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ILIAD ~幻影の彼方~  作者: 夙多史
Episode-01
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007 船旅

「ねぇ、アランも外に出ようよ! 潮風が気持ちいいよ」

 インティルケープから出る定期船の船室。セトルはその扉を開け、はしゃいだ様子で中に入ってきた。海は何度も見たことあるけど、船に乗ったのはこれが初めてだ。だから、はしゃがずにはいられない。

 しかし、セトルは元気初辣なのに、アランはベッドに横たわって苦しそうに唸っていた。顔色が悪い。

「せ、セトル……もう少し静かにしてくれ……うっぷ!」

 これは、完全に船酔いだ。セトルは、ごめんごめん、と言って頭を掻く。

「くそっ……船に乗るのがこんなにもきついことだったとは……うっ!」

 ザンフィがアランの傍に行き、その頬をぺろっと嘗める。ザンフィもアランが心配なのだろう、とセトルは思った。

「それにしても、あのアランが船に弱いなんて……アハハ!」

 笑いがこぼれる。

「う、うるせぇ……」

 インティルケープからの定期船は、直接首都まで行ってくれない。だから一度《アクエリス》という町を経由しなければならないのだ。

 でもそれは丁度よかった。

 今《アクエリス》にはサニーの両親、ルードとステラが滞在している。当然サニーが国軍に連行されたことは知らないはず。それを伝えるためにも、まずそこで二人を捜さなければならない。

「だったら僕たちだけで行こう、ザンフィ!」

 キキっとザンフィが反応し、セトルの肩に飛び乗る。

「是非そうしてください……」

 呟くようにアランは言った。


        ✝ ✝ ✝


「あーもう! ここから出しなさいよ! 村に帰してよ!」

 シルティスラント王国正規軍の軍船《スレイプニル》号。この霊導船の一室にサニーは幽閉されていた。

 この船には牢があったのだが、そこには入れられていない。ケアリーたちのおかげで犯人とまではいかなかったからだ。それでもこの部屋は、ベッドなどの必要なもの以外何もない殺風景なところだった。窓もあるが、そこからは逃げられない。下には海が広がっているのだ。

 部屋の外には兵士が二人、扉を挟むように立っている。

 そして何やら話し声が聞こえてきた。

「将軍! 何か御用ですか?」

 兵士たちが敬礼するのをサニーはその声を聞いてわかった。

「少し彼女と話をさせてくれませんか?」

 男性のようだが、その声、その口調はあのウルドとかいう将軍のものではなかった。正規軍には将軍が何人も居るのだろうか?

「それと」付け足すように将軍と呼ばれた男性が言うのが聞こえる。「私はもう軍人ではありません。その呼び方はやめてくれませんか?」

「し、失礼しました!」

 すると扉がノックされ、サニーが返事しないにもかかわらずその男性は中に入ってきた。

 彼は、青っぽい軍服のようなローブを纏い、手には黒いグローブ。歳はわからないが端整な顔立ちをしており、青みがかったグレーの長髪を後ろで結っている。色白の肌は優しげな印象を与え、フレームの無い眼鏡の奥に見えるエメラルドグリーンの瞳に威厳を感じないこともない。

「あんた誰よ! あたしをここから出して!」

 そう言うサニーを彼は一目見ると、ふむ、と呟いた。

「やはりマーズ氏の言った通り人違いですね。ウルドは何をしていたんだか……」

 サニーにも聞こえるように男は呟いた。

「どういうこと?」

「ああ、これはすみません。私はウェスター・トウェーンというものです。弁護士(ローヤー)をしています。それと、あなたの敵ではありません」

 男――ウェスターは礼儀正しくそう言ったが、どこか口調に含みがあるのは気のせいだろうか。それに、

「でも、さっき将軍って呼ばれてなかった?」

 兵士たちがそう呼んでいたのをサニーはちゃんと聞いていた。国軍の軍船に乗っているところからしても、ただの弁護士(ローヤー)ではない。敵ではないと言っているが、信じていいのだろうか?

「聞かれてましたか……そのことは忘れてください。今は軍をやめている身ですので」

 ウェスターは眼鏡のブリッジを押さえるようにしてそう言った。だが、それではサニーの疑問は解けない。彼女はさらに詰め寄ろうとしたが、その前にウェスターが話し始め、言いそびれてしまった。

「とにかく、あなたは誤送されてしまったわけですが、残念ながらここまで来てしまったら、あなたを解放することは私にはできません」

「そ、そんな……」

 サニーは俯いた、目が潤んでいる。今にも泣きそうだ。

(パパ、ママ……セトル……)

「でも安心してください」今度のウェスターの声は含みを感じなかった。「私があなたの弁護をします。これはインティルケープの町長、マーズ氏にも頼まれたことです」

 『マーズ』という言葉でサニーは顔を上げた。

「マーズさんを知ってるの!?」

「ええ、まあ。――それより」

 ウェスターは頷き、そして踵を返すと扉を開け、見張りの兵士たちに何か耳打ちをする。

 すると兵士たちは困ったような、驚いたような表情をし、顔を見合わせる。そして、視線をウェスターに戻すと、一人が、

「どうなっても知りませんよ……」

 と諦めたように言った。

 するとウェスターは含み笑いを浮かべ、サニーの方に向き直る。

「裁判が始まるまで、あなたの身柄は私が預かります。よろしいですか?」

 少し考え、このまま軍に捕らわれているよりはマシだと思い、サニーは頷いた。

「ではまず部屋を変えましょう。ここでは不自由でしょうから」

「あたし……出ていいの?」

 恐る恐る訊いた彼女にウェスターは、はい、と言って微笑んだ。


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