脱獄
麗香さんがもやもやする回です。
地下倉庫にて。
悠斗は両手に加え、両足すらも縄で縛られていた。
悠斗がその道の人であれば喜んだかもしれないが、置かれている境遇を鑑みてもまずそういう考えには至らないだろう。
扉の前には谷。サブマシンガンを持っている。恐らくMP5A5だろう。
(なるべく早く逃げ出さないとな…。)
早く戻ってこのふざけた事態を止めなければ、皆が尾西の口車に乗せられかねない。
(まずは情報を集めないとな。)
「なぁ、谷っていったよな。」
「…なんだ。」
「俺は一体どうなるんだ?」
「知るか、そんな事。まぁ、逆らったらこうなるっていう見せしめにはなれるかもな。」
「…有難くて涙が出そうだ。そんな大役は仰せつかりたくないんだけどな。」
(マズイな。このままじゃ殺されかねないか。早く逃げ出さないと。)
幸い、この男がどこか抜けているのか、ボディーチェックはされていない。
気付かれないように縄さえ外せば、あとは後ろから隠しておいた銃で撃てばいい。
丁度ここは地下倉庫だから音は洩れないはずだ。
「…なぁ、今何時だ?」
「あん?今は六時だ。それがどうした。」
「腹減ったな~ってな。」
「あ?…あぁ。確かにそうだな。」
「少し早いけど飯にしないか?」
「そうすっか。」
そういうと無線で誰かと通信を始める。
(さすがに俺を置いて飯を取りに行ったりはしてくれないよな。まぁ想定内だが。)
数分後に、石田が飯を持ってきた。
「この店は早さが売りなのかね?」
「つべこべ言わずにとっとと喰え。」
お盆に乗った乾パンとポークビーンズ。そしてペットボトルのお茶が乗っている。
「…品揃えとウェイターの態度を直して欲しいね。」
「あんまり皮肉ばっか言ってるとこの場でぶち殺すぞ!」
「へいへい。」
どんなに隙のない奴でも、隙が生まれる瞬間はある。
それが顕著に表れるのは“怒った時”であろう。
隙だらけの奴なら尚更である。
悠斗は敢えて飄々とした口調を使うことで相手の精神を逆なでして怒らせていたのだ。
(行動開始は明日か…。)
下準備はすべて終わった。
後は行動のみだった…。
一方その頃。
「悠斗君、遅いな~。」
一人の女学生━━━━━仁科 麗香
はベッドの上でゴロゴロしていた。
「…何かあったのかな~。」
少し不安になる。
(でも、悠斗君なら大丈夫だよね!)
と思い直し、布団を頭から被る。
今日は久しぶりにシャワーを浴びることができた。
これも物資調達がうまく行ったのと、水咲という新しい仲間が増えたからであった。
…それにしても。
「悠斗君は私のことどう思ってるんだろ…。」
こんなことを考え出したのには訳があった。
遡ること20分前。
シャワー室は一度に複数の人で入らなければいけない為、年代の近い麗香、雨音、水咲の三人組で入ることになっていたのだ。
「ふぅ~。生き返るね。」
「そうだね。」
仲が悪いという事もなく、和やかな雰囲気が流れていた。
「悠斗さんと付き合ってるんですか?」
その雰囲気を吹き飛ばすように急に訊ねたのはもちろん水咲であった。
「え…えぇ!?何!?急に!?」
「だって、帰って来たとき、抱き締め合ってたじゃないですか?」
「いや~。あれは妬けるね。」
水咲と雨音の猛攻に晒される。
「付き合ってはない…と、思うけど…。」
「でも好きなんですよね?」
「わっ!私は…。」
「『私は』?」
「その…それは…好き、だけど。」
「ほうほう。」
水咲と雨音がメモを取り出す。
「ちょっと!何でシャワー室にメモ帳なんか持ってきてるの!」
「惚気ですか~。いや~妬けますね~妬けますね~。」
「もう!やめてよ~!」
(そういえば、悠斗君から好きって言ってもらったことなかったっけ…。)
という事で現在に至る。
(悠斗君、私のことどう思ってるのかな…。悠斗君も好きだったら…?)
『麗香…。お前のことを愛してる!』
「~~~~!///」
暫し枕に顔を埋めて暴れる。
「ふぅ…。深呼吸深呼吸。」
(もし、嫌いだったら…?)
『は?お前なんか好きな訳ね~だろ?』
「うっ…もし…そうだったら…嫌だなぁ…。………やめよ、こんなこと考えるの。」
少しブルーになりながらも、隣のテーブルに置いてあった本を広げたのであった。
翌朝。
地下倉庫にて。
「谷さん?あのさ、ちょっと悪いんだけど…。」
「あ?なんだ?」
「トイレしたいんだけど。」
「チッ!文句の多い野郎だ!全く何でこんな奴を生かしておいたんだか…。」
ブツブツと言いながら倉庫を出ていく。
恐らくバケツを取りに行ったのだろう。
「…行ったな。」
そう言うと悠斗は脱獄に向けて動き出した。
数分後。
扉を勢いよく閉める音とともに、谷が帰ってきた。
「おら、バケツ持ってきたから早くやれよ!」
「あぁ、すぐ殺るよ。」
突然背後から声が聞こえる。
ゴリッ
心臓の辺りを背後から銃で押される。
「な、なんでお前…縄は…?」
「いいこと一つ教えてやるぜ。縄を手の平を上にした状態で縛られた後、両手の手の平を合わせるようにすると、隙間が空くんだよ。…簡単なトリックだから、地獄の鬼にでも使ってくれ。」
「待て!落ち着━━」
ダン。
それ以上谷の口から言葉が紡がれることはなかった。
「さて、少し拝借しますよ…。」
谷のMP5A5と、ポケットに捻じ込まれていたマガジン二つと懐中電灯を拝借した。
「尾西をぶっ飛ばさねぇとな…。」
扉を開けて廊下を音を立てないように歩く。
「ん?この部屋は…。」
そこには地下倉庫というプレートの貼られた部屋があった。
「地下倉庫って二つあったのか。腹減ったし、ついでになんか奪ってくか…。」
鍵のついた扉を壊し、中に入る。
すると、暗がりでよく見えないが、中で人が縛られていた。
懐中電灯を点けて、縛られている人を照らす。
「あなたは━━━━。」
照らされた人物。それは。
「大関さん!」
大関だった。
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