支部なのだとか
私達の中、主に女性二人によってさあギルドへ行こうかという流れになったのは良いのだが、そもギルドを空想とゲームでしか知らない私はリエルルに尋ねてみたのだが。
「えっとね。最初にギルドを作ったのは落とし子の…」
それがまた何か彼女の中にあるスイッチを押したらしい。
ギルドへ歩きながら怒涛の勢いでリエルル先生の講義が始まった。ナナエルルは黒い板を耳に当てて、誰かに連絡を取っていたので我関せずの構えである。私は全部話すと数話は潰れるな、とよくわからない感想を持ったのでまた要約して覚える事にした。
昔々大昔、平和な国へ一人の落とし子がこの世界に落とされた。名をシチジョウタケルと言う日本人男性だ。彼は必死で生活基盤を作ると、周囲の友人達にこう言ったそうだ。
「ギルドが無いとか馬鹿じゃねぇの」
何が馬鹿なのかは知らないが、彼の友人達は一人を除いてギルドとは何なのか? と尋ねる事になる。さもありなん。彼は必死でギルドとは何かを抽象的ではあるが説明したそうな、だが友人達は一人を除いてよくわからん、となったそうで、その時は笑い話として流れてしまう。
「ちくしょう! 無いんなら作ってやるよ! 俺がな!」
だがそれに業を煮やしたシチジョウタケル君、唯一理解を示した後の親友である一人の友人と共にギルド昼の協会と、もう一つの組織を作り上げてみた所。彼は友人と共に見る見るうちに頭角を現したのだ。
果たして現在、ギルド昼の協会は人種渦巻く街には必ず存在する各大陸を跨ぐ巨大集合体へと成長していて、各国には最早無ければ困る存在へとなったのだそうだ。
とある国では戸籍制作と管理をギルドに全て委託したりしているらしいが大丈夫なんだろうか、それ。
「ギルドは様々な業務を受注して対応する多目的組織、簡単に言うと何でも屋の」
「ついたわよー」
「や、やっとか」
「ありゃ残念、じゃあ続きは又今度だね!」
歩き続けながらの一時間半に渡るリエルル先生の講義は砦のような外観を持つ昼の協会レダナ・サルミア支部の入口に着いた事で終わった。
終わったと同時に多尾の獣の話に続いて二つ目である将来の受講が決まった、私の脳みそはもう満杯である、街の様子を見る暇無く歴史を詰め込まれたのだよ。
「じゃー、また後でー。食堂でねー」
「はあい」
「了解」
ナナエルルは自身の用事を済ましに行くと告げて、私達とは別の小さな入口へと入って行った。残された私達はリエルルが先導して一番大きな両開きの扉から入る事になる。
ギルド支部だが砦のような外観は伊達ではないそうで有事の際に市民を保護しつつ戦う為の能力もあるとか。さて、その内部で私の想像するギルドとはちょっと違った物と出会った。
扉を開け中に入ると、そこは広く大きなロビーだ。石造りのしっかりした床と壁、魔法の道具であろうか電球の様な物を天井から何個も吊り下げて明かりを確保している。所謂依頼ボードのような物はどこにもない、受付で全て済ますのかね。
ロビー奥のカウンターには統一された制服を着る八人程の様々な種族が客に対応していた。カウンター奥には更に多くの職員が働く姿が見える。客達も客達で二足歩行の武装し服着た猫、隠す所は最低限な下半身蛇上半身人間の美女、鹿の角持ち黒い杖持つ真面目そうな青年、と種類豊富である。割合は普通の人間と他種族で半々であろうか、今は余り混んでいないのか客は少な目である。
様々な種族が和気藹々としている様は気分が実に高揚する、するんだがそれ以上に凄く気になる存在が受付一人に付き一匹づつカウンターに居るのだ。
「イカ…?」
横に長く縦に短く奥に太くなり胴体の真ん中に大きくてつぶらな瞳を抱えるデフォルメされた赤いイカ。なんていうか脳髄啜って生きていそうな見た目である。
そんなダークファンタジーな存在に目を奪われていたらリエルルに左尾を引かれた、どうやら受付にいくようだ。リエルルは一人の銀髪犬耳半獣受付嬢を確認するとそちらへ歩いて行くので着いてゆく。
カウンターを挟んで対面し、銀髪犬耳半獣受付嬢がリエルルに笑顔で対応してくる。イカは私を見つめてくる。
「いらっしゃいませ、御用時は何でしょう?」
まさに受付嬢の鑑である対応だ。
私は少し感動したが、それよりも私を見つめ微動だにしないイカが気になるので思わずイカに視線を返し、イカと見つめあってしまった。
「シェリナさん! この子の使い魔登録をお願いします!」
知り合いなのかリエルルは実に嬉しそうである。
そうか使い魔は登録が必要なのかとリエルルのギルドに来た理由を横耳で聞きながら私は頷いていると、やけに静かなシェリナ嬢が気になりイカから目を離して確認する、シェリナ嬢が私を見て目を開き固まっていたのを。何かね? と私は首を傾げ見返すと彼女は呟く。
「二、尾?」
そういえば、多尾の獣って珍しいのであったか。
その後精神を復帰させたシェリナ嬢が使い魔登録をすぐに済ませてくれたおかげで、私達は特に問題なくギルド支部ロビーを後に出来た。
シェリナ嬢にランクがどうたら言われり、周囲から多尾の獣がどうの騒がれた気がするが私はイカの触腕と戯れる事に夢中になり余り覚えていない。イカは中々に気の良いヤツである。
結局あのイカが何なのかは分からなかったので今度リエルルに尋ねてみる事にした。今聞くと講義を強制受講されそうなので辞めたのだ。
ロビーを出た後はナナエルルとの待ち合わせの為に支部備付けの食堂へ行きリエルルとカウンター席に隣り合って座った。その時リエルルより。
「アツヒ、待ってる間に何か飲む?」
と聞かれたので、私はメニューを読むと冷水でお願いした。他はミルク以外よくわからない名前だったのだ、偉大なる先達のおかげで日本語が普及しているようだが昔からの文化はどうしようもない。
リエルルは雷水とかいう刺激的な名前の物を厨房長に頼んでいたが、スライスされたレモンのような物体が冷水に入っているだけの代物であった。さてどうやって緑茶を飲むかと湯気立つコップを見て悩んでいたら、何とリエルルが。
「はい。これ!」
私の物だという緑色の平皿を取り出してくる、つまりは犬飲みである。これは尻尾でコップを持てる様に掌握を急がねばなるまい。
そうして暫く私が冷水を犬飲みしながらメニューを読み軽いカルチャーギャップに出会っていた時、ナナエルルが一人の男性を伴って食堂へやってきた。
私は男性を見た瞬間にとある怪物を連想する、黒い狼男だ。だが彼は野蛮なイメージとはかけ離れた白いスーツを見事に纏っていた、彼の黒い毛とは対照的で実に記憶に残りそうである。三角形の耳生え琥珀の目持つ野性的な顔からは自信が溢れており相応の実力を持つ事が伺える。
「おまたせー」
「叔母さん。お疲れ様」
「お疲れだ」
私達はナナエルルに手短かに挨拶すると狼男を見た。
すると彼は惚れ惚れする程に見事な礼を見せてくる。
「リエルル様、お久しぶりでございます。ご活躍はかねがね伺っております」
「支部長も。お元気そうで何よりです!」
リエルルの返答により何か凄い偉い人であった事が発覚する、ついでにリリエルもやはり凄い人物だったようだ、さすがは我が御主人。
そして私への対応だが、チラチラと支部長殿に見られたが最終的に無視されたようだ。私を見ないようにリエルルに顔を向けているし。
まあ仕方あるまい、少しさみしいがいち使い魔に気を使うような必要も無いし私も偉い人には余り関わりたくない日本人思考持ち。これは幸いだと思おう。
なので今はメニュー表からまともな物を探すとする。体と顔は支部長へ目はメニュー表という我ながら器用な真似をしてみたのだが、まず目に入ったスクリューシャとは一体どんな飲み物なのだ。
「それでは、そちらの方が…!」
「はい! あての使い魔になってくれた。アツヒコです!」
「おお…」
「始めまして。アツヒコと申します」
リエルルから私が紹介されたので視線を一旦支部長殿へ戻してお辞儀をする事にした、最低限の礼儀は大事であろう。
するとだ、頭を下げ切った辺りで先程とは打って変わり熱い視線を感じたのである。支部長殿になにごとかと顔を合わせると、目を見開き血走せながら大きな黒い手を握ったり開いたりしている姿を確認してしまった。
瞬間、私は凄まじい怖気を感じ支部長の視線から逃れる為に跳躍、私はリエルルを軽く飛び越え支部長とテーブルを挟む位置へ移動した。だが、私の動きに合わせて彼の視線も完璧に動いている。化け物か。
「ひい!?」
「お、おおおおおお!何と言う尾の動きの美しさ! 白きその体の輝きは真珠より艶やかで絹よりも優しく、まるで深淵の姫君の如きッ!!」
「ひいい!?」
「同士! 分かってくれると思ってました!」
「リエルル!?」
「わぁかりますとも!!」
何なのだ一体! 変態か? 変態なのか!! リエルルが多尾の獣や落とし子狂いなのは薄々感じていたが、この狼男は性質が違いすぎる、有りていに言えば危険しか感じない。そして同士とは一体何のだね!
だが今はそんな瑣末な事を考えている時ではないと、私は狼男の隙を探りながら食堂の現状の把握を勤める事にした。
まず、出口たる入口の扉が開け放たれている事を確認、他の出口は窓しかないがガラスを破って出たらリエルルに確実に迷惑がかかる為に廃案。ならば次は他からの助けだがリエルルはニコニコと笑顔を見せているので諦める、ナナエルルは私が平皿に入れずに残していたコップの水を飲んでいた。何をしているのだ。
他にはと顔を素早く動かすと、この食堂には昼時だというのに私達以外は鹿角持ちの厨房長殿以外存在しないという異常事態に気付く。厨房長殿は飽きれた目を支部長へ向けていたが、私と目が合うと逸らされた。あの人もダメだ。この変態を尾で削り取ってやろうかと黒い感情も出てきたが押さえ込む事にする、さすがに過剰防衛であろう。
ならば後、残るは撤退である。と私は全力で厨房入口へ走り抜けようとしたが、狼男が残像を残す速度で回り込んできた。巫山戯た速さだな、おい!
「ああ! お逃げにならないで下さい。私は貴方の美しい毛を愛でたいだけなのです」
「こ、断る」
「ご無体な事を仰らずに! どうかどうかこの駄犬の望みを! 一欠片でも!」
「勘弁してくれ! にじり寄るな! リエルル助けて! 」
「大丈夫だよ、アツヒ。支部長は撫で回したいだけだから」
リエルルよ、今は可憐な笑顔を浮かべるタイミングではないはずだ。安心できないぞ、それ!?
そうだ、ナナエルル。ナナエルルはどうしたのだ、水を飲んでいただけでまだ彼女なら希望はあるはず。私は深緑の髪を必死の思いで探すとすぐに見つける事になる、私の真後ろから手を伸ばしている姿を。いつ近づいたのだ。
「ナナエル、ル?」
「えっとー、ごめんねー?」
「やめろッ」
私の拒絶の思いも虚しくナナエルルは無駄の無い動きで私を華麗に羽交い締めにし床に抑え付けて、私の動きを完全に掌握したのだ。凄く良い匂いがするし何か柔らかい感触が来るのだが、残念ながら楽しめる状況ではない。っておい、まさか。
「支部長ー。どうぞー」
「離してくれ、ナナエルル!」
「大丈夫よー。少しモフモフされたらー、きっと終るわー」
「あの目を見ろ! 確実に捕まったら終わりなのだ、あれは!」
ぐぬう、あれは標的にならないと分からない類の恐怖か。
「感謝します、戦士ナナエルル。…アツヒコ様、申し訳ありません。浅ましい思いではありますが、それでもこの身は耐え切れなかったのです」
「言葉は謙虚だが実に変態臭いぞ、貴様!」
事ここまで至っては、敬語等使えるものか!
「おお! 申し訳ありません!」
「謝りながら私に近づくな、変態! リエルル後生だ、助けてくれ!」
あまりにあんまりな状況に半分泣き声になり私はリエルルに懇願してしまった。本当に怖いのだよこの狼男。そんな情けない私に見ていられなくなったのかリエルルが笑顔を辞めて真面目な顔になり、支部長の前に幾何学模様の白い杖を構え立ち塞がってくれた。
だが今更な話になるのだが攻撃術式が使えない状態のリエルルに頼むのは間違いであった。言ってから気づいてしまったのでは遅かったのではあるが。使い魔の面目丸つぶれである。
ちなみにナナエルルは離してくれなかったどころか私の口を塞ぎにかかった、何でこんなに手馴れているのだよ。
「支部長さん、流石にやりすぎです。無理やりはだめです」
「リエルル様、そこをお退き下さい。今の私は魔王とでも一体一で勝って見せましょう」
何を壮大な話にしているのだ、貴様。というか攻撃術式が使えない状態の娘に何をする気だ、削り取るぞ。と本気で殺意を含めた視線で睨んで見たもののそんな私の剣呑な雰囲気すら彼には意味が無いようだ。
体の周囲が歪んで見えるほど赤色の気を纏った支部長は恐らく本気なのだろう、その覚悟は確実に他の使い道があるはずである。というかそれ攻撃術式として判定されないのか! と私が心の中で突っ込んでいたそんな時、リエルルは気を纏う支部長を強く睨むと台詞を放つ。
「妥協案があります」
「伺いましょう」
少し、待とうか。