表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死者の蠢く世界で  作者: 三木 靖也
同害報復
39/64

月夜

その夜。


山間の静かな湖畔。


五台の車が並んでいた。


その車の上に胡坐をかき、酒をあおる見張りが一人。


山本だ。


日中の銃撃戦のダメージは、かなり酷かった。


特に疾風の装甲は、よく貫通しなかったと褒めてやりたいほどボロボロになっていた。


修理したいところだが、生憎と道具が無いし設備もない。


いずれちゃんとした施設で修理せねばなるまい。


グイッと、ビールの入った缶を傾け、黄金色の発泡酒を飲み干す。


幸い、弾丸は規格の合うものが多く、戦闘で使った分は補充出来た。


ガソリンもかなりの量がある。


暫くは持つだろう。













空を見上げる。


あぁ、いい夜だ。


皆寝静まっていて音は無く。


湖畔で、自然の合唱が響く。


唯草虫の啼くままに。


唯風の吹くままに。


今日は本当にいい夜だ。


こんな夜にこそ酒は飲むものだ。


飲み干した缶を投げ捨てて、次の缶に手を伸ばす。


すると、そこにあったはずの缶はなかった。


「んあ?」


振り向くと、村下が缶を持って立っていた。


「付き合うよ~。」


「おう、村下さんか。まぁ座ってくれ。」


それぞれが胡坐をかき、缶を持ち上げる。


缶を開けると、プシュッという音とともに、缶が開く。


「それじゃあ、乾杯。」


「乾杯。」


月の明かりが湖畔に反射する。


月が湖面におぼろげに映し出される。


それを見ながら酒をあおる。


今日はいい月夜だ。


こんな月夜には、友と、仲間と腹を割って話し合いたくなる。


今日は本当にいい夜だ。


「なぁ、村下さん。あんたは避難所に行くまで何してたんだ?」


二人とも避難所で知り合った仲だが、避難所以前の話など聞いたことが無かった。


今更そんなことを聞く気になったのも月の魔力か。


山本自らが発したその問いは、湖畔の合唱を静まらせた。


そよ風が頬を撫でる。


冬の風だ。


正直肌寒い。


「………僕はねぇ、大学教授なんだよ。」


「おう、そうか。そういやぁ、避難所にも学生さんがいっぱい居たな。」


「皆とってもいい子ばかりでねぇ…。大学から避難するときには、授業中だったから僕が皆を連れ出せたんだけど。」


「そうか………。」


山本は思う。


避難所には十数名の学生がいた。


皆正義感が強く、そして、どんな時でも笑顔を忘れない子たちだった。


少し居た堪れない気持ちになったが、それを誤魔化すように酒をあおる。


本当にいい夜だ。


人は誰しも、仮面をかぶって生きていると聞いたことがある。


きっとそれは本当なのだろう。


良識人としての仮面。


人間関係に必要な仮面。


優等生に必要な仮面。


だが、こんな月夜には何もかもさらけ出したくなる。


自分の本音を。


自分の素顔を。


そして、自分の悲しみを。


避難所がゾンビに埋め尽くされても、彼らは希望を失わなかった。


喰われる仲間に涙を流し。


見捨てた自分に憤り。


だが、それでもしっかりと前を見据えていた。


今時の子にしては珍しい。


バスで脱出する時にも何人か残っていたが、トレスの入り口に行くまでに死んでしまった。


「世の中ではな、死ぬ順番みてぇなもんが決まってんだよな。」


「………そうだね。」


「だけどよ、あの日からなんか変わっちまったんだよ。」


酒を一気飲みする。


酒やたばこのような嗜好品はあまりないが、今夜位はいいだろう。


今日は本当にいい月夜だ。


二人の男が車上で酒を酌み交わす。


月のスクリーンが二人の影を映し出す。


「正直な話だがよ、東北までの道のり、行けると思うか?」


「………可能性としたら10パーセントくらいかな。」


「ははっ……こりゃ厳しいな。」


「今回みたいな戦闘が起こっても、勝てる確率は低いんだよ。今回の勝利は奇跡に近いからね。奇跡は自分で起こせない。神様の気まぐれなんだよ。」


「神様か。村下さんよ、面白れぇ考えしてるな。運命とかも信じるクチか?」


「私は一応教授であり学者だから、非科学的なことは信じないよ。起こった事柄を運命だと決めるのだって、人間自身なんだから。運命なんてものはない。そこにあるのは自分の意思さ。」


「なるほど、な……。」


運命などなく、そこにあるのは自分の意思。


ある事柄を運命と決めるのもまた自分。


確かにそうかもしれない。


いや、きっとそうなのだろう。


あぁ、本当にいい夜だ。


友と酒を交わし、腹を割って心から話せるこのひと時。


良い夜と言わないで何と云うだろうか。


あぁ━━━。


今日は、本当に━━━。


いい夜だ。



















虫の声が高らかに鳴り響く。


一陣の風が木を揺らし、音を立てる。


その風に乗り、声が聞こえてくる。


「グガァァァァァァァァァッ!!!!!!!」


いや、声と呼ぶには狂暴すぎる。


正に咆哮だろう。


「敵か!?村下さん、早く車に戻れ!」


「解った!」


村下が飛び降りる。


ガサガサという木が擦れて起こる音が大きくなり、何かが飛び出してくる。


「こいつは………ッ!」


一言で表すなら馬。


だが、眼は怪しく紅に輝き、身体のいたるところに噛み傷がある。


口からは涎を垂らし、鬣の生えているところからは、触手が生え出ている。


「ガァァァァァァァァァァ!!」


「クソッタレ!」


腹いせに、飲み干した缶をその馬に向けて放り投げる。


そして、急いで車内に入り、エンジンをかける。


『皆起きてくれ!新種の敵だ!馬に酷似している敵だ!急いで逃げるよ!』


無線から村下の声が聞こえる。


次々と各車のエンジンがかかり、順に発進していく。


それを見た馬は、乱暴に、だが、どこか楽しそうに咆哮を上げた。


獲物を見つけた、といわんばかりに━━━。

出して欲しい武器がありましたら御一報下さい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ