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ILIAD ~幻影の彼方~  作者: 夙多史
Episode-10
75/119

074 語られる記憶

 村へ戻ると、皆が心配して集まってきた。

 サニーは向こうで両親に説教を受けている。だが、その程度であれが治るはずもない。

「セトル、お前ホントに気がついたんだな。いやぁ、よかったぜ♪」

「アラン……相変わらずだな」

 セトルは微笑むが、アランはセトルの様子に何か違和感を覚えてきょとんとする。

「セトル、お前何か変わったか?」

 その疑問にミセルが全力で同意する。

「そうだね。何かこう……前みたいにぼやーっとしてないっていうか」

 セトルは今まで見せたことのないフッとした笑みを口元に浮かべ、それは、と置いて話し始める。

「……記憶が戻ったからだよ。故郷も、家族も、そして本当の名前も」

 村の人たちが騒然とし始めたが、やっぱりな、と呟いたアランだけはそうでもなかった。サニーが駆け寄ってくる。彼女の表情はうれしそうだった。しかし、その奥にある寂しさのようなものはセトルだけが感じ取れていた。

 記憶が戻ったことで、セトルがセトルではなくなってしまうかもしれない。そうなってしまうことが彼女にとって怖かった。

「セトル、本当の名前教えてよ!」

 彼女は訊いた。『セトル』の名付け親として、彼の本当の名前はすごく気になっていたことだ。

「いいよ。『セルディアス・レイ・ローマルケイト』――それがオ……僕の本当の名前。でも、今まで通り『セトル』で構わないよ」

 セトルは今、『オレ』と言いかけて改めた。

「セル……長ぇ名前だな。それでいいなら、俺はやっぱり『セトル』のままいかしてもらうぜ」

「よかった。まだセトルでいてくれるんだ」

 彼がまだ『セトル』と呼んでいいと言ってくれた。だからサニーは安堵した。安堵はしたけど、やはり少し雰囲気の違うセトルに戸惑いを感じる。しかしすぐに慣れるだろう。そう思うことにした。

「セトルちゃん」とケアリーが小走りで駆け寄ってくる。「お祝に集会場でパーティ開くことにしたから、あとで来てね!」

 そう告げると、ケアリーは返事を待たずさっさと集会場の方へ向かった。いつの間にか周りの人たちが消えている。皆そこへ向かったようだ。

 セトルたちも言われた通り集会場へと向かうことにした。

 集会場の中の賑わいは外からでもよくわかった。木造一階建て。世界を見てきた彼らにとってはお世辞にも大きいとは言えないが、この中には村人のほぼ全員が入っている。

 中に入るのに何となく戸惑いを見せるセトルの背中をアランが押し、扉を開いた途端、人々が騒ぐ騒音が村中に開放された。まだ準備中のようでもあるが、主役の登場に一同はさらに賑わいを増す。セトルは躊躇しながらも一歩、中に足を踏み入れる。

 すると、いきなりニクソンが絡んできた。彼はセトルの肩に腕を回し、上機嫌な顔をしている。

「セトル、記憶が戻って……よかった? ん? 何て言えばいいんだ? まあ、とりあえずおめでとう!」

 一緒にいたカノーネも同じようなことを言う。

「あ、ありがとう、二人とも」

 セトルは複雑な気分だった。なぜ? と言われたら答えられない。自分でもよくわからない感じだ。

「おっと、ウォルフさんが呼んでるな。ほら!」

 ニクソンは強引にセトルの腕を引っ張った。

「うわ! わかったから引っ張るなよ、ニクソン!」


        ✝ ✝ ✝


 セトルは集会場の隅にくたびれた様子で座っていた。彼が主役のパーティのはずが、今ではもうそんなのは関係なくなっている。皆それぞれが思うがままに楽しんでいた。

「どうしたセトル? つまらねぇ顔して」

 とそこにアランとサニーが声をかけてきた。

「いや、ちょっと疲れたかなって」

 セトルは苦笑気味に微笑んで答えた。二人はセトルの脇にそれぞれ腰を下ろす。サニーがセトルをまっすぐ見、そして、

「ねぇ、訊いてもいい?」と言う。

「何を?」

「セトルのこと」

 つまり昔話をしろってことだろうか? セトルは少し考えた。といっても、話すかどうかではなく、何から話そうかということをだ。その間、二人からずっと視線をあてられていた。

「僕が住んでたところは、この世界ではミラージュと呼ばれているところなんだ」

 そこでもう既に二人は言葉を失った。ミラージュと言えば、あの幻影の村のことだ。にわかには信じがたい。

「マジで?」とアランが疑いの眼差しを向けて呟く。

「マジだよ。この瞳がその証拠さ。《蒼き瞳》は《テュールの民》って呼ばれている」

「テュールって……神様の?」

 サニーが首を傾げた。テュールとはお伽話――といってももう本当にあったことだとわかっているが――に出てくる世界を一つにした神のこと。また、そこからとって最初の月の名称でもある。

「うん。そのテュールだよ」

「じゃあ、あの三人も?」

 サニーの頭にワース、アイヴィ、スラッファの顔が浮かぶ。三人ともセトルと同じサファイアブルーの瞳をしているのだ。

 セトルは頷いた。いつかワースが言っていた『神に愛されし者の瞳』とは、そのテュールの民を指すものだろうと思われた。

「ワースは僕の兄さんなんだ。本当の名前はガルワースって言うんだけど……」

 その点に関して二人は別に驚かなかった。

「やっぱりな。何となくそんなこったろうと思ってたんだ」

 ワースの容姿、セトルに対する接し方、その全てがセトルの兄ということを物語っていた。たぶんこの場にいない仲間たちも、そのことには気づいているだろうと思われる。

「何で偽名使ってるの?」とサニー。

「別に偽名じゃないよ。愛称っていうのかな。僕も『ワース兄さん』って呼ぶこともあるし」

「で? 結局何しに来てるんだ?」

 アランは両掌を枕にして寝転がった。セトルは黙った。黙って二人の顔を交互に見る。やがてほとんど溜息に近い息を吐く。

「あんまり言いたくないんだけど、まあ、二人にならいいか。僕たち四人――いや、正確には三人だったんだけど、ある使命を持ってこの世界に来てるんだ。この世界を見る。そして正しい方向へ密かに導いていく。それが僕らの、テュール神に与えられた使命。だから、できるだけ人には明かさず、最初は中立的傍観者として世界を見るつもりでいたんだ」

「アルヴァレスの時は、その使命によって動いていた……ってことか。ところで正確には三人ってどういうことだ?」

 寝転がったままアランが訊く。すると、セトルは少しだけ寂しそうな表情を見せる。

「僕は、本当は行かないことになってたんだ。信託が僕に下りなかったこともあるけど、十八にならないと村の許可が出ない。だから無理やりついて行こうとしたんだ。でもトラブルに巻き込まれて、気がついたらここにいた」

 セトルはあの時のことを思い出していた。セルディアスとしての最後の記憶。それはまるで昨日のことのように鮮明に思い出せた。霊陣の光に包まれたあと、セトルとして目覚めるまでのことは覚えていないが……。

「でもよかった」

 サニーが無邪気な笑顔で言う。なにが? と訊くと、そのままの笑顔で彼女はセトルを見た。

「セトルが無理やりついて行こうとしたこと。そうしなかったら、あたしもアランもみんなも、セトルに会えなかったわけでしょ?」

「……うん、そうだね。僕も……後悔はしてないよ」

 セトルは前を見て、よくしてくれた村のみんなを眺めた。

(でもオレは、いつかここを離れないといけない。そうなったらサニーやアランにも二度と会わないだろうな)

 セトルは一人一人の顔を目にしっかりと焼きつけた。できればずっとここで平和に暮らしたい。

 しかし、その時は意外にもすぐ訪れるのだった――。


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