急襲
受験終わりました。
連載再開です。
翌朝、悠斗は無線機の音で目覚めた。
『全員、応答せよ。』
かなり小さい声で無線が入る。
「何かあったんですか?」
『外にゾンビ化したと思われるカラスの群れがいる。全員、絶対に大きな音を出すな。』
「何だって…?」
眼を擦りながら、バリケードの設置された窓を覗く。
外の景色は恐怖そのものだった。
昨日降った雪で、一面の銀世界となった街。
そして、それを埋め尽くさんばかりの黒い点。
ざっと見ても千羽は居るだろう。
そしてその中でもひときわ大きい塊…。
一言で形容するなら異形。
基本はカラスなのだが、特筆すべきはその頭であろう。
大小の無数の眼がついているのだ。
(恐らくあれが上位種…。彼奴が群れを率いているのか。)
解ったところでどうしようもない。
撃っても、音で他のカラスが襲ってくるからだ。
『全員、ここに留まっていては危険だ。静かに移動せよ。車の止めてある玄関にだ。』
「了解。」
小さな返事をしてから、麗香を見る。
長い付き合いともなると、眼だけで合図できるようになってくる。
悠斗が話している間、麗香は昨日纏めておいた荷物を持ってきていたのだ。
「サンキュー。」
「ううん、別にいいよ。それより早く行こう?」
「あぁ…。」
慎重に扉まで移動していく。
パリィィィ…ン
何処からかガラスの割れる音がした。
「!」
『全員走れぇ!』
悠斗は、麗香の手を掴み、扉を吹き飛ばす勢いで走る。
「クソッ!」
ガラスが割れたという事は、そこからカラスが侵入できるという事。
もしかしたらもう入ってきているのかもしれない。
つまり、もうここは自分たちの束の間の安息地ではなく、カラスの狩場となったのだ。
階段を駆け下り、玄関に走る。
玄関には人が集まっていた。
(全員が………いない。)
確認すると、伊吹と奈菜ちゃんがいない。
「大関さん、雨音と奈菜ちゃんは…?」
大関が首を横に振る。
「それが応答がないんだ。」
「じゃあ、もしかしたらもう…。」
口に手を当てて呟く水咲。
「大丈夫だ。雨音なんか死んでも死なねぇよ。」
そうは言ったものの、正直のところ不安である。
もしガラスの割れたところが雨音たちの部屋だったなら…。
今頃カラスの朝食だろう。
タッタッタ…。
足音がした。
全員が振り返ると、そこには目に涙を浮かべた奈菜ちゃんがいた。
「大丈夫かい?」
大関が近づく。
「私はッ…。大丈夫ッ…だけどぉ…。伊吹おねぇちゃんがぁ…。」
「噛まれたのか?」
「ううん…。噛まれては…ック…いないけどぉ…私に任せて逃げてってぇ…。」
「まだ生きているかもしれんな。」
悠斗は一歩前に出た。
「俺が行ってきます。」
「しかし、あまり待てんぞ?」
「敵が来たら、先に行ってもらって構いません。その時は、駐屯地で落ち合いましょう。」
「解った。気を付けるんだぞ。もし無理だと思ったら戻ってこい。誰も責めはせん。」
「仲間を諦める位なら責められた方がましですよ。じゃ、行ってきます。」
89式小銃を持って歩き出す。
「悠斗君、気を付けてね。」
「あぁ、解ってるって。心配すんな。」
「悠斗君が死んじゃったら…私…ッ!」
麗香は項垂れて呟く。
ポン、と不意に頭に手を置かれる。
頭を上げると、笑みを浮かべた悠斗がいた。
「絶対に戻ってくる。安心しろ。」
普通なら心配で気が気でなかったが、この笑みは、不思議と安らぎを与え、絶対に帰ってくるという確信をくれるものだった。
麗香は、去っていく背中を唯見つめていた…。
「アハハ…。私もここまでかぁ…。」
座り込み、壁に背中を付けて呟いたのは伊吹。
入ってきたカラスを何とか仕留めて、部屋にあったものを積み上げて窓にバリケードを作ったが、多くのカラスが体当たりを敢行していて、いつ壊れるかわからない状況である。
逃げることならいくらでもできるが、仲間が逃げるまでの時間を稼がなければならない。
そう決めたのだ。
他の窓からもカラスが入ってきそうな勢いである。
「カラスかぁ…。嫌いだったけど、これで大っ嫌いになれそう。喰われるって痛いのかな…。」
自分のボウガンに目を落とす。
ここまでの修羅場を共に潜ってきた相棒だ。
「なら、いっそ自分で…。」
バン!
勢い良く扉が開いた。
今度はなんだ?
そう思いながら顔を上げると、そこには悠斗が立っていた。
「大丈夫か?噛まれてないか?」
「え?あ、うん。」
「なら、早く行くぞ。」
手を引っ張られる。
「皆は?」
「無事だよ。誰かさんが惹き付けてくれていた御蔭でな。」
「どういたしまして。」
その直後。
バリケードが粉砕し、カラスが入り込んできた。
「クェェェェェッ!」
「邪魔だ!」
89式小銃で撃ち落とし、部屋の外に出て扉を閉める。
無線機を取り出し、走りながら通信する。
「こちら悠斗!雨音を救出しました!」
『悠斗か!…残念だが、こちらは合流できん!』
「何でですか!?」
『カラスの群れが来たんだ!応戦しているのだが…。』
「早く発進してください!俺たちは別の方法を探します!」
『すまない!駐屯地で会おう!』
「了解!」
通信機を仕舞う。
「雨音、どうやら合流はできないみたいだ。何か脱出手段はないか?」
「昨日の探索の時、裏口にバイク合ったじゃん?あれ使えばいいんじゃない?」
「そうだな。裏口に回るぞ!」
「言われなくても!」
悠斗に手を引かれながら走る。
(悠斗の手って結構男らしいんだ…。)
一瞬頭によぎった考えを、顔を振って消し去る。
(違う違う!何考えてんのよ私!そもそもこいつは麗香の好きな人で…!)
戸惑っている様子に気付いたのか、悠斗が振り返る。
「どうかしたのか?」
「な、何でもないわよっ!」
「そうか?そんならいいけど…。」
一生の不覚。
そう思いながら走っていったのだった…。
「はぁ…はぁ…。着いたぞ。バイクは…。」
「走れそうだね。悠斗が運転する?」
「俺はある程度運転できるけど。雨音は?」
「てんで駄目。私が後ろに乗るから。」
「んじゃ、これ渡しとくぜ。」
そう言って89式小銃を手渡す。
「いいの?」
「使い方は大関さんに習ってたから知ってるだろ?」
「解った。そいじゃあ、使わせてもらいましょうかね!」
悠斗がエンジンをかけると、マフラーから爆音が流れた。
「行くぞっ!しっかり掴まってろ!」
「オッケー!ってキャァァァッ!」
あまりの勢いに少し悲鳴を上げてしまった。
道路に出ると、後ろからカラスの群れが襲って来た。
「雨音!」
「解ってるって!」
89式小銃を構えて、撃つ。
かなりの数なので、狙わなくてもある程度当たる。
しかし、いくらゾンビ慣れしてるとはいえ、あまりに現実離れした光景に、二人の中で何かが吹っ切れた。
「ウッォォォォオオオオオオ!なんか楽しくなってきたァァァアアア!」
「私もッ!イィィィイイイイヤッホォォォォオオオオオオゥゥゥ!!!」
「ヒャッホォォォゥ!」
奇妙な声を発しながら、悠斗と伊吹は道を突っ走ったのだった………。
これからもよろしくお願いします。




