涙跡
悠斗を囲む兵士の輪が狭くなる。
悠斗は脱出口を探すが、見つからない。
このままでは捕まってしまい、麗香の救出は愚か、自分の身の安全さえ確保できなくなる。
(考えろ……諦めたら終わりだッ!諦めるもの……ガッツの無い者に栄光はないッ!)
使えるものはないかと周囲を見回す。
だが、周りには座席と、非常灯があるばかりで、使えそうなものはない。
「チッ……クソッ!」
悠斗が焦りを隠せなくなったその時。
大きなプロペラ音が近づいてきた。
そのあと、シューと音がし、戦闘機の残骸にミサイルがぶつかる。
戦闘機の破片が飛び散り、兵士の方や足に当たる。
そしてその爆発により、壁が吹き飛ぶ。
「な、何があった!?」
兵士が慌てふためく。
その直後、カランと何かが落ちる音がし、辺りが閃光に包まれる。
「うわぁッ!?」
すると黒煙の中からロープがおり、数人の人影が下りてきた。
悠斗はその人影を見つめる。
短い間だったが、行動を共にし、死線を潜り抜けてきた仲間の姿を。
やがて一人の男が顔が識別できる距離まで近づくと、ゆっくりとつぶやくように言った。
「悠斗……強く、なったな……。」
刻まれた皺。
少しかすれた声。
ごつごつした、木の幹のような手。
その手が悠斗の頭に置かれる。
何故か、その手が頭の上に置かれた途端に、涙が溢れてきた。
「山本さん、ぐ、ふうううう!おそい、で、すよ、う、うううううう!」
涙が止まらない。
山本は温かみのある声で言った。
「悠斗。ここは俺たちに任せろ。ここの兵士たちは俺たちが引き付ける。お前は麗香を助けに行くんだろ?立ち止まるな。お前はまだゴールから1kmくらい手前にいる。もう一踏ん張りだ。」
「はい……はい!」
悠斗は腕でグシグシと顔を拭い、涙を振り払う。
その方に、もう一つの手が置かれる。
振り返ると、伊吹だった。
「行こうよ悠斗。麗香が待ってるよ?」
「あぁ……言われなくても、助ける!」
そういって麗香のいる檻に向き直る。
だが。
「いないッ!?」
麗香がいない。
それに岸沢も姿を消してしまった。
恐らく、不穏な空気を感じ取って、麗香を連れて逃げたのだろう。
「追いかけるぞ!」
「うん!」
二人は走り出した……。
「クソッ、どこ行きやがったッ!?」
きょろきょろと辺りを見回す。
すると、伊吹が声を上げた。
「悠斗!地面よく見て!」
「地面?」
下を見る。
一見すると何も見えないが、よく見ると、床に水滴が垂れていた。
「これは……?」
じっと目を凝らすと、廊下の先まで続いているようだ。
「悠斗……。多分、これは麗香の涙だと思う……。」
「ッ!……麗香。」
腰に下げてある9mm拳銃をギュッと握る。
そしてその水滴を追ってまた歩き出す。
廊下の角を曲がって、また真っ直ぐ。
水滴を見落とさないように、慎重に。
「敵がいたぞ!」
急に声がして、前方を見ると、兵士が数人銃を構えていた。
「危ねぇッ!」
咄嗟に伊吹を抱き寄せながら、廊下の角に飛び込む。
その直後、銃弾が廊下の角を削った。
「畜生ッ!急いでんのに……!」
銃撃が止んだタイミングを見計らって、手榴弾を投げる。
暫くして爆発音があり、廊下は再び静かになった。
少し顔を出すと、壁には血飛沫が、そして床には肉塊や臓器が飛び散っていた。
その少しぬめった廊下を超えると、また水滴が現れ始めた。
水滴の通りに角を曲がると、突き当りに出た。
その突き当りの部屋。
『燃料供給室』と書かれた金属製の扉の先に麗香がいるのだろう。
「行くぞ、雨音。」
すると、雨音が急に素っ頓狂な声を出す。
「あいよッ!」
「いや、そこはシリアスにまとめるところだろ!」
「え~?でも緊張ほぐしとかないとね?」
「う~ん。いいんだろうか……?」
「は~い。細かいことは考えな~い!ささ、レッツゴー!」
雨音の気配り(?)に頼もしさと不安を感じながらも、悠斗はその扉に手をかけた。




