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ILIAD ~幻影の彼方~  作者: 夙多史
Episode-13
97/119

096 語り部再び

「あーあ、結局こうなるんかい……」

 学術都市サンデルク。復興作業の続いている通りを歩きながらしぐれは大きく溜息をついた。

 イクストリームポイントの場所はセトルにもわからなかった。そこで語り部であるノックスを頼ることにしたのだ。一度王都に行き、軍が把握しているはずのノックスの動向を聞くと、今はサンデルクにいるということがわかった。

「さて、どうやって捜したもんかね」

 アランが頭の後ろで腕を組む。サンデルクは広い。しかも復興のため大勢の人が外に出ている状況だ。見つかるかどうかわからない。

「大丈夫ですよ。騒がしいところをあたっていけば見つかります。ほら、あそことか」

 ウェスターが前方を指差す。見ると、道の真ん中に人だかりができていた。わーわーと何かイベントでもあるかのように騒いでいる。

「喧嘩……じゃないわね。何かあったのかしら?」

「何や嫌な予感がしてきた」

 しぐれは感じた悪寒に身震いする。と、騒ぎに混ざってどこか幻想的なメロディが聞こえてくる。

「これ、何の音?」

 周囲の風景と全く噛み合わない曲にサニーは眉を顰める。

「バイオリン……ですかね。どうやら当たりのようです」

 人だかりの前まで来ると、騒ぎの中心にいた青年がすっくと立ち上がる。ディープグリーンの長髪、太陽のような模様が入った白いコート、自己陶酔的な仕草、もう間違うはずはなかった。

「おお! セトル君、しぐれ君、サニー君にシャルン君じゃないか。わざわざボクに会いに来てくれるなんて嬉しいよ。ハハハハハ♪」

 両手を大きく広げ、彼を避けるように退いていく人ゴミの中を歩いてくる。手には年代物を感じさせる小さなバイオリンを持っている。

(この人は相変わらずだ)

 セトルは心の中で嘆息し、キザっぽく前髪を払う彼を見る。アランが自分は呼ばれなかったこととシャルンを呼ばれたことに苛立ちを覚えて言う。

「おいこらノックス、俺らもいるんだが」

「おや? セトル君は雰囲気変わったかい? マントのせいかな」

「空気扱い!?」

 アランがノックスの肩を強く掴んだ。ノックスは焦るようすもなく白々しく彼を見る。

「やだなぁアラン君、ちゃんと見えてるよ。そんなに怒らないでくれ、ボクはボクのハニーたちの名を呼んだまでさ。それとも、君もボクのハニーに加えてあげようか♪」

「却下」

 即答で断るアランにノックスは、ははは、とキザっぽく笑った。

「何をしてたんだ?」

 セトルが訊く。意味無く人を集めていたわけではないかもしれない。

「いやなに、町の人たちを励まそうと路上演奏をしていたのさ。ほら、ボクは演奏家だから」

「初耳や! 美食家やなかったんかい!」

「そりゃ言えないさ。なにせこのバイオリンは三日前に手に入れたものでね」

「ド素人やん!」

 しぐれはコレと話していると思わずつっこみたくなる衝動が湧いてくる。周囲の人々の様子からすると、はっきり言って迷惑そうだ。

「お騒がせしました。皆さんはそれぞれの仕事に戻ってもらってけっこうです」

 ウェスターが周囲の人に呼びかけこの場を収拾する。町の人々はザワザワしながらも、彼に従ってそれぞれ散っていく。

「でも、ちゃんと弾けてたよね、バイオリン」

「当たり前さ、サニー君。ボクに弾けない楽器なんてないのさ♪」

 間違いなくはったりだろうが、実際バイオリンは素人とは思えない腕だった。

「それより、ボクに用があって来たんじゃないのかい? たぶん、独立特務騎士団のことかな?」

「知ってたんだ。それなら話は速いよ」

 馬鹿みたいにおちゃらけているようで、その実しっかり要点は理解しているところはセトルも感心していた。

「記憶の戻ったセトル君もそそるものがあるねぇ♪」

 ニコニコとした笑みを浮かべて本気ともとれる言葉を言うノックス。セトルは嘆息した。前言撤回、話は速くなさそうだ。

「記憶が戻ったことまで知ってるなんて」

「まあ、風の噂と、君の雰囲気から察したのさ♪ 流石はボクだね、当たっていたよ」

 ノックスは誇らしげに胸を張る。放っておくと話が脱線した方向に猛進していきそうなのでさっさと本題を進めることにする。

「簡潔に言うよ、イクストリームポイントの行き方を知っていたら教えて欲しい」

 セトルが要件を言うと、ノックスの表情は一瞬で真面目モードに変更された。

「もちろん知っているよ。だけど、まずは君たちの状況を聞かせてもらおうかな」

 皆は顔を見合わせた。頼る以上、やはり知ってもらった方がいい。そういうことで、彼に今までのことを一通り説明した。

「……へぇ、独立特務騎士団が消えたのは知ってたけど、そんなことになっているとは流石のボクも予想外だよ」

 説明を聞いて、彼はさして驚いた様子はしなかった。だが、いつものように面白そうな顔もしていない。

「それで、イクストリームポイントはどこにあるのですか?」

 眼鏡を煌かせてウェスターが本題を尋ねる。ノックスは思い出すようにこめかみを指で押さえ、そして答える。

「ビフレスト地方の真西海上にあるよ。ライズポイントに行ったのならわかると思うけど、簡単には入れない。いや、実質侵入は不可能かな」

「どうして? どっかに入口とかないの?」

 侵入不可能という言葉にサニーは首を傾げた。

「ライズポイントは何らかの理由で中へ入る必要があったから入口を作った。だけど、イクストリームポイントは違う。入る必要がないから周囲を強い結界で覆われているのさ」

「それだと、ワースたちも侵入できねえんじゃないのか?」

 そうなると当然アランの言った疑問が出てくるが、それにはノックスではなくセトルが答えた。

「兄さんたちには転移術がある。テュールの民以外、中に入ることはできない仕掛けになってるんだと思う」

「なんだ、それならこっちにはお前がいるじゃねえか」

「バカね。セトルが転移術を使えるならわざわざ船やセイルクラフトなんて使わないでしょ?」

 問題解決、と思っていたらしいアランはシャルンから冷たく指摘を受け、ああそうか、と納得して萎れる。セトルも頷いた。

「そういうことだから、何か別の方法を考えた方がいいよ」

 皆はその場で頭を悩ますが、道の真ん中で通行の邪魔になると気づき、脇に寄ってから再度悩ます。

 と、ノックスが閃いたように口を開く。

「ウェスター、精霊との契約はもう解消してしまったかい?」

「いえ、まだですが……!? なるほど、そういうことですか」

 ウェスターは一人だけハッとしてノックスの考えを理解した。精霊の力を借りても転移などはできないはずだが。

「何かわかったんやったらうちらにも教えてえな」

「精霊の力を一箇所に集中させ、それを一気に放ち結界を一時的に破るということです。簡単に言えば、蒼霊砲のマネごとですね」

「ホンマにそんなことできるんかい?」

「負担は大きいですが、やってやれないことはないでしょう。まあ、破れるかどうかは、実際に結界を見てみないとわかりませんが」

 ウェスターは所持している精霊との契約の証である指輪を取り出し、全て揃っているかどうか確認する。

「根源・統括、その両方が揃っているんだからかなりの威力になると思うよ。僕が保障するんだから間違いないさ♪」

 ノックスは元の表情に戻ってそう自信満々に言う。なぜか無性に不安が込み上げてくるのはなぜだろうか?

「となると、船で行った方がいいかもしれませんね。セイルクラフトでは集中できませんし」

 船で行くのなら、もう一度王都に戻らなければならない。だが、ウェスターのブルーオーブ号はまだ王都に戻ってない。これから数日待たなくてはいけなくなる。セイルクラフトとの速度の差がここで仇になってしまった。

「言っとくけど、残念ながら今回はボクは同行しないよ」

「今回も、や。……って、どないしたん? いつものあんたやったら喜んでついてくるのに」

 予想外のノックスの言葉にしぐれだけではなく皆が驚きの表情をする。

「歴史を動かす青い瞳を持つ者同士が対立しているんだ。語り部のボクは直接関わるわけにはいかないからね。ボクがいないからって寂しがったらだめだよ」

「誰が!」

 眉を吊り上げてついしぐれは大声で叫んでしまった。行き交う人々の視線が刺さる。

「やれやれ」

 人々の視線など感じていないようにウェスターは肩を竦めた。


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