狼煙
少し長いと思います。
では、どうぞお楽しみください。
備品庫には、多くの医療品が並んでいた。
この辺りには薬局が無いため、調剤も、薬の処方もすべて一貫してやっている。
風邪薬や包帯、消毒液などを鞄に詰める。
悠斗達のチームは、かなり完成されているといってもいいだろう。
だがしかし、一つ欠点があるとすれば、それは医者がいないことだ。
(医者も見つかるといいんだけどな…。)
そう思いながら、薬を詰めていく。
鞄がいっぱいになるまで詰め、肩にかける。
昨日泊まった家で拝借したものであるが、なかなか丈夫である。
どうやら伊吹も詰め終わったようだ。
目で合図をすると、ゆっくりと備品庫の扉を開ける。
「ッ!」
思わず大声を出しそうになった。
それも無理はない。
廊下に溢れかえっていたのはとても小さいゾンビ…。
そう、生まれて間もない子供のゾンビだ。
「アぁぁぁァァ……ウゥゥウウ…。」
伊吹もそれに気付いた。
だが、伊吹には刺激が強すぎた。
「ひッ!」
声が━━━出てしまった。
赤ん坊のゾンビが一斉にこっちを見る。
ゾンビでなければ抱きしめたくなるほど可愛い光景だが、今となっては悍ましいの一言。
「なぁ…。雨音。俺の一番大好きな人物って誰かわかるか?」
「悠斗の考えてることが私と同じなら、一人しか思い浮かばないけど……。多分ヘロデ大王?」
「ご名答…。」
後ずさりをしながら会話する。
赤ん坊のゾンビは確実に迫ってきている。
「ねぇ悠斗…。」
「あぁ…。走れッ!」
二人は全速力で駆ける。
多くのゾンビが足音に気付き、迫ってくる。
「ハァ、ハァ、もう少し、だ!」
「解って、るわよ!」
息も絶え絶えになりながら玄関まで走る。
だが、そこで見た光景は、玄関からもなだれ込んでくるゾンビだった。
「うっそ…。ゲームオーバーじゃん…。」
「諦めんな!」
伊吹の手を引いて走り出す。
「どこ行くのよ!」
「当てなんてねぇけど、諦めるよりマシだ!」
闇雲に階段を上がる。
途中で立ちふさがるゾンビを撃ち殺しながら。
そしてそのまま屋上に出るまで、そう時間はかからなかった。
屋上の扉を固く閉ざして、座り込む。
天気は快晴。
屋上からは駐屯地も見える。
「ここまで来たはいいけど、結局行き止まりじゃない。」
もう少しで到着なのに。
そんな焦りが身を焦がす。
「何か…。何かあるはずだ…。何か…。」
必死に策をめぐらす。
だが、いい案は浮かばない。
伊吹が空を見上げながら、自嘲的に笑う。
「空のキャンバスにSOSって書けたらいいのに…。な~んてね。」
「いや、待てよ…。空に、SOS…。これだ!」
伊吹の手を取って上下に大きく振る。
「な、なによ?気でも狂っちゃったの?」
「違う。俺たち、助かるかもしれない。」
「へぇ~。どうやって?」
「少し準備が必要なんだけどな。」
「死ぬよりはマシでしょ?」
「そりゃそうだ。」
そういうと悠斗は荷物を下ろし、おもむろに服を脱いだ。
上半身がシャツだけになる。
伊吹が口を開けて固まる。
「え~っと?何をしてるんですか、悠斗さん。」
「いや、だから準備だよ?」
そういうと、伊吹に近づく。
伊吹は悠斗が何をしようとしているのか思い当たる。
「いや、ちょっ!私みたいな女にだって、心の準備ってもんが…///」
赤面して顔を覆う。
だが、悠斗はそんなこと意に介さず、伊吹の手を握った。
「ん?あれはなんだ?」
大関が見た方向にあったもの。
それは屋上から煙を上げている病院。
昨日までは何もなかったのに、煙を急に噴き上げだしたのだ。
しかも、不規則に出ている。
「双眼鏡で覗いて見てくれ!」
と、隣にいた宮本に告げる。
「解りました!」
双眼鏡を目に当てる。
「あ、あれは!」
「どうした!?」
「悠斗君と伊吹さんです!」
「貸してくれ。」
双眼鏡で大関自身も見る。
病院の屋上で、煙を布のようなもので塞いだり、開けたりしている男女。
所謂、狼煙というものだ。
もちろん、男女とは、悠斗と伊吹。
「しかし、何故狼煙をあげる必要が?」
通信機を取り出す。
「水咲。何が起こっているかわかるか?」
鉄骨でくみ上げられている櫓の上に立っている水咲に通信する。
『よく見えませんけど…。もし、私の眼がおかしくなければ…。病院にゾンビが殺到しています!』
「そういう事か…。」
しかし、不気味なほど蠢いているゾンビ。
その真っ只中に入っていくなど、唯の自殺行為だ。
「クソッ!どうしたら…。」
「あの、大関さん。」
「どうした、麗香。」
「あの、ロングノーズとかいうの、使えばいいんじゃないんですか?」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
基地にいた奈菜ちゃん以外の全員でロングノーズを稼働させる。
ちなみに、奈菜ちゃん以外の全員がマニュアルを携えている。
「発射体制に入れ!」
マニュアルを見ながらなので、かなり動きは緩慢だ。
だが、緩慢ながらもロングノーズが、その長い砲身を高らかに掲げる。
「照準!」
『よし!』
「装填!万が一逸れると、悠斗も伊吹も死んでしまう。信管は抜いておけ。」
『……よし!』
「よし、初弾…てぇーーーーーーッ!」
轟音を上げながら、鉄槌が発射された。
数秒の間があった後、轟音が大地を揺るがした。
「着弾確認!狙った通りだ。よくやったぞ。次弾装填!」
『次弾装填!』
暫く間が開く。
『………完了!』
「照準其の儘!…てぇーーーーーッ!」
再度放たれた砲弾は、先程と同じようにゾンビをミンチにする。
この射撃には、二つの目的があった。
一つはゾンビ自体の数の削減。
そしてもう一つは、音でゾンビを呼び寄せることだ。
(あとは悠斗達次第だ…。必ず、生きて帰ってこい。)
大関は心からそう思った。
「今のうちだ。行くぞ、雨音。」
悠斗が伊吹の手を握る。
「ひゃッ!///」
「ん?嫌だったか?」
「い、嫌じゃ…無いけど…。」
ここまで悠斗は、常に最善とも呼べる行動をとってきたし、下手を打ってもそのたびに盛り返してきた。
今回もそうだ。
だが、悠斗に唯一の誤算があったとすれば、それは伊吹に自分を意識させてしまったことだろう。
悠斗も決してわざとやっているわけではないし、それに気づいているわけでもない。
それをやられている伊吹本人としては堪らない。
事実、彼女の心臓の鼓動は、時限爆弾の最後のカウントダウンくらい早まっているのだ。
(落ち着け私!この人は麗香の好きな人で!別に格好良くもないし!あっでもたまに格好良いところも…。ってちがーーーう!冷静になれ!伊吹雨音!)
こういう葛藤も在ったりするわけで…。
だが、そんな鼓動が何処か心地よく。
そして自分の手を引っ張ってくれるその手を。
そしてその背中を頼もしく感じるもので。
コイツと一緒なら安心できるかも…。
と思えるくらいの気持ちにもなるほどだ。
ゾンビが砲弾の着弾点に引き寄せられている間に、バイクのところまで戻り、バイクに乗る。
「行くぜッ!しっかり掴まってろ!」
「う、うん!」
ゾンビの合間を縫うようにして駐屯地までの最後の直線をひた走る。
しかし。
ここで一つだけ問題が発生する。
「悠斗!フェンスで入れない!」
病院のある方向は、唯一の入り口とは正反対。
「ゾンビがいるから引き返せない!」
「そんな…!」
諦めかけたその時。
悠斗と伊吹の目に飛び込んできたものは、フェンスからおよそ数メートル離れたところに駐車してある資材を運んでいたであろうトラック。
木の板が地面まで伸びており、ちょうどジャンプ台のようになっている。
「突破口を見つけたッ!」
「え!?嘘…まさか…!」
「そのまさかだ!」
速度計のメーターが振り切れそうになるまで速度を上げる。
「無理だって!映画じゃないんだよ!」
「大ジャンプだ!ハリウッドだってここまでやらねぇよ!」
何故だろう。
今の自分に渦巻いている感情。
不安。
恐怖。
それもある。有って当然だ。
だが、何よりも。
(楽しいッ!)
楽しかった。
「飛ぶぞ!」
「うん!」
腰にしがみつきながら返事をする。
コイツになら━━━
バイクの前輪が木の板に乗っかる。
悠斗になら━━━
車体が浮く。
━━━全てを託せる。
まるで、伊吹のその思いを具現化したかのようにバイクは飛翔する。
そして、車体がフェンスを飛び越えて接地した。
バイクがぐらつく。
(やっぱり無理か…。大けがしちゃうか…。死んじゃうかもね。)
だが、その前に自分に覆いかぶさるものがあった。
「えっ?」
急に抱き寄せられる。
目の前にあるのは、悠斗の顔。
そう。
悠斗は、車体が揺れたときに、後ろにいた伊吹を抱き寄せて、飛び降りたのだ。
そこで伊吹は意識を失った…。
飛び降りた悠斗の体がゴムまりのように跳ねる。
「ガハッ!」
数秒間、悠斗の体が地面を転がり、地面に制止する。
駐屯地にいた仲間が駆け寄ってくる。
「悠斗、大丈夫か!?」
「ハハハッ…。どうやら、せっかく取ってきた医療品を無駄遣いしちまいそうです…。雨音は?」
「気を失ってはいるが、傷一つない。よく頑張ってくれた。ゆっくり休め。」
「そうさせてもらいます…。グッ…。」
そのまま悠斗は意識を失った…。
ちなみにヘロデ大王とは、キリストを殺すために、男の赤ちゃんを皆殺しにするように命令した人だそうです。(友人談)




