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ILIAD ~幻影の彼方~  作者: 夙多史
Episode-11
83/119

082 意外な手助け

「どういうことだ?」

 警戒心を膨れ上げ、重々しくセトルは目の前に現れた者に言葉を投げかけた。

「何で……何でここに……ひさめがいるのよ!」

 驚きと困惑で戸惑いながらサニーは悲鳴に近い声を地下通路に木霊させる。

「……」

 そこにはサニーに似た赤い髪をアキナ風に結ったノルティアンの少女が無表情に立ち塞がっていた。掌の式神がただの紙に戻る。どうやらあれの主は彼女だったようだ。

「僕たちに復讐でもするつもり?」

 彼女は先の蒼霊砲事件を引き起こしたアルヴァレスの手先、それも四鋭刃と呼ばれていた幹部の生き残りだ。アルヴァレスとの戦いの前に捕えて捕虜にしていたが、その後のことはセトルたちは何も知らない。

 アルヴァレスの残党を率いてまた何かを企んでいるという可能性がある。そしてそのために今、邪魔者となる自分たちを消しに来た。それがまず二人の頭に浮かんだ状況である。

「……」

 ひさめは人形のように無感情でセトルの顔を見る。質問に答える気はない、まるでそう言っているようだ。

「もしかして……ここに住んでたとか?」

 サニーが訊くが、やはり眉一つ動かさない。ここに住んでいた――その可能性はなくはない。ここは元々アルヴァレスの施設だ。あの後逃げ込んでこの地下に身を潜めていたのかもしれない。

「こっち」

 ようやく彼女が喋ったかと思えばたったそれだけ。すると彼女はこちらのことなどどうでもいいように一人で奥へと進んで行く。

 相手の意図がわからないが、二人は顔を見合せて、とりあえずついて行くことにした。

「あの~、ホントどういうことか説明して欲しいんだけど?」

 サニーはひさめの早足に合わせて歩きながらだるそうに言う。ひさめはちらりとサニーを見ると、すぐに前を向いて一言だけ喋った。

「……あんたらを助けた」

「あの~、ホント意味わかんないんですけどー」

「……」

 ひさめは黙ったまま何も答えない。

(敵意はないみたいだけど、あの顔じゃそれもよくわからないしな。警戒は解かないでおこう)

 セトルは観察するように前を歩く彼女を見、何も話してくれないので頭の中で思考を巡らす。

「ねぇ~、何か喋りなさいよ~」

「……」

 完全無視――というわけではないようだ。サニーが話しかけるたび、ちらりと感情のない目線が彼女を向く。といっても一瞬だが……。

(この二人、同じ赤毛ポニーテールのノルティアンなのに性格は正反対だな――って、そんなことはどうでもいい。えーと、ひさめがオレたちを助ける理由は――)

 思考が脱線しかけたのを元に戻し、セトルはもう一度その理由を考え始めた。だが、いくら考えても悪い方向のことばかり考えてしまう。

「セトルからも何か言って!」

「無駄だと思う」

 セトルはもう半分諦めていた。彼女がまともに会話をする人がいれば、それは恐らくしぐれくらいなものだろう。忍者としては問題ない性格かもしれないが、やはりしぐれとまではいかなくとも、もう少し愛想よくしてくれればこちらもいろいろとやりやすい。

 突然、ひさめは立ち止まって上を見上げた。つられて二人も見上げると、そこにはまた長い梯子が伸びていて、そのずっと先に光の点が見えた。

「出口――!?」

 ぼそっと呟くように言ったかと思うと、ひさめは何かを感じたように勢いよくこちらを振り返った。

「サニー、そのまま動かないで」

「え? な、何?」

 セトルにそう言われ、サニーはわけがわからずあたふたするものの、とりあえず言われた通りその場でじっとした。

 すると、セトルが振り向きざまにレーヴァテインを抜く。

 ガキンという金属と金属がぶつかったような音がサニーの後ろで響き、少し遅れて誰かの悲鳴が地下内に木霊した。

「どうやら、見つかったようだ」

 ゆっくりと前に進みながらサニーは恐る恐る後ろを振り向くと、そこには独立特務騎士団の兵士――つまりワースの部下が四人、抜き身の剣を構えてこちらを睨むように見ていた。もっとも、四人の内一人は先程セトルの峰打ちをくらって倒れていたが。

「この!」

 残り三人の兵士の一人が大上段に剣を構える。だが、その喉に黒いものが刺さり、血飛沫を上げて崩れた。

 ひさめの投げた苦無(くない)だった。

 彼女はセトルとは違い、容赦なく敵の命を奪ったが、やはりその表情にはどこも変化は見られない。寧ろサニーの方が突然のことで顔を青くしている。残り二人の兵士もサニー同様顔を青くし、恐れの視線でひさめを見る。

「せ、セトル様、我々はワース師団長にあなたを外に出すなと、い、言われているんです。ど、どうか戻ってはくれませんか?」

 震える声で兵士の一人がセトルに頼みこむが、セトルは悩むこともなく首を横に振ってその頼みを拒否した。

「あなたたちは兄さんが何をするつもりか知ってるんですか?」

 もう一人の兵が怯えながらもはっきりと言葉を紡ぐ。

「はい……でも我々は師団長を信じています。師団長が星を分けることで、戦争のない平和な世界が築けると。――ですから、おとなしく戻ってくれませんか?」

「誰があんな寂しい所に戻るもんですか!」

 落ち着いてきたサニーが眉を吊り上げる。すると、兵たちは剣を構え直し、覚悟を決めたようにその目から恐怖を消していく。

「でしたら、力ずくで連れ戻します! 師団長の邪魔はさせません!」

 兵士がそう宣言したのと同時に、後ろから援軍が到着した。その数からして恐らくこの施設にいるほとんどの兵士たちがこの場に集結したようだ。

「あーもう! やっぱりこうなる」

「……」

 サニーは仕方ないといった様子で扇子を開き、ひさめは無言のまま忍刀を抜いた。今は彼女を味方として見てもよさそうだ。そうなると、実に頼もしい存在ではある。

(お願いだからいきなり背中からグサリってのはやめてくれよ)

 セトルは心中でそう願いながらも、ひさめに背を預ける覚悟をする。

「かかれ!」

 誰かの合図で兵士たちは一斉に躍りかかってきた。誰もが本気の目をしている。殺る気でいかなければこちらがやられる。彼らが相手にしているのはそういうレベルの相手だ。

 兵の一人がひさめの脳天をかち割る勢いで剣を振るう。彼女は二人の脱獄を手助けした者。彼らにとってこの中では本当に殺しても構わない存在である。

「……排除」

 ひさめがぼそっと呟いたかと思うと、彼女は既にそこにはおらず、剣は空振りして空気を斬っていた。

 何が起こったのかわからない兵士は、次に彼女の姿を見ることもなくその場に倒れ伏した。その背中に苦無が深々と突き刺さっている。

「ひさめ、なるべく殺さないで!」

 セトルはそう言いながら霊剣で三人を薙ぎ倒す。もちろん峰打ちだ。今ここでこの人たちの命を奪ってしまえば、自分は兄と犠牲という点で同じことをしていることになる。仕方のない時はあるだろうが、今はそうじゃない。

「……」

 わかってくれたのだろうか。ひさめの無言無表情ではよくわからない。だが、忍刀を反したところを見ると大丈夫そうだ。

「ひゃあっ!?」

 サニーは短い悲鳴を上げながら剣を扇子で挟むように受け止めていた。彼女の扇子は戦闘用の特殊な物。そこいらの剣ではまず斬れない。しかし、女性で術士である彼女にこの状態を押し負かすだけの力はなかった。

「ざ、ザンフィ!」

 すると、彼女の脇から茶色いものが飛び出し、兵士の顔面にタックルをくらわす。兵士が揺らいだ隙にサニーは脱出し、術の詠唱を始める。

「――澄み渡る明光、壮麗たる裁きを天より降らせよ、ディザスター・レイ!!」

 上天の光球から放たれる無数の光線が兵士たちに降り注ぎ、その数を一気に減らした。もちろん加減はしているので死者はいない。

「――はあぁ! 飛蹴連舞(ひしゅうれんぶ)!!」

 セトルはその技を飛び上がり二段蹴りのみで済まし、最後の一人が床に叩きつけられるのを見送った。

「が……ワース……師団長……」

 そのままその兵士も意識を失い、この場に立っているのはセトルたち三人だけとなった。

「甘いよ。世界が分かれても、争いがなくなることはないんだから……」

 セトルはもう聞こえていないのを承知でそう語りかけた。

 ひさめが踵を返し、梯子に手をかける。

「出口……二人が来てる」

「二人?」

 サニーが首を傾げるが、ひさめは答えないまま梯子を登り始めた。セトルたちもそれに続くが、ひさめの最後に言ったことが非常に気になった。


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