誓約
悠斗が屋上に出ると、大関たちは疲労困憊の様子だった。
倒れない敵に弾も尽きかけているようだ。
「大関さん!準備できました!」
「おお、悠斗か!」
「すいません、遅くなって。」
「ガッハッハ!もう少し遅くってもよかったかもな!」
山本が笑う。
その様子をみて、悠斗は笑顔を浮かべる。
「それじゃあ、援護お願いします。」
悠斗はそういうと、カエルに向かって走り出した。
「悠斗!お前一体何考えて……!」
「まぁまぁ落ち着いて。今我々にできるのは援護ですよ。」
山本が声を上げるが、村下が制する。
「グギギギギ!」
カエルが体を仰け反らせ、舌を出す体勢になる。
「うおおおおおおおおおおおおッ!」
悠斗は雄叫びを上げながら走る。
カエルが上体を起こす。
「ギィア!」
カエルが舌を伸ばす体勢に入ると、銃弾がカエルの頭に当たり、カエルが怯む。
撃ったのは宮本だ。
「サンキュー!宮本!」
そういいながら、悠斗は握りしめた薬を、カエルの開いている大きな口に突っ込んだ。
「効いてくれ!」
「ギィィィィィ!?」
薬を入れた途端、カエルが体をくねらせ、暴れる。
暫くすると、カエルは蹲り動かなくなった。
「悠斗……何を入れたんだ?」
「見てれば解りますよ……薬が効いたなら。」
「グ…ギ……。」
カエルの背中がぱっくりと開く。
悠斗は駆け寄る。
カエルの背中から見えるのは、人の背中だった。
「和久井さん!」
悠斗は和久井の背中をつかんで引っ張る。
すると、肉の剥がれる音とともに人の上半身が出てきた。
その上半身は間違いなく和久井のものだった。
「和久井さん!和久井さん!」
悠斗が肩をゆする。
「……うぅ……ぁぁあ?」
和久井がゆっくりと目を覚ます。
「悠斗……か?」
どうやら正気はあるようだ。
「悠斗、結局何を入れたんだ?」
大関が聞く。
「あれはゾンビ化を抑える薬です。学校から脱出するとき、学校に来た自衛隊員が使っていたそうなので、きっとあると思ってました。」
「ほほう!それは興味深いねぇ!」
村下が目を輝かせていう。
だが、和久井の目は暗い。
どこか遠くを見ているような、そんな印象を受けた。
「なぁ、悠斗……俺は今まで、こんなバケモンになってたのか?それで、お前らを襲ってたのか?」
和久井が聞く。
「…………はい。」
「そう、か。」
和久井がそれを見上げる。
「悠斗。いや、誰でもいい。俺を殺してくれ。」
「えぇッ!?」
突然の願いに悠斗たちは焦る。
「驚くことはないさ。お前が俺に入れたのはゾンビ化を『抑える』薬だ。いつ、俺がまたこのバケモンになるか分からんだろうが。」
「そ、その度に薬を接種すれば…。」
しどろもどろになりながら言う。
「だが、その薬はどれくらいある?確実に定期的に接種できるか?できんだろう。だから、今核である俺を殺すんだ。」
「で、でも!そのうちきっと新薬が……!」
「希望的観測はよくない。希望は人の原動力になるが、時に人の視界を曇らせる。……グッ!」
「和久井さん?」
「どうやら……あまり時間はないらしい。さぁ、誰か。俺を撃て。」
沈黙が訪れる。
「俺が、撃ちます。」
悠斗が真っ直ぐに和久井を捉えていう。
「そうか……やるなら早くしてくれ。」
「クッ……!折角……折角また会えたのにッ!こんな……こんなことって!」
悠斗の手が震える。
溢れる感情がせき止められない。
和久井は熱に冒されているような、虚ろな目で麗香を見る。
「君が、麗香ちゃんか?」
「はい。そうです。」
「そうか。悠斗め。こんな可愛い子を……独り占めしやがって。幸せもんだな……全くよ。」
悠斗の視界が涙で歪む。
「悠斗。撃て。」
「う……うああ……!」
「お前と過ごした時間……弟が出来たみたいでよ、スッゲー楽しかったぜ……。」
和久井が瞑目する。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」
悠斗は引き金を引いた。
「悠斗。ヘリだ。」
悠斗が顔を上げると、ヘリが一機近づいてきた。
やがて、屋上に着陸する。
『早く乗ってくれ!燃料がなくなりそうだ!』
「あぁ、すぐ乗る!」
ヘリに入ろうとする。
だが。
そこにはすでに数人の負傷兵がいた。
開いているスペースには、どうあがいても7人が限界だ。
つまり。
「一人乗れない……のか。」
大関が呟くように言う。
次のヘリが来るかどうかも分からないこの状況でヘリに乗らないということは、この戦場を一人で乗り切らなければならないということにほぼ等しい。
悠斗が伊吹を見る。
「雨音……。」
伊吹は苦悶の表情を浮かべている。
早くしないと死んでしまう。
「俺がおります。」
悠斗がその言葉だけを言った。
全員が悠斗の方を見る。
「俺なら大丈夫です。麗香と伊吹をお願いします。」
「おい、悠斗!だったら俺が……!」
山本が声を上げる。
だが、悠斗はそれを制する。
「山本さん。貴方には奈々ちゃんの面倒を見るという仕事が残っています。」
『早くしてくれ!もう時間がない!』
操縦士が催促する。
「いいから、乗って!」
悠斗が言うと、麗香が悠斗にしがみつく。
「駄目だよ!だったら私も残る!」
「我儘を言うな!お前は生きないといけないんだ!」
悠斗は泣き叫ぶ麗香を大関に押し付ける。
「お願いします!」
「……すまん。」
大関がヘリに麗華を押しこむと、皆に命令する。
「皆、乗れ。悠斗の願いを無駄にするな。」
ぞろぞろと全員がヘリに乗り、悠斗を見る。
「じゃあな皆。元気でな。」
「悠斗……また会おう。」
「えぇ、いつか、必ず会いに行きます。」
「悠斗君!お願い!考え直して!」
麗香が泣き叫んでいるが、悠斗は逆に麗香に向かってほほ笑む。
「また、会えるさ。十年後でも、二十年後でも。いつか会えるさ。」
ヘリが浮上する。
「さよなら!皆!」
ヘリがジャンプしても届かないくらいの高さまで移動する。
悠斗は俯き、ただ立ち尽くす。
「馬鹿だな。俺もよ。」
「……ぁぁぁぁ!」
急に声が聞こえてきた。
「ん?」
悠斗が上を見る。
「悠斗君!」
目の前には麗香の顔があった。
「うわぁぁ!?」
悠斗は麗香を抱きとめる。
だが、勢い余ってそのまま屋上の上を数回転がった。
「れ、麗香!なんで……うむっ!?」
麗香が悠斗の唇に自分の唇を重ねる。
「……悠斗君のいない人生なんて、過ごせない。悠斗君がいないと、私は私でいられないの……だから……だから!」
目に涙をためる麗香を、悠斗はしっかりと抱きしめる。
「全く。本当に馬鹿だな……お互いに。」
「えへへ……。」
「生きよう、麗香。」
「……うん。」
「一緒に、いつまでも……。」
「うん!」
「そう……。」
この死者の蠢く世界で…………。




