始まったのです
私の名前はモリモトアツヒコ現在の職業は使い魔で、種としては見た目イヌ科の獣、つまるところは転生者である。先ずは私の今生が始まった話をさせて頂こうと思う。
「ここは、どこだね?」
最初は唐突であった。
夜更けにいつも通りの時間に寝床に入り、いつも通りの時間に起きたと思ったら先ず目に入って来たのが光る苔むす洞窟だったのだ。ついで私は自身の体の異変に気づく、私の中肉中背のだった体は今や、白き犬の様な獣の体と腰から生える体と同等の長さを持つ左右に別れた二つ尾を得ていたのだから。
普通なら此処で混乱に陥るだろうが、そこは現代に存在する数多のサブカルチャーに塗れすぎた私。
こういう事もあるのだろうと、出来うる限り落ち着いて現状の把握を始めた。まず体の動かし方を掌握、尾は地面に付けたく無い為に二尾を絡ませ一尾にした後で上向きに固定する。その後、更に声帯も確認出来た。アメンボあかいなあいうえお迄、発音した時に自身の体の構造に疑問を持つが諦める事にした、分からない物は分からないのだ、気にしすぎるとハゲる。
そうしたら周辺の状況を確認しようかと洞窟より出る為に入り口へ向かったのだが、入り口近くで我が御主人になる人物と出くわす事となる。
最初に見た時は幾何学模様の黒い線が入った白い杖を持つ、黒いローブを着込んだ小柄な人物で、顔はフードに隠れて見えなかった。私は自身の持つ知識から考えるにたぶん魔法使いであろうと認識し、これは攻撃されては叶わないとばかりに声をかけようとした瞬間。
「まちた」
「術式起動、丙種雷撃」
「ぬがっ」
その人物の高い声が聞こえた後に目の前に白く丸い球体が出現、球体は魔法陣を纏うと雷を私に向け吐き出した。私の視界が白くなり体が吹き飛ぶ。その後洞窟の壁へと激突したのだろう背に衝撃を感じた。
電流との触れ合いなど、冬のドアノブや車体位であった私は自身の体にかかる凄まじい衝撃の余韻を感じると共に意識を無くして行く。
「えっ、二尾?」
件の人物から声が聞こえたが、私は余り気に出来なかった。転生直後に即終了か、まあそういう事もあるさ、と自分でも驚く程潔い諦めを感じながら消えていく視界を甘受していたのだ。
後から考えるに、私は心の何処かで未だにこれは夢だと思っていたのではなかろうか。しかし、運が良いのか悪いのか夢では無かったのだ。
私が意識を取り戻し起き上がると、そこは薬品の匂い漂う何に使うか分からない機器が雑多に置かれた部屋であった、少し埃っぽい。
私の足元の床には布が敷かれており其処に私が寝かされていた事が見て取れる。あのローブを着た人物に保護されたのだろうか? と私が考えていた時、部屋へと近づいて来る人の気配を感じ、その気配はすぐに姿を現した。
それは薄い緑髪を肩下まで伸ばした少女であった、歳は十二か三であろうという背丈で、洞窟で見た物とは別の灰色のローブを着ている。顔の作りはかなり良いようだ、蒼い目が綺麗で将来が楽しみである。
少女は私に気づき歩み寄ってくると私の目の前に座り、目線をあわせてくる。
「ごめんなさい。多尾の獣とは気付かずに攻撃してしまった」
少女は頭を下げて謝罪してきた、先の雷の件であろうか。
確かに凄い衝撃で何が何だか分からない内に気を失ってしまったが、今現在は特に痛みも不具合も感じないし寧ろ自分のような獣を保護してくれるとは、と感謝の念すら私は抱くのだ。
それより「たびのけもの」とは私の事だろうか、字は多尾の獣であってるのかね? と考えながら私は自分の腰にある二尾を見た後に少女へ答える。
「気にする事は無い。今は全く痛くないしな」
「でも」
「良いのだ。この通り、なんとも無い」
実に快調である。二尾を自在に揺らし体の柔軟性を少女に見せつけ、更に彼女の頭を右尾で撫でてみた、素晴らしく便利な尻尾である。
「えと、ありがとう」
「いえいえ」
まあ私は実際気にしていないのだ、気絶した以外は特に不利益を被ったわけで無いし思う所もないのである。
寧ろ出会い頭の野獣に対し先攻する胆力と判断力、まだ若いというのに実に大した物だ、と私が勝手に頷いていると少女が呟いた。
「凄い頑丈さ、流石多尾の獣。勝手に契約して良かったのかな…」
「うん?」
「あ、いや、何でもないの」
少女は誤魔化す様に手を振るが、残念な事に感度の良い我が獣耳はしっかりと聞いていた。
「契約とは何だね」
未だ床に座る少女に私は顔をずいと近づけた。寝ている間の要らぬ押し売りなら全力でクーリングオフする所存である。
「あ、その。ご、ごめんなさい。使い魔契約を勝手にしてしまった…」
「ふむ、成る程成る程。…つまり私は職を得たわけだな!」
「え、いいの?」
「逆らえるかは知らんが、酷い命令や酷使する気なら全力で抵抗する。契約自体は構わんよ」
根無し草よりはパシリでも良いから社会に属した方が安心出来るというもの。生肉食べる羽目になるより硬い黒パンを与えられるとかのが個人的にはマシであるのだよ、足りない栄養素をどう取るか考えねばならないが。
「しないよ、しない! やったあ!」
どうやら私と契約したのがよほど嬉しい事なのか少女は喜び勇み、私に抱きついてきた。
ふむ肉の厚みは無いが匂いは素晴らしいと思う役得役得、と変態めいた感想を心の中で述べていたら肝心な事を聞かないといけないのを思い出したので尾を動かし優しく少女を離して、私は問うた。
「聞きたい事があるのだが」
「うん!」
花咲く笑顔とはこの事か、昨日までの私なら見惚れたかも知れないが今の私は獣である。残念。
「この世界は何処だろうか?」
「え?」
異世界だとは、思うのだが。
流石にあの質問は聞き方が悪かった。
世界の名前なら分かるけど何処にあるかは知らないの、と少女に言われてしまったのだ。なお世界の名前はヘクスと言うらしい、六角形にでもなっているのだろうか。
何はともあれ、先ずは私の現状を伝える事にした。
昨日迄は魔法等無い世界に住んでいて今日気付いたら今の姿で洞窟にいた、後はご存知の通りであり、この世界の事はさっぱりであると伝えると。
「そっか。落とし子なんだね」
と少女に言われた。
大体字面で予想が付くであろうがこの世界には多数の神と呼ばれる存在がおり、そんな高次存在が文字通りこの世界ヘクスに異世界の者を落とすそうだ。
実に傍迷惑であると思うのであるが、善意でキチンと神達なりに対象を吟味して落としているらしく。
落とされるのは自称普通と言いながら世に影響を及ぼしまくるような人物ばかり、それが落とし子だそうだ。
分かりやすい例えを並べると日本語、日本文字、アラビア数字、金融制度、ギルド制度、食料事情、倫理感等々現代ジャパニーズファンタジーの権化みたいな状態である。私にとってはイージーモードと言える状態なので先達者達に感謝したいがそれにしても他の落とし子達は皆、人間の姿だったらしいのだ。私は一体どういった理由から今の姿で落とされたのかさっぱりである。
「多尾の獣で落とし子。っていうのは聞いた事がない」
少女にとっても本邦初らしいが、私は喜んで良いのであろうか? まあ来てしまったからにはこの世界で生きるしかない、元の世界に帰れた者は皆無であるそうだから。
先程から気になる多尾の獣とやらであるが、此方も字面の通り多数の尾持つ強き獣達との事。
どんなに強力な獣や魔の物と化した魔獣でも例外無く尾は一つだそうで、本当の意味で特別なのだと少女に言われる。少女は冷静になりながらも興奮しつつ説明するという高度な技術を交えて多尾の獣について教えてくれたのだが、余りに長いため私の脳みそは途中で全て記憶する事を諦めた。
体はハイスペックだが頭はロースペックなままの様である、なので彼女の話を私なりに要約するとだ。
最終的には山砕き海割り天を衝く竜すら喰らう化け物になるらしい、何だそれは、怖い。
実際に何百年前か前の事、とある落とし子と契約した七尾の女狼は契約者で伴侶にもなった落とし子と共に、落とし子自身の才能もあったのか東の大陸一つを武力平定して旦那を皇帝位につけてしまった。なお平定したのち女狼との子供は三人生まれ今でも帝国は子々孫々続いているとか。つまりその落とし子はじゅうか…いや、なんでも無い。
そんな逸話だらけの多尾の獣達は今や、見つかると全力を挙げて保護しようとする国すらあるのだと。
まあ少女が勝手に契約したくなるのも分かると言う物、私がそんな化け物に成れるのかと言うとあんまり自信がないのであるが。
そういえば今居る国はどうなのか少女に聞くと住人に拝まれる事はあるかも知れないけど、捕まったり迄は無いそうだ。
良かった、夜逃げせずに済みそうであると私は喜ぶ。ちなみに今少女は多尾の獣四匹目の話をしてくれていた。
「そうして体を蝕まれながらも腐王を食い滅ぼした四尾のモミジは緑の国の抑災神として崇め奉られて」
「話の途中済まない。ちょっと良いかい」
「うん!」
少女は今迄相手が余り居なくて溜め込んでいたという話を、エキサイトして吐き出していたのだが。
私は伝えたい事があったので話を遮ってしまった、話が長過ぎるので止めたい気持ちも若干含んでいる。だが少女は気を悪くせずに答えてくれたので結果的に助かった。
「名前を伝えていなかったのでね。私はアツヒコという者だ」
「そ、そっか。私はリエルルだよ。宜しくね、アツヒ」
コは何処に行ったのだね。
「宜しく頼む、御主人。…アツヒ?」
「渾名! …駄目かな?」
何と出会ってすぐに渾名を貰えるとは思わなんだ。昨日迄の私なら相手が少女でも惚れていたかも知れない。ありがたく頂戴しよう。
「ありがたく貰おう。御主人」
「御主人より、名前で呼んで欲しいな?」
「う、む。リエルル?」
「うん!」
リエルルは名前を呼ばれると可憐な笑顔を見せてくれたが、私は女性を呼び捨てにした事など無いから酷くこっぱずかしい。
ぐぬう、趣味ばかりに傾倒して女性関係を最低限にしていた弊害が今更来るなどとは。
「んふふふ」
しかもリエルルは私に抱きついて頭と背を撫でわましてきた。
辞めなさい私にはロリータの気はないはずなのに変な気分になる! これは撫でられるのに早く慣れないと何か大変な事をしでかしそうだ、具体的には言えぬ。
と私が心の中で焦っているのを感じたのか、もふもふわさわさを満足したのか、リエルルは離れてくれた。良かった。
だがそれは別の試練への布石でもあったのだ、私から離れると彼女は両手を握りしめ目をキラキラと光らせながら、それを開始した。
「でね! さっきの続きだけど。抑災神として森の国の民から信仰を集めたモミジはね」
三時間はエキサイトしていたのにまだまだ行けるだと?!