にい
ガタンゴトンガタンゴトン♪
夢列車は、空にしかれた光り輝く線路の上を走ります。脱線なんてしません、とっても安全ですのでパパとママも安心です。
窓の外には、お星様とお月様が夢列車を歓迎しているかのように輝いています。お星様は口元をゆるめてやわらかな表情で、何かを言っているような気もしました。
「心細くて泣いてる泣き虫ちゃん。横に座っているお友達が心配してるよ☆」
「お菓子はまだ早いですよ〜。あとで食べたくなってもしらないよ☆」
「しんどそうな顔だけど大丈夫? 無理だよって思ったらお面を付けてる人に言ってよ☆」
「危ないから手を外に出しちゃイケません☆」
お星様は、こども達に注意をしていたり心配していたり様々。お月様は、ずーっと上の空で笑っている。
「君の座席はFの13だ。さあ、皆が待ってるからお行き」
藤井さんは、人差し指をたててさくらちゃんの座席の方を指差す。
「……いやなのです」
さくらちゃんは、そう言って藤井さんの大きなおててを握った。
「さくらは、物知りな藤井さんにもっと色んな事を教えてもらいたいのです」
「皆と一緒にいるより、僕に教えてもらいたい?」
「そうだよ!」
その時夢列車は加速しました。少し揺れましたが、さくらちゃんはこのぐらいへっちゃらなのです。ママと電車に乗って出掛ける時、座らずに立っています、吊り革を握らず立っています。
「バランス感覚をきたえているのよ」とさくらちゃんは言いますが、ママは
「危ないし他の人の迷惑になるからやめなさい」と言います。
「わかった。そこまで言うなら僕は君の願いを叶えよう」
ちょっと待っててね、と言って近くにいたお面を付けている人に何かを話して急いで戻ってきた。
「あのお面の人は何者なんですか?」
「彼は、僕と同じ車掌さん。僕が君の面倒を見るからって言ってきたんだ」
「車掌さんですか〜」
さくらちゃんは、向こうにいる車掌さんを鋭い目付きで見た。次はあっち、その次はそっちを見て何かを考えた。
「車掌さんは何故かいっぱいいるんだ。僕は運転手を増やした方が良いと思うんだけどね」
藤井さんは何を考えているのかがわかったのか、優しく答える。
「えっ」
さくらちゃんは口をぽかんと開けて、ビックリしている。
「さて。揺れて転けたら危ないから座ろうか」
「きたえているから大丈夫だよ」
列車は大きなカーブを走ります。車掌さん達は、危ないから立たないように! と大きな声で皆に言っています。皆は、元気な声でハーイって手を上げています。良い子だね、きっとパパとママの言う事をちゃんと聞いているんだな。
「わあっ!」
さくらちゃんは転けそうになったけど、藤井さんの大きなおててが小さな右手を優し握った。
「ね、危ないでしょ。頭を打ったりしたら痛いから座ろうね」
「おかしいな〜、週に三回はきたえてるんだけどな〜何ででしょ?」
ハテナマークを頭の上に出しているさくらちゃんを、車掌さんはほほ笑みながら見ている。
「何で笑ってるの? 歯にノリが付いてますか?」
さくらちゃんが初めに木造のベンチに座り後から藤井さんが座った。紳士的だ、レディーファーストだ。
「僕は週に五回きたえていたよ」
夢列車から、こども達の笑い声が聞こえてくる。アハハ、ウフフ、イヒヒ、笑い声にも色々あるんだなと思いながらノートにカキカキ。
「えっと。アハハが大きく口を開けて笑う、ウフフがお上品に笑う、イヒヒが奇妙に笑う」
「君はお利口さんだね。忘れないようにノートに書き残しておくなんて」
藤井さんは優しい口調でノートを見る。ノートは真っ黒、こんなにカキカキしてるなんて偉い子。
「ママが、心に残った事をノートに書いたら思い出になるって言ってたの」
「良いお母さんだね」
ノートから視線を前へ。さくらちゃんは書き終えて、藤井さんを見る。
「……」
藤井さんは目線を下へ。
「元気ない? さくらのせい?」
「そうじゃない。君は悪くないから安心して」
「じゃあ何で落ち込んでるの? 悩んでいる事があったら、叫ぶか誰かに話してスッキリした方が良いってママが言ってたのよ!」
「そうか、一人で悩むより誰かに話した方が楽になるのか……」
ゆっくりと目線をさくらちゃんに。
「じゃあ君に一つ質問するから、正直に答えてね」
「ハーイ!」
さくらちゃんは元気な声で右手を上げた。
「君は幸せかい?」
「うん! さくらは、とってもとっても幸せなの。パパにママにおばあちゃんに犬の太郎にお友達に先生に、皆優しくて大好き」
ニコニコしているさくらちゃんは楽しそうだ。
「そうか。君は幸せなのか、不平等だな」
そう言った瞬間、周囲が突然歪んだ。
「アレを見てごらん?」
右の方には、幸せなさくらちゃんの色んな笑顔が映し出されている。
嫌いなピーマンを食べてママに誉められた笑顔、欲しい物を手に入れて嬉しくて笑顔、おばあちゃんの話してくれたお話が面白くて笑顔、犬の太郎が可愛くて笑顔。
「じゃあ今度はコレを見てごらん?」
左の方には、まるで生気を抜き取られたような悲しい目をしたこどもたちが映し出されている。
機関銃を持った少年、大勢の人達と一緒に密室に閉じ込められた少女、親の暴力によって精神的・肉体的に傷ついている少年、真っ暗な病室から哀しげな目で月を見ている少女。
「この二つを見て君はどう思うのかな?」
藤井さんは前を見ながら問う。壁に掛かった人魚の絵画を見てるような感じはしない。
「さくらだけが笑っていて、皆は悲しんでいる……」
うつむきながら小さな声でそう言った。
「この世界は平等じゃなくて不平等なんだ。健康な人がいれば病気の人もいる、お金持ちの人がいれば貧乏な人もいる、前を向いている人がいれば後ろを向いている人がいる。このように、幸せな人がいれば幸せじゃない人もいるって事を覚えておいてほしい」
藤井さんは、さくらちゃんを見つめて頭を優しくなでた。
「君はこどもだからできる事が限られているけど、思い出せば何かあると思うよ」
「さくらにできる事?」
「例えば友達がいない子と友達になるとか、人見知りな子に優しく話し掛けてみるとか」
「他の人から見たらそれはとても小さな事だけど、その人にとったらとても大きな事なのかな」
「そうだよ。人それぞれ幸せって感じるのは違うし」
「皆仲良し、仲間、お友達、手を繋ごう」
「そうそう」
「笑えば嫌な事も忘れる、笑えば嫌な事も耐えられる、笑えば皆幸せ!」
さくらちゃんと藤井さんは笑っている。
「でもさ、藤井さん。病気の人や貧乏な人を幸せじゃないって決め付けるのはよくないよ」
目に涙を浮かべながらさくらちゃんは言った。手は震えています、プルプルプルプル、二人しかいないこの空間はぴんと張り詰めています。その時汽笛がポーっと鳴りました、静かなここにはその音が聞こえましたが子供たちが騒いでいる車両には聞こえません。
「さくらのね、親友のまみちゃんが、病気でさ。一年前の健康診断でわかって、それからずーっと入院してるんだよね。心配だからお見舞いに行ったけどまみちゃん泣いててさ、声を出さずに泣いててさ、そんなまみちゃん見たら声かけられなくて」
プルプルプルプル、体も震えています。
「けどまみちゃん私に手紙にくれたの。まみはさくらちゃんがいるから頑張れる、親友のさくらちゃんがいるからまみは幸せ、お見舞いに来てくれたのにゴメンね、今度は大丈夫だからいっぱいお話しようねって。私は、傷付いたらどうしようと恐くて遠ざかろうとしていたのに、まみちゃんは私を求めていた……」
押さえきれず涙がほろほろと落ちる。ソレは夜空で光るお星様よりずっと綺麗で、ダイヤモンドより輝いていて、心に伝わるモノがある。
二人の様子に気付いた一人の車掌さんは、握りこぶしをつくっていてた。今にでも殴り掛かりそうな、そんな感じさえする。しかし女の子と手を繋いでいる車掌さんが肩を軽く叩いた。
夢列車は楽しむだけじゃない。心を強くして成長するところでもある。私達もそう、子供達と一緒に成長するの。もう遅いかもしれないけどね。
その言葉が何なのかが全くわからない女の子は、お口をチャックして待っていた。
「僕も泣きたいよ、夢列車に乗車する代償として無くなったんだから」
藤井さんは両手をお面に、そして外しました。お面はそこら辺に投げ、お面は床に寝転びました。
「見て? 驚くけど見て? 恐かったら僕と出会った記憶は消すからさ」
「いや、絶対見ない、藤井さんの事恐くなる!」
首をぶんぶん左右に振っているさくらちゃん。涙は左右にとびます。
「僕はもう生まれ変わらなくても良いと思ってたんだ、でも信じられる友達がいるから乗り越えられそう、一人じゃ心細いけど仲間がいるから恐くない」
フフフと笑う藤井さん、涙をハンカチで拭いてお面を取った藤井さんを見るさくらちゃん。普通ならその様を見て気分を害し口を押さえたり、夢に出てきたらどうしようと思って泣きだしたりするけどそんな事一切しなくて彼を見て笑っている、小さな手が大きな手を優しく擦る、藤井さんは涙を流しながら笑っているような感じがした。
さくらちゃんと藤井さんを心配している先程の二人の車掌さんは、もらい泣きをしていて子供たちに笑われている。大人なのに泣くなんて恥ずかしいよって。
さくらちゃんは藤井さんの頭をなでます、やさしく、やさしく。
「僕は死んだ、でも神様が消えるはずのこの魂を救ってくれた。生きてる時は人様に迷惑をかけ、後ろ指を指され、逃げるような転々とした毎日だった。人なんて嫌いだ、もう関わりたくない、そう言い残しこの身を……」
夢列車は哀れな魂を成長させる所。哀れな魂はそのままじゃ消えていくけど、神様に救われた魂は輝く。代償として大切な物が無くなるけど。
純粋な子供達と触れ合い、忘れていたモノを思い出し心にそっとしまい来世へ向かう準備をする。次は幸せになれよ、頑張れよ、もうここに二度と来るなよ、神様が背中を力強く押してくれる。
「泣いてスッキリしようよ、恥ずかしくないから」
ポロポロ、床に涙が落ちました、ポロポロ、次から次へと、ポロポロ、止まりません。
さくらちゃんはノートに何かをかいてます。赤や青や白、色鉛筆で色も付けます。顔の無い車掌さん、藤井さんは大泣きしています。それはまるで赤ちゃんのようです。
そうして夢列車は星空の中に消えていった。




