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夢列車  作者: ランデブー
1/3

いち


 チクタクチクタク♪


 目覚まし時計は九時を指しています。

 こどもはもうおねんねの時間だけど、ぬいぐるみが多いこの部屋には誰もいません。勉強机には書きかけの手紙、猫のキャラクターがスマイルをしている小さなテーブルには色鉛筆、ピンクのタンスの上に置いてあるのは値札が付いている真新しい洋服、そして一際でかい熊さんのぬいぐるみが、月の光で見えました。


 一通り部屋を見終えて、そこでようやくベランダの存在に気付きました。そこは、小さな花壇が幾つもあってまるでお花屋さんのようです。寒空の下蕾のお花さん達に囲まれながら、白い息を出してほっぺが赤くて満天の星空を見上げている小さな女の子――彼女が、部屋の主であるさくらちゃんです。


「お星さんキレイ。でも、お月さんもっとキレイ」

 イチゴの模様がとってもプリティーなパジャマ姿の女の子さくらちゃんは、ニコニコしながら言いました。


 するとその時、ドアをトントンと軽く叩く音が聞こえました。

 さくらちゃんはいつも通り

「どうぞです〜」と可愛らしい声で言うと、こまった顔をしたママがさくらちゃんと同じイチゴの模様がとってもプリティーなパジャマ姿で薄暗い部屋に入ってきました。


「また夜空を見ているの? 毎日あきないわね」

 優しい笑顔でさくらちゃんの横に立つと、ママも夜空を見上げました。

「お月様キレイよね。普段空なんてぜんぜん見ないから癒されるわ、たまには空を見るのも気分転換になって良いね」


 ママを横目でちらっと見たさくらちゃんは、思い出します――



 神様が夜空という画用紙に、黒色の絵の具で真っ黒に染めたの。

 でもこれだけだと少し寂しいじゃんと思った神様は、黄色の絵の具でかわいく光るいっぱいのお星様と力強く光るお月様を描いて夜空を明るくしたのよ。

 神様は夜空以外にも、青空とか夕焼けとか空をかき続けているの。



 ――とママが頭をなでなでしながら言っていたのを。


「ママ〜、神様って大変ね。お熱があったりしても画用紙に空をかかなくちゃいけないし、年中無休ね」

 あくびをしながらそう言ったさくらちゃんは、くしゃみをしました。


〈ハクチュン〉


「ありゃりゃ。夜空を見る時は上着を着ないさいってあれほど言ったのに〜。さっ、もうネムネムになってるからあたたかい部屋に入りましょう」

 ママはさくらちゃんの小さな右手をギュッとにぎりました。さくらちゃんは、サムサムなベランダとキラキラの夜空に左手をふってバイバイしました。


「ママ〜。おててが冷たいの、ほっぺも冷たいの」

「サムサムのお外にいたから冷たいのよ。お風邪がさくらを苦しめたら嫌だから、ハグよハグ〜」

 ママは両手を大きく広げて、さくらちゃんに抱き付きました。


「あったかいよ。ハグハグあったかよ!」

「痛い痛い、やさしくハグよ! じゃないとママ、イタイタだからさ」

「ごめんなさいですママ。やさしくハグハグ」

「そうそう。やさしくハグハグ」




 チクタクチクタク♪


 目覚まし時計は九時三十分を指しています。もう皆はスヤスヤと寝息をたてて寝ている時間なのです。

 さくらちゃんは夢の世界へ遊びに行くために、夢列車に乗って出発しなきゃいけません。


 きっぷはちゃんとお持ちですか? よいどめ薬はちゃんと飲みましたか? おやつは300円以内ですよ? お弁当は忘れてませんか? 遅れるって班長に連絡しましたか?



「……おやすみ」

 ママはさくらちゃんのほっぺにチュッ。そして、頭をなでなで。

 足音をたてずに、静かに、慎重にドアを開けてゆっくり閉める。はあ、と大きく口を開けてあくびをしたママは

「私も寝よう」と呟いて自分の部屋に入った。




 ――――パチり。


 目を開けると、そこには列車がありました。この列車に乗って夢の世界へ行けるのは、車掌しゃしょうさんに夢切符を貰った良い子だけ。夢の世界に悪い子は行けないのです。


「急がなきゃ! でも久しぶりの夢列車だから少し緊張する」

 ベンチであたふたしているさくらちゃんは、夢列車に乗車する為に切符を探しています。

「あれれ〜? ポケットに入れてたのに、ないよ」

 慌てふためき焦っているさくらちゃん。誰か助けてようと辺りを見回しても、人っ子一人いなくてあるのは大きな夢列車だけ。

「うう。切符、切符ない、夢列車乗れない……」

 月の光に照らされた静かなプラットホームに、女の子の泣き声が響きました。その声は、寂しそうな感じがします。さくらちゃんが涙を拭こうとポケットからハンカチを取り出そうとしたその時。


「――泣かないで。涙は悲しかったり苦しかったり嬉しかったりして感情が高ぶった時などに目から出るんだけれど、君は今どんな感情だい?」

 そこにいたのは、藤井ふじいと書かれた名札を付けていてお面も付けている背の高い不思議な感じがする人。

「あなたは、誰ですか? 夢列車の運転手さんですか?」

「僕は車掌しゃしょうの藤井と言います。運転手さんじゃなくてゴメンね」

 さくらちゃんの鼻から鼻水がたら〜。車掌さんの藤井さんは気付いて、ティッシュを胸ポケットから取り出します、ムラサキのハンカチも。

「か、かんじょうって何ですか?」

 ハンカチで涙をふきふき、ティッシュで鼻水をふきふき、されて真っ赤になった目で藤井さんに質問。どうやら“感情”という言葉は、さくらちゃんには難しかったようだ。

「感情っていうのは、物事にふれて心の中に起こる喜び・怒り・悲しみなどの気持ちって意味だよ」

 笑っているように感じたけれど、お面を付けているから藤井さんの表情はわからない。

「心の中の気持ち?」

「そうだよ。君の心は今どんな状態なんだい」

「私の心の中は、お天気が悪いの。大雨で雷がゴロゴロって大きな音をだしてるの」

「……そうか」

 藤井さんは、さくらちゃんが今どんな気持ちなのかを理解し、小さな頭を大きなおててで優しくなでなで。するとさくらちゃんは、ニコリと笑った。

「にひひ」

「ふふ」

 さくらちゃんの笑い声、車掌さんの笑い声が静かなプラットホームに響く。


 夢列車に、小さな女の子と背の高い車掌さんが乗車して、夢列車はゆっくりと動いた――。





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