バレンタイン騒動
まさかのシリーズ化です。
需要はあるんでしょうか。
俺の名は雅居弥人。
ごく普通の高校に通う、ごく普通の高校生だ。
この日、俺はいつも通り高校への道を歩いていた。
「おーい!弥人!」
と、後ろから男の声が聞こえてきた。
声だけで判別はできていたが、一応振り向き、姿を確認する。
「おう、歴。土戸も」
「おっす!」
「おはよ、雅居くん」
2人の男女とにこやかにあいさつを交わす。
男の名前は出田歴。小学校から付き合いのある、俺の親友だ。
女の名前は土戸菜緒。こちらは中学校からの付き合いだ。
ちなみにこの2人、今年の春から付き合い始め、早くも10カ月程経ってる。
……ん、だけど。
「……そういえば、今日バレンタインデーだよな」
俺が呟くように言うと、2人の動きが止まった。
「あ、あああ、あー!そ、そそ、そういえば、そうだなー!!」
……台詞が棒読みになってるぞ、歴。
「う、ううう、うん!そ、そそ、そういえばそうだったよね!!
は、はい!雅居くん!義理チョコ!!」
「……おう、ありがとう」
同じく棒読みになりながら、チョコレートをくれる土戸。
どうせ義理チョコだってことは分かりきってるんだから、せめて笑顔で渡して欲しかった所だ。
「………」
「………」
「………」
妙な空気に包まれながら登校する、俺達3人。
……しょうがないな。
「そういえば土戸は、歴にはチョコレートあげないのか?」
俺がちょっと爆弾に火をつけてみたところ、案の定それは爆発した。
「なっ!!ななななな何言ってるの雅居くんっ!!?」
「そっ!!そそそそそそうだぞ弥人っ!!!」
ものすごく動揺をあらわにする2人。
……俺、そんなに変なこと聞いたっけ?
「歴は欲しくないのか?土戸のチョコレート」
「へっ!?い、いや、いやいや!そ、それはだなっ……!!」
真っ赤になりながら、ちらっと横目で土戸を見る歴。
一方土戸は、少しうつむいた状態から上目づかいで歴を見ていた。
……あ、2人の視線が重なった。
「かっ!かかか勘違いすんなよ菜緒っ!!!
べっ、別にお前からのチョコなんてこれっぽっちも欲しくないんだからなっ!!
別に昨日の夜お前からチョコがもらえるかどうか心配で眠れなかったり、もしもらえたらどんなリアクションしようか悩んでたりなんかしないんだからなっ!!」
「そっ!そそそそっちこそ勘違いしないでよ歴っ!!!
べっ、別にあんたにチョコをあげたいなんて全っ然思ってないんだからねっ!!
一週間も前からあんたにどんなチョコを渡そうか悩んでたり、そのために雑誌に載ってたチョコのレシピを全部作ってみたりなんかしてないんだからっ!!」
「………先行くぞ」
ぎゃーぎゃー言い合う2人を置いて、俺は足早に学校へと向かった。
……4年も前から想い合ってたあげく、付き合って10カ月も経ってるのに……。
進歩がないと呆れるべきか、初心を忘れてないと評価するべきか、悩む所だ。
まぁ、そんなこんなで学校に到着。
校門の時点ですでに、変な雰囲気をそこかしこから感じる。
男子は女子からチョコをもらえるかどうか、女子は想い人へチョコを渡せるかどうか。
そんな緊張感が、俺にまで伝わってくる。
(……まぁ、恋愛に縁がない俺には関係ないけど)
断っておくが、俺は別に恋愛が嫌いなわけじゃないし、興味がないわけでもない。
ただ単に、今の所特定の好きな人がいないってだけだ。
だから、例えば下駄箱を開けたらチョコレートが入っていた、なんて大事件が起これば、それこそ踊り出したくなるぐらい嬉しい。
(ま、そんなうまい話あるわけないけどな……)
少し憂鬱を感じながら、俺は自分の下駄箱を開けた。
箱が入っていた。
下駄箱を閉めた。
…………………………ん?
待て、今、何が起きた?
もう一度、ゆっくりと下駄箱を開ける。
……上履きの上に、小さな箱が置いてあった。
取り出してみると、箱の上に、紙が添えてある。
雅居くんへ
手書きと思われる、可愛らしい字が、そこには書いてあった。
「おっ、雅居。はよー」
「おぅ、おはよう」
「1人か?珍しいな」
「あいつらはケンカ始めたから置いてきた」
「ははは、またかよ」
教室に入り、あいさつしてきた級友達と適当に話し、席に着く。
……できる限り、平静を装いながら。
(………どうしよう)
正直、予想だにしてなかった事態だ。
さっき『踊り出したくなるぐらい嬉しい』と思っておいてなんだけど、喜びよりも混乱が先に来てる。
もしかしたら、さっきのは夢か幻なんじゃないか……そうだ、俺がチョコをもらうなんて、そんなバカな話が……。
そう思いつつ、バッグを開く。
さっきバッグへ移した箱が入っていた。
(夢でも幻でもなかったっ……!!)
混乱しつつ、急いでバッグを閉じる。
こんなの他の奴らに見られたら、なんて言われるか分からないからな。
……でも、自分1人じゃどうしていいのか分からないし、できれば誰かに相談したい所なんだけど……。
「おーい弥人!置いてくなんてひどいじゃねーか!」
「お、おう、歴」
「どしたの?なんだか難しい顔してたけど……」
さっき置いてきたツンデレバカップルが話しかけてきた。
……ちょうどいいや、この2人は俺と違って恋人いるんだし、相談相手としては十分なはず。
「あ、いや……な、なぁ、歴」
「ん、どうしたんだ?」
「……これが、下駄箱に入ってたんだけど……」
そういって、俺はバッグを開き、中に入っている箱を見せる。
「…………お、おい」
「が、雅居くん……これ、もしかして……」
それを見た2人は、思わずといった様子で絶句する。
……そして、
「うっわぁ!!お前マジで!?マジでチョコもらったのか!?」
「すっごーい!!おめでとう雅居くん!!」
クラス中に聞こえるような大声で叫びやがった、このツンデレバカップル!!
当然、それを聞いた級友達は黙ってはいない。
『な、何いぃ!?あの雅居がチョコをもらっただと!?』
「ちょっと待てお前らどういう意味だ。
確かに俺は成績、運動、容姿全て普通だし、おまけに女友達は土戸を含めても数人しかいなくて女子とあんまり話したことがない、どちらかといえば冴えない方のただの男子高校生だけど……言ってて悲しくなってきた」
「き、気にすんな弥人!確かにお前はモテる要素ゼロだけど、そんなお前が俺は大好きだ!」
「うるせーよバカ!!彼女持ちは黙ってろ!!」
なんでチョコもらったことをバラされたあげく、自虐まがいの台詞を言うハメに……。
……相談する人を間違えた気がする。
「ね、誰?誰からもらったの?」
「い、いや、それが……」
バッグから箱を取り出し、添えてあった紙を土戸に見せる。
「『雅居くんへ』……としか書いてないね」
「そうなんだ」
「うわぁマジか!!人違いとかじゃなかったんだな!!」
「殴るぞ歴、というか人違いだったらどうするつもりだったんだ」
これだけ大騒ぎして人違いでしたって、本来もらうはずの男子にもあげた女子にもとんでもなく迷惑だぞ。
……すでに、このチョコをくれた女子には相当迷惑になってる気もするけど。
「あれ、でもこの字……」
「どうした?菜緒」
「ねぇ、この字……奈美の字に似てない?」
「えっ!?」
と、土戸の言葉に、谷井さんが反応する。
谷井奈美。さっき言った他の女友達の内の1人だ。
土戸の中学からの友達で、俺と歴もその縁で付き合いがある。
……でも、
「え、えー、違うって」
「あれ、奈美なんか慌ててない?」
「そんなことないってば!」
「んー、でも谷井って下駄箱にチョコ置いたりするか?それも無記名で」
「あー、言われてみれば……普通に面と向かって渡しそう」
「そ、そうそう」
歴と土戸が言った通り、谷井さんは気さくな性格で、下駄箱に入れたりせず面と向かって堂々と渡しそうだ。そんな性格だから、俺も谷井さんとは、ほとんど男友達と同じような感覚でつるんでるし。
それに、もらう心当たりもないんだよな……同じクラスになったのは今年が初めてだし、たまに話す以外は同じ保健委員だってぐらいしか関わりがない。
「うーん、となると誰が入れたんだろうね……」
「……これは、事件の予感がするぞ!!」
「事件って何だ歴」
確かに俺がバレンタインにチョコもらうなんて、ちょっとした事件ではあるけど。
「よーしお前ら!!こうなったら弥人にチョコをあげたのが一体誰なのか、全学年から捜し出すぞ!!阿琉高校1年2組の名にかけて!!」
『うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!』
「ちょっと待てええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
おかしい、俺はただチョコをもらった対応に困って親友に相談しただけなのに。どうしてこうなった。
……あぁ、相談する人間を間違えたからか。
こうして、歴&級友2人の手によって、その日の間中、誰が俺にチョコをくれたのかと、学年中で話題になった。
……みんな、暇だなぁ。
「いや弥人、現実逃避してないでお前も手伝えよ」
「どっちかというとお前らを引き止めたいんだけど」
「甘いな雅居!!一度火がついた俺達はそう簡単に止められないぜ!!」
「必ず犯人を突き止めて、精一杯お前を冷やかしてやるから覚悟しろ!!」
「本当に暇だなお前ら!!」
しかし、彼らの頑張りは報われず、結局下校時まで犯人(違)は見つからなかった。
「あーあ、結局誰かは分からずじまいか」
「ま、捜すの面白かったから別にいいや」
「……今更だけど、お前らバレンタインの予定は?」
『ないに決まってるだろ!!』
「……さいですか」
自信満々に言い切る級友2人に、俺は思わず呆れてしまう。
「ま、俺はマネージャーから一応もらえるけどな!」
「おのれ裏切り者!!」
「うるせぇ!悔しいならお前も部活入れよ!」
「……醜い争いだな」
『部活も入ってないのにもらった奴は黙ってろ!!』
怒られた。何故だ。
「そんじゃ、俺は部活行くわ」
「チョコをもらいにか?」
「サッカーしにだよ!」
「よし!俺もついていってやろう!」
「とっとと帰れ帰宅部!!」
「へいへーい、んじゃな、雅居、出田」
「おう」
「んじゃーな」
こうして去っていった級友2人。
「さて、じゃあ俺達も帰るか」
「おう」
「あっ、ちょ、ちょっと待って!!」
帰ろうとする俺達を引き止める声。それは、土戸の声だった。
……あ、嫌な予感がする。
「それじゃ歴、俺先に帰るな」
「え、いや別に……」
「いいから、んじゃまた明日」
「お、おう?」
いまいち状況が分かってない歴を置いて、俺は教室から出ていく。
……なんか、嫌な予感しかしないからな……。
「どうしたんだ?あいつ」
「え、さ、さー?」
菜緒はとぼけた振りをしながら、気を利かせてくれたであろう弥人に感謝をする。
そして、緊張に必死に耐えながら、歴に声をかけた。
「あ、あの、さ、歴」
「お、おう、どした?」
歴の方も菜緒の様子に影響されてか、少し緊張しているようだ。
「あのっ……こ、これっ!!」
バッ!と、音が出そうな速度で包みを出す。
「え、こ、これ……」
「……今朝は、ケンカしちゃって渡せなかったから……」
菜緒が今日の朝、早起きして作ったチョコレート。
いつもながらにケンカをしてしまい、登校時は渡せないままだったのだ。
「お、おう、サンキュ」
「……うん」
顔を真っ赤に染めながら、チョコレートを渡す菜緒。
同じく顔を真っ赤にしながら、チョコレートを受け取る歴。
「か、かか勘違いするなよ菜緒っ!!
せ、せっかくくれるっていうから受け取るだけであって、べ、別にうれしくはないんだからな!!」
いつも通り、心にもないことをいう歴。
いつもならば、これに菜緒が言い返して、売り言葉に買い言葉でケンカが始まってしまう。
……しかし、
「……うん、いいよ。私が渡したかっただけだから」
「へ?」
菜緒は、言い返しそうになるのを必死に耐えて、笑顔を作った。
それを見て、歴は驚く。
「な、菜緒?」
「……だって、せっかくのバレンタインだもん。
今日ぐらい、素直になりたいの……」
「……菜緒」
菜緒の思いを知り、しかし、歴は言った。
「無理しなくていいぜ。菜緒」
「れ、歴……?」
「素直じゃなくても、意地っ張りでも、そのままのお前が俺は好きなんだ」
「歴……」
見つめ合う2人。
完全に2人だけの世界に入ってしまっている。
……ゆえに、
《誰かこいつらなんとかしろっ……!!》
……なんてクラスメイト諸君の心の叫びには、全く気づいていないだろう。
そっと歴に身を寄せる菜緒、歴はそんな菜緒の背中に腕を回す。
しばらく抱き合っていた2人だが、やがて菜緒が顔を上げると、歴はその頬に手を添える。
そして2人は目を閉じ、引かれ合うように近づいていき……。
ゾクゥッ!!と背筋に悪寒が走った。
「……あいつら、どんだけいちゃついてんだ……?」
いつもより数倍強い悪寒に、俺は思わず呟いた。
あのままあの場にいたら、砂を吐き過ぎて死んでいたかもしれない……。
そんなことを思いつつ下駄箱へ行くと、
「あれ、雅居くん。今帰り?」
後ろから声をかけられた。谷井さんだ。
「うん、谷井さんも?」
「あー、うん。教室がちょっと、すごいことになってるからさ」
「……やっぱりか」
自分の勘の良さと親友たちの周りの気にしなさに呆れる。
「そういえば、結局分かったの?チョコの差出人」
「いや、分かんないまま。
……これで実は男のいたずらでしたー、とかだったらものすごいショックだけど」
「あはは、みんな笑ってくれそうだね」
「そんな笑いはいらない……」
靴を履き替えながら谷井さんと話す。
若干落ち込んでいると、谷井さんは軽快に笑っていた。
「ま、そのチョコ味わって食べなよ?ハート型のチョコなんてもらったことないでしょ?」
「あーはいはい、どうせ俺はモテない……」
……あれ?
「じゃ、私こっちだから。また明日!」
元気に別れのあいさつをして、西門へと向かう谷井さん。
一方俺は急いでバッグを開けて、あることを確かめていた。
「あ……谷井さん!!」
「ん?」
数m離れた位置で、谷井さんを呼ぶ。
そして、箱を片手に持って、笑顔で一言。
「……チョコ、ありがとう」
その言葉を聞き、谷井さんは一瞬茫然として、次いでぼっ、と顔を赤らめた。
「まっ、また明日っ!!」
「え、あ……うん!」
脱兎の如く西門へと走り出す谷井さんを見て、俺は微笑んだ。
……あの騒ぎのせいで、俺はチョコの箱を今まで開けていなかった。
……どうして、もらった俺ですら知らないチョコの形を、谷井さんが知っているのか。
……俺の手の箱の中には、谷井さんが言った通り、ハート型のチョコが入っていた……。
「はぁ……はぁ……」
走り去った奈美は、門を曲がった所で急停止し、壁に背中を預けていた。
「なんで……バレちゃったかなぁ……」
若干荒くなった息を整えながら、呟く。
……息の乱れは収まってきたのに、顔の熱はしばらく引きそうになかった。
「……あれ?」
一方、帰路に着いていた弥人も……、
「……そういえば、チョコをくれたってことは……。
……え、も、もしかして……?」
今更ながらチョコをもらった意味に気づき、顔を赤らめていた。
『明日から、どんな顔して会えばいいだろう……』
離れた場所にいながら、2人は同じことを思っていた……。
せっかくのバレンタインだから何か書いてみよう!
と、思って書きました。
せっかくシリーズにしたので、この先も気が向いたら同じシリーズを書くかもしれません。
余談になりますが、この話は拙作『お前らいい加減にしろ』から10カ月近く後の話になってます。というのも、『お前らいい加減にしろ』が4月下旬~5月上旬ぐらいの話なので。
というわけで、もしまたこのシリーズを書くとしても、時系列でいうと『バレンタイン騒動』よりも前の話になる可能性が高いです。
以上、余談でした。