月夜
その夜。
山間の静かな湖畔。
五台の車が並んでいた。
その車の上に胡坐をかき、酒をあおる見張りが一人。
山本だ。
日中の銃撃戦のダメージは、かなり酷かった。
特に疾風の装甲は、よく貫通しなかったと褒めてやりたいほどボロボロになっていた。
修理したいところだが、生憎と道具が無いし設備もない。
いずれちゃんとした施設で修理せねばなるまい。
グイッと、ビールの入った缶を傾け、黄金色の発泡酒を飲み干す。
幸い、弾丸は規格の合うものが多く、戦闘で使った分は補充出来た。
ガソリンもかなりの量がある。
暫くは持つだろう。
空を見上げる。
あぁ、いい夜だ。
皆寝静まっていて音は無く。
湖畔で、自然の合唱が響く。
唯草虫の啼くままに。
唯風の吹くままに。
今日は本当にいい夜だ。
こんな夜にこそ酒は飲むものだ。
飲み干した缶を投げ捨てて、次の缶に手を伸ばす。
すると、そこにあったはずの缶はなかった。
「んあ?」
振り向くと、村下が缶を持って立っていた。
「付き合うよ~。」
「おう、村下さんか。まぁ座ってくれ。」
それぞれが胡坐をかき、缶を持ち上げる。
缶を開けると、プシュッという音とともに、缶が開く。
「それじゃあ、乾杯。」
「乾杯。」
月の明かりが湖畔に反射する。
月が湖面におぼろげに映し出される。
それを見ながら酒をあおる。
今日はいい月夜だ。
こんな月夜には、友と、仲間と腹を割って話し合いたくなる。
今日は本当にいい夜だ。
「なぁ、村下さん。あんたは避難所に行くまで何してたんだ?」
二人とも避難所で知り合った仲だが、避難所以前の話など聞いたことが無かった。
今更そんなことを聞く気になったのも月の魔力か。
山本自らが発したその問いは、湖畔の合唱を静まらせた。
そよ風が頬を撫でる。
冬の風だ。
正直肌寒い。
「………僕はねぇ、大学教授なんだよ。」
「おう、そうか。そういやぁ、避難所にも学生さんがいっぱい居たな。」
「皆とってもいい子ばかりでねぇ…。大学から避難するときには、授業中だったから僕が皆を連れ出せたんだけど。」
「そうか………。」
山本は思う。
避難所には十数名の学生がいた。
皆正義感が強く、そして、どんな時でも笑顔を忘れない子たちだった。
少し居た堪れない気持ちになったが、それを誤魔化すように酒をあおる。
本当にいい夜だ。
人は誰しも、仮面をかぶって生きていると聞いたことがある。
きっとそれは本当なのだろう。
良識人としての仮面。
人間関係に必要な仮面。
優等生に必要な仮面。
だが、こんな月夜には何もかもさらけ出したくなる。
自分の本音を。
自分の素顔を。
そして、自分の悲しみを。
避難所がゾンビに埋め尽くされても、彼らは希望を失わなかった。
喰われる仲間に涙を流し。
見捨てた自分に憤り。
だが、それでもしっかりと前を見据えていた。
今時の子にしては珍しい。
バスで脱出する時にも何人か残っていたが、トレスの入り口に行くまでに死んでしまった。
「世の中ではな、死ぬ順番みてぇなもんが決まってんだよな。」
「………そうだね。」
「だけどよ、あの日からなんか変わっちまったんだよ。」
酒を一気飲みする。
酒やたばこのような嗜好品はあまりないが、今夜位はいいだろう。
今日は本当にいい月夜だ。
二人の男が車上で酒を酌み交わす。
月のスクリーンが二人の影を映し出す。
「正直な話だがよ、東北までの道のり、行けると思うか?」
「………可能性としたら10パーセントくらいかな。」
「ははっ……こりゃ厳しいな。」
「今回みたいな戦闘が起こっても、勝てる確率は低いんだよ。今回の勝利は奇跡に近いからね。奇跡は自分で起こせない。神様の気まぐれなんだよ。」
「神様か。村下さんよ、面白れぇ考えしてるな。運命とかも信じるクチか?」
「私は一応教授であり学者だから、非科学的なことは信じないよ。起こった事柄を運命だと決めるのだって、人間自身なんだから。運命なんてものはない。そこにあるのは自分の意思さ。」
「なるほど、な……。」
運命などなく、そこにあるのは自分の意思。
ある事柄を運命と決めるのもまた自分。
確かにそうかもしれない。
いや、きっとそうなのだろう。
あぁ、本当にいい夜だ。
友と酒を交わし、腹を割って心から話せるこのひと時。
良い夜と言わないで何と云うだろうか。
あぁ━━━。
今日は、本当に━━━。
いい夜だ。
虫の声が高らかに鳴り響く。
一陣の風が木を揺らし、音を立てる。
その風に乗り、声が聞こえてくる。
「グガァァァァァァァァァッ!!!!!!!」
いや、声と呼ぶには狂暴すぎる。
正に咆哮だろう。
「敵か!?村下さん、早く車に戻れ!」
「解った!」
村下が飛び降りる。
ガサガサという木が擦れて起こる音が大きくなり、何かが飛び出してくる。
「こいつは………ッ!」
一言で表すなら馬。
だが、眼は怪しく紅に輝き、身体のいたるところに噛み傷がある。
口からは涎を垂らし、鬣の生えているところからは、触手が生え出ている。
「ガァァァァァァァァァァ!!」
「クソッタレ!」
腹いせに、飲み干した缶をその馬に向けて放り投げる。
そして、急いで車内に入り、エンジンをかける。
『皆起きてくれ!新種の敵だ!馬に酷似している敵だ!急いで逃げるよ!』
無線から村下の声が聞こえる。
次々と各車のエンジンがかかり、順に発進していく。
それを見た馬は、乱暴に、だが、どこか楽しそうに咆哮を上げた。
獲物を見つけた、といわんばかりに━━━。
出して欲しい武器がありましたら御一報下さい。




