以上にキメられて眠る事になった。巨蛇よりもやはり苦しい…。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ