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ILIAD ~幻影の彼方~  作者: 夙多史
Episode-10
76/119

075 新たなる旅立ち

 次の日、セトルは主役だったのにも関わらず、集会場の最後の後片付けを手伝っていた。残っているのはケアリーとサニー、彼女の両親であるルードとスフィラだけである。

 マーズとミセルは早々にインティルケープへと帰り、アランは今日も狩りに行っている。

 すると、集会場の扉をノックする音が聞こえた。それだけでもうこの村の人ではないことがわかる。普通この村の人ならここに入るときノックなんかしないからだ。ケアリーが返事をして扉を開けると、兵士と思われる男が一人そこに立っていた。セトルとサニーには見覚えがあった。あれは独立特務騎士団のものだ。

「セトル様はここにおられるでしょうか?」

「え? ああ、はい。一応いますけど……」

 男が丁寧に言うと、ケアリーは曖昧に答えた。同時に警戒もしただろう。前に一度、正規軍が間違えてサニーを連れて行ったことがあるからだ。しかし、今回は違うとわかったようで、彼女はすぐ中に通した。

「僕に何か?」

「私はワース師団長の使いです。それだけ言えばわかってもらえると思いますが、単刀直入に言います。私と共に首都へ来てください。ワース師団長があなたの力を必要とされています」

 ついに来てしまった。覚悟はしていたつもりだが、昨日目覚めたばかりなのに、タイミングがよすぎる気がする。

「わかった。でもすぐにはちょっと……」

「大丈夫です。時間はありますから。ああ、それと師団長からこれを渡すように言われてました」

 すると彼は白い布のような物を取り出し、それをセトルに渡した。丁寧に畳んであったそれを広げてみると、燕尾のマントだった。

 ――覚えている。これはセルディアス――自分があの時身に纏っていたものだ。

「兄さん、持っててくれたんだ……」

 セトルは懐かしそうにマントを見ながら呟き、これを持って来てくれた彼に礼を言った。

「では、私はインティルケープにいますので、準備ができたら来てください」

「はい」

 セトルは返事をすると、彼は敬礼して踵を返した。静かに扉が閉められ、集会場の空間に沈黙が降りる。

「セトルちゃん、本当に行っちゃうのかい?」

 やがてケアリーが心配な声で沈黙を破る。それはそうだろう。戻ってきたかと思えば意識不明で、気がついたかと思えば今度はすぐに旅立つことが決まったのだから。義理とはいえ、彼女はセトルの母親、セトルとしてももっと多くの時間を過ごしたかった。しかし、セルディアスとしての気持ちの方が今は強かった。セトルはケアリーを向いてゆっくりと頷く。

「戻ってはくるんだろう?」

 ルードがそう訊いてきた。

「たぶん。でも、そのまま僕は故郷に帰るかもしれない。そうなったら、ここへは戻れない」

 もう自分の故郷とかそういうのは全て話してある。故郷がミラージュであるなら、戻れないことも納得してくれたようだ。

「明日には行くつもりだから」

「そんな!」

 サニーがそう言い、集会場から飛び出していった。追おうかと思ったが、追えなかった。

「とにかく、僕は行く。兄さんとの約束なんだ」

 セトルも集会場を出ようとした。だがそれをスフィラが止める。

「一つだけ、約束してくれない? 必ず、一度はここに帰ってくること。いいわね」

「そうね」とケアリー。「故郷に帰る前にでも顔を見せなさい。約束しないと、村からださないよ!」

 絶対に、というのは難しい。セトルは微笑んだ。

「……善処するよ」


        ✝ ✝ ✝


 セトルは自分の部屋に戻った。旅立ちの準備をする。あの男性はインティルケープで待つと言っていたが、そこから船で直接首都に行くのだろうか? できれば、世界がどのくらい復興しているのかこの目で見てみたい。

 出発は明日、そう言った。

 ――嘘だった。

 本当は今夜こっそりと出ていくつもりだ。机の上に書き置きを残し、村の明かりが消えて皆が寝静まったころにセトルは二階の窓から飛び降りた。

 いつもつけている空色の鎧の上からあの燕尾のマントを羽織っている。セルディアスとしてこの村を発つ。それはその覚悟でもあった。

 薄暗い村をセトルは靴音を殺して歩いた。二年とちょっと、セトルとしてこの村で暮らしていた時間。短いようで長いようで、その思い出の一つ一つが今頭の中に蘇る。

 カートライト家、小川の流れる広場、集会場、暗くてよく見えないが、セトルの目にはそれらがしっかりと映っていた。

 村のアーチまで来てしまった。あとは振り返らず進むだけ。

(よし!)

 セトルは目を閉じて集中した。すると目の前にぼんやりと輝く青白い霊術陣のようなものが出現しようとする。その時――

「あたしを置いて行こうなんて、そうはいかないんだから!」

 セトルは陣を消し、驚いたようにバッと後ろを振り向いた。そこにはサニーがいた。ザンフィを連れ、何やらリュックを背負っている。

 ――嫌な予感がする。

「サニー、何で……?」

「夜にこっそり抜け出す。何となく、今のセトルならそうするかなって思ってた。そして見事大当たり♪」

 彼女はニコッと笑う。眩しい笑顔だった。彼女の周りだけ闇を寄せつけないといった感じだ。

「まさか……ついてくる気じゃ?」

「当たり前じゃん」

 やっぱり。断ってもついてくる。そんな顔をしている。

「ダメだ。これは僕らテュールの民の仕事なんだ。サニーに来てもらってもしょうがないよ」

「それでも!」サニーは引き下がらない。「それでも何か手伝えることがあるかもしれない。あたしは二度とセトルに会えないなんて嫌だから……」

「ルードさんたちが心配するぞ?」

「大丈夫。言ってきてるから」

 二人はお互い意志の強い瞳で睨み合った。やがてセトルが身を翻す。

「……ダメだ。これは〝オレ〟の問題だから」

「『僕』……じゃないんだね」

 サニーは寂しそうにうなだれた。やっぱりあれは聞き違いなんかじゃなかった。

「記憶が戻った時点で、オレはもうセトルじゃない」

 セトルはわざとそう言う。するとサニーはうなだれた顔をがばっと上げた。

「違う! セトルはセトル! 記憶が戻っても、セルディアスでも、あたしの前にいるのはセトル! セトルもセトルって呼んでいいっていったじゃん! あたしはセトルについていく。もう決めたんだから!」

「サニー!!」

 セトルは振り向いて怒鳴った。だがサニーの意志は固かった。セトルの怒鳴り声に眉一つ動かさず彼の顔を真剣に見ていた。

 セトルはあの時のことを思い出した。あの時はこんな風ではなかったが、彼女の同行を

断ったことで、彼女を危険にさらしてしまった。逃げるのは簡単だ。だけど、今回もそうなってしまうような気がする。

 セトルはしばらく沈黙してサニーの意志を確認するように見詰める。そして――

「……危険なこともある。もう村に帰れないかもしれない。……命を落とすかもしれない」

「うん……わかってる。全部わかってセトルと行きたいと思ってる。お願い、セトル。あたしもつれていって」

 サニーは深々と頭を下げた。このように彼女が頭を下げたのは初めて見る。セトルは踵を返した。

「好きにすればいい。その代り、僕がサニーのこと守れなくても、恨まないでよね」

 サニーは顔を輝かせた。セトルがまた『僕』と言った。本当の名前は違っても、セトルはセトル。サニーは歩いていく彼を追いかけ、背中から飛びついた――。


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