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但し獣につき  作者: 書鳥
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大きな岩なので

結局あの後更に二時間上乗せされた多尾の獣説明会は私の懇願によって何とか終わらせる事が出来た。但し聞いて聞いて、と言外に訴える純粋な子供の瞳と共に。


「また今度教えてあげるね!」


とリエルルに言われ私は力無く頷く事になる。


その後、さあお開きだとりあえず寝よう。と床の厚い布に私が体を預けたら、かけ布団を手に持つリエルルから。


「一緒に寝て良い?」


潤む瞳で言われて同衾する事になった、子供の目という兵器に大人は勝てない。当たり前だが性的な意味は含まなかった。


かけ布団で暑い夜を過ごした翌日の朝である。

 流石にお腹が空きすぎた私は御主人様に何か下されとお願いする事になった、ものすごく惨めな気分である。これ、紐じゃないかね。

 そんな葛藤をしている私に、笑顔を見せながらリエルルは嬉しそうにコップに入っているミルクと固くない黒パン三つを手ずから与えてくれるのだった、栄養豊富である。






食事を取り人心地いや獣心地か? に辿り着いた私は、最初に会った時の黒ローブを着込む幾何学模様な白い杖を装備したリエルルに誘われてある場所へと来ていた。

 来ていたと言ってもリエルル宅の隣、徒歩十秒の空き地であるが。


リエルルの住む街の名はレダナサルミアというらしく西洋風の街並み映える大規模な都市で、赤レンガで舗装された道路と並ぶは石造りの家ばかりなりという状況だ。都市計画がしっかりしているのか碁盤目状に建築物が配置されており公園もあるとか。

 そんな街の中、中流家庭が住む辺りにリエルルの家はある。


「でか過ぎるだろう」


リエルル邸だが建屋二階建て庭付き倉庫付きの立派な石造りの家なので、これで中流? と疑問に思ったが二件分の土地を買って一人暮らししていたそうだ、リッチである。

 そして我が御主人が既に独り立ちして稼いでいるという事実に驚愕してしまう。私はいつ紐から脱却出来るのか。


そんなリエルル宅の隣に周りを住宅に囲まれた、大きな岩が中央に存在する空き地がある。

 何でもリリエル叔母が所有する空き地だそうで、自宅の土地もリエルルの叔母が元々は所有していたとか。成る程それを譲り受けたのかと思ったら一括現金払いで自宅の土地は叔母から買ったそうだ。戦慄する。

 この岩をどうにかしたいのよね。と、この残った土地を見る度に叔母は言っているそうでリエルルはいつもお世話になってる人だから何とかしてあげたいのだという。実に健気である。


リエルルの魔法で壊せないのか聞いた所、街中で攻撃術式を使うと空軍が文字通り飛んで来てお縄であるそうだ。

 リエルルが空のある一点を指差すので釣られて見て見ると、黒い点が見える。あの点、飛空監視艦という空飛ぶ船で常に街の上空を巡回しながら攻撃術式や地雷爆式等、市民の脅威になりうる魔法を監視しているとか。私が住んで居た所より進んでるんじゃないかね、この世界。


話が逸れた。とにかく空き地を使うには岩をどうにかするしかないが、破砕を業者に頼むと家が建つくらいのお値段になると言われたんだそうな。閑静な街中で大きな音がたつのを防ぎつつの破砕作業は相応の対処をするのに金がかかる上に手間も凄いとの事。世知辛い世の中である。


ならば、どうするかというと。


「アツヒ、アツヒ。あの岩に尻尾を思いっきりぶつけてみて」

「なんだって?」

「尻尾を思いっきりぶつけてみて!」

「いや、聞こえてはいるがね」

「じゃあお願い」


と、我が御主人リエルルはいきなり尻尾をスプラッタせよと笑顔で仰せられた、実に眩しい笑顔である。

 いやちょっと一旦待って欲しい、幾ら可愛らしい心和む笑顔を見せられてもだ、流石にそれは。と私が困った顔でリエルルを見る、笑顔で返される。


「大丈夫だよ、アツヒ。多尾の獣の尻尾は山砕き海割り竜屠る!」


リエルルのテンションが凄い事になっている。

 岩が割れたらうるさい気がするが、まあ御主人のお願いであるし試しにやってみようか。怪我したら回復術式を貰おう、回復するのあるよなあ? と後ろ向きな思考をしながら私は空き地に踏み入り、鎮座する岩へと近づくと我が二尾を構えて横一線に振り抜いた。


瞬間、ぞり。と何とも言えない音が響き二尾が当たった箇所がえぐり取れ、岩の周囲には粉末状になった砂が少し漂っていた。

何だこの尾、とゆらゆらと揺れる我が尾を見つめ私は戦慄する。どんなに凄くても砕いたりやヒビを入れたりを期待していたのだが、まさか当たった所をえぐり取って微塵にするとは。

だが尾を見て呆然とする私とは違い、リエルルのテンションは天を突き抜けたようだ。


「凄い、凄い! アツヒ! 流石多尾の獣!」

「あ、ああうん。ありが、とう?」


我が御主人が私を押し倒しそうな勢いで胸に抱きついて撫でてくる、何かリエルルに褒められると尻尾を振る位凄い嬉しい。私の飼い犬化が順調に進んでいる気がするが、先程迄の尾に対する私の恐怖が薄れて行ったので気にしない事にした。

 そんなアットホームな雰囲気を楽しんでいた時である。不意に今迄気配を感じていなかった私達の後方に何かが近づいて来るのを感じたのだ、それも害意と共に。


「ッ!?リエルル!」


それを感じた私の頭は一気に冷え込んだと同時に冷静にその脅威になる存在への対処を導きだし、体に指令を下す。抱きついているリエルルを優しく右尾で掴み私の背へと乗せながら体を回転、私は後方へ振り向いたと同時に気配が人型である事を視認、右尾を背に乗るリエルルの周囲へと盾になる様に展開、左尾を我が体の横へと弓なりで固定していつでも振り抜ける状態へと持って行く。そして私は害意を放った人型の存在へと警告を発した。


「其処で、止まりなさい! それ以上近づけば削ぐぞ!」


今迄の人生と獣生で一度も吐いた事が無い様な台詞がすんなりと言える辺り、私は本気でリエルルを守りたいと思っているようだ。使い魔の面目躍如である。

 件の人物は私の警告を聞いた辺りで立ち止まり、ついで背に乗るリエルルを見た後害意を消して両手を挙げたのだった、所謂降参の姿勢である。

 少し気が抜けたがまだ油断は出来ないと気合を入れ直して、相手を見据えた。


その正体は腰迄ある深緑色の髪と暖かな茶の目を持つ美女であった、スレンダーな体型に合わせたワンピースをイメージさせる皮の鎧に背には弓と矢筒、腰に短剣を装備している。そして落とし子たる私の目をひくのが深緑の髪から見える尖った耳、所謂エルフ耳である。そしてその耳を確認した私は声に出してしまった。


「エルフ?」

「そうだけどー、違いますー。この世界だと森人種っていいまーす」


そのエルフの美声だが間延びした声を聞いた瞬間一気に空気が緩くなったのを感じた。

 というか私は転けかけた。いやいや待て今あのエルフはこの世界、と言った。私の事を知っているのだと仮定して、私は視線鋭く知らないエルフを睨むと彼女は口を開き。


「リエルルー、早く誤解を解いて下さーい。かなーり怖いんですよー、この子の威圧すごーいの。守られて嬉しいのはー、わかるけどー」


完全に空気が壊れてしまった。

 彼女はどうやらリエルルの知り合いのようである、そういえば背にいるリエルルが目の前にいる女性に全く対処しようとしていない事に今更になって気付く、背のリエルルを見ると嬉しそうに笑って右尾をスリスリしていたが女性に声を掛けられたのに気付くと遅れて返事をした。


「あ、うん、叔母さん。おはよう」

「おはよー。…じゃなくてねー」


我が御主人はマイペースであった。







「私はねー。リエルルの叔母でー、ナナエルルっていうのよー。よろしくねー」

「私はアツヒコという。よろしく頼む」


この語尾を間延びさせる美女がリエルルの叔母であったらしい。

 しかし流石森人種もといエルフである。二十歳かそこらであろう外見だがリエルルの叔母であるなら、もっと上な年頃の筈であろう。ちなみにリエルルは母親が森人種、父親が人間種の混血だそうだ耳は私のよく知る人のそれである。


「そのー。紛らわしい事してー、ごめんねー?」

「事情は聞いたから、もう気にしていないさね」

「そっかー、ありがとー」


何でも今朝になってすぐにリエルルから高速情報通信器とやらで連絡があったらしく、この空き地に来て欲しいと言われたようだ。連絡の内容だが。


「落とし子な多尾の獣と契約したの! 凄いのよ! とっても可愛い!今からあの空き地に来て!」


とリエルルに一方的に言われ、一方的に連絡を切られたナナエルルは落とし子? 多尾の獣? と要領を得なかった為に実際に見に来たそうだ。

 そうしたら何か白い獣がリエルルに抱きついているではないか! と焦り殺意をうっかり漏らしたという。抱きつかれたのは私だ、なお殺意と聞いて私は下を漏らしそうになった。


「リエルルー。いつも落ち着いてからー、話してねってー、言ってるでしょー?」

「はあい」

「まったくもー」


リエルルは私の右尾をマフラーのように首に巻き幸せそうな顔をしていた、そんなリエルルにナナエルルは腰に手をあてて言い聞かせてはいるが、半ば諦めているような雰囲気がする。という見ていて何か幸せな気分になってくるやり取りを拝見できた。見た目姉妹な二人はこうやっていつも周りを和ませているんだろうなあ、と私が勝手な妄想をしていると。

 ナナエルルはリエルルに小言を言うのを諦めたのか顔を上げ、空き地にある一部分が削れた岩を見て感嘆の息を漏らしたのだ。


「それにしてもー、凄いわねー。分解しちゃたのー?」


ぶん、かい? 私はただ全力で尾をぶつけただけなのだが。

 私が何度目か分からない戦慄を感じていると、リエルルはうっとりとした顔で私の右尾を撫でながら言った。


「うん、分解して尾に吸収したみたい。周りの粉は吸収し損ねた分」

「へー、凄いわねー」


いやいやいや分解して吸収とか何だそれは、この尾は何で出来ているのだ。というかだ。


「リエルルよ。尾を離しなさい危ないから」

「大丈夫。アツヒは私に殺意なんてないでしょ?」

「それは。…そうだがね」

「だから大丈夫」


リエルルからお墨付きを頂いた。そういう物なのだろうか? さっぱりである。

 とりあえずは尾の制御を掌握せねばなるまいて。


「でもー、これだけの事が出来るならー。ギルドでもやっていけそうねー」

「叔母さんもそう思うよね! 今から行くつもりだったの!」

「それならー。一緒に行きましょー。楽しみねー」

「うん!」


見た目姉妹な二人は今日の予定を私抜きで立ててゆく、まあ私はリエルルに着いて行くしかないから別に良いのだが。それにしてもギルドか、想像の通りであるなら楽しみだ。



尚その日、岩は放置された。

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